産まれたてのケルビのようにぶるぶると震えながらではあるが、その宿る眼光は衰えさせぬ鋭い意志を宿していた。
「あんたが何様だか知らないけど、いきなり出てきて勝手に話進めんなし」
彼女が言い終わるのを待ってか、ルギナゼラスは無表情で眼前の少女の顔面めがけて裏拳を振りぬき、防御らしいこともできずにルルリアはその拳を受けて数メートル先の泥濘に倒れこむことになった。
「さえずるな、うつけ。貴様は殺せぬ理由があるだけで、お前の仲間は無価値だと…いうことを忘れるなよ」
じんじんと痛む頬を気にしながら顔を向けると、フードの人物が矢じりを向けるのは梢からぶら下がるディズとシンバ。
「…ちっ…卑怯なやつら」
ルルリアが戦意を縮小させたのを感じ取り、ルギナゼラスは満足そうに鼻をならし、フードの人物に弓を下ろさせた。
「アユゥ。ソレはまだ息があるのか?」
ヴァリオンの背で目を伏せていた荊琴が肯定すると同時にルギナゼラスは彼女を蹴り上げる。
短く悲鳴を発し、荊琴が倒れこむと風牙が駆け寄ってその体を起こし、ルギナゼラスに非難の目を向けた。
「なんだ、文句でもあるのか。私はお前たちに機会をくれてやったはずだな?『愚者使いは先に殺せ』と命令したはずだが?ん?」
「コレと、アレ等が生きている時点で、既にお前たち二人は私のルールを外れている。後で追及するから楽しみにしておけ。ピリカ、殺せ」
「はい」
ピリカと呼ばれたフードの人物は鈴を転がすような声で答え、躊躇なく弓を引き絞った。
ルルリアは考える前に動いたつもりだった。
爆ぜるように駆けたつもりだった。
だが、麻痺の残る体は重く、鈍く、意識のみがヴァリオンに向かい、彼女の喉からは悲痛な金切り声が絞り出されただけであった。
弦から放たれた無情な矢じりがヴァリオンの体にめり込む寸前、その鋭い金属は甲高い音とともに弾け飛ぶ。
さらに銃声。
木々の隙間を縫い、乾いた炸裂音が響く。
ルギナゼラスが身をかがめ、ピリカがそれに近寄って自らのフードを解き、彼を覆った。
「…荊扇、姉さん」
荊琴が思わず漏らした言葉を、その葡萄色の髪をふわりと揺らすだけでかわしたピリカこと荊扇は神経を研ぎ澄まして狙撃者を探す。
わりと上のほうでかすかにリロード音が聞こえ、発砲音が続く。
「良い、行け」
「はい」
飛来した弾丸をフードで防御したルギナゼラスは荊扇を促し、その許しを受けた彼女は弓に矢をつがえ今しがた放たれた弾丸の軌跡をなぞって跳んだ。
木々を互い違いに足場にしながら近づいてくる彼女を左目で確認した黒狗は一言「ミドル」とだけ短くつぶやくとすくと立ち上がり、彼女の言葉でロングバレルの狙撃銃形態から突撃銃形態に変化したテティガガロァを拾う。
「…あんたが、来なさい…よ。臆病者」
右目に装着していたスコープの中でこちらを睨むルギナゼラスに悪態をつき、狙撃用眼帯を額にずらした黒狗はガガを構え、もうすぐそこまで迫っている荊扇に向けてトリガーを引く。
フルオートで吐き出される弾幕を物ともせず、荊扇は標的に向け矢を放つ。
一度の射で三本以上の矢が飛んでくることくらい予想済み、あたりまえの事のようにそれを躱し、黒狗は更に樹上へと駆け上がる。
このテティガガロアというボウガンのフルオートは本当の意味でフルオートだ。大体のアタリさえつけていれば照準補正はガガ自身がやってくれる。
単発だが長距離を狙える狙撃銃、速射可能な中距離用の突撃銃、高威力な近距離用の散弾銃とスタイルを切り替えられる意志を持つボウガン【ぺルフ=テティガガロア】はその性格こそ人を食ったように見透かしたことを口にするが、黒狗はガガを信頼していた。
彼女は徒党を組まず、ハンターギルドにも属さず、仲間も持たないが、その完璧に近い依頼遂行能力は全地方に響き渡っているハンターである。
その太ももまで覆うような消炭色の長髪に緋色のメッシュ、ピアスだらけの耳と鼻、といったミステリアスな容姿と子供にしか見えない薄っぺらな体躯はそれ自体がカモフラージュになり、人の目もモンスターの目も彼女の実力を見抜けなかった。
他人との接点は極端に少なく、主張も名乗りもほとんどしない彼女は『傍らに黒い大きなイヌを従えた少女ハンター』と認識され、いつしか他から『黒狗』の名前で呼ばれるようになった。
「クロス」
そうつぶやき、トリガーガードでガガを一回転させる黒狗。
次の瞬間には散弾銃にスタイルチェンジしたガガのアクションバーをスライドし、装填された散弾を荊扇目がけて発砲する。
ポンプアクションの大きな作動音を隠すことなく連続で標的を狙い、エジェクションポートからまるで機関銃のように散弾の空薬莢が排出される。
「割と痛いんですね」
崩竜の素材で出来た耐弾性の高い防具もガガの連続斉射の前に少しずつ削られてゆく。
荊扇は自分の弓技が一向に効果を成さないこと、粒は小さいとはいえ散弾が素肌に当たると割と痛いことに気づく。
「…不感症、でもない、のね」
「失礼ですね」
きりり、と弦を引き絞り放つも黒狗はするりと躱す。
「…まぁ、いいわ。これで、今回の任務も、終わり」
けだるげに言い、黒狗は腰裏にくくっていた布包みを取り出し、それを解くと、現れたモノを見て荊扇が若干緊張し、二、三歩後ろに距離を取る。
いつの間にか黒狗の傍らには獣の姿に戻ったテティガガロアが佇み、彼女の両手には虹色の刃紋も美しい一対の双剣が握られていた。
「今度は斬りあい、ですか」
「…別に」
やる気なさげに言い放つ黒狗はしかし、その言動とは裏腹に両の腕に力をこめて双剣を振り上げ、荊扇とは逆の方に向けて思い切り振りかぶった。
「なっ!?」
荊扇が黒狗の真意に気づいた時にはすでに遅く、子供が投げたとは思えない程の速度とコントロールで双剣は荊扇が元居た場所に飛んでゆく。
「ゼラス様…ッ!」
主の元に帰ろうとする荊扇の行く手を黒いイヌと黒い少女がふさぐ。
『成功だわね、あるじ様』
「…とうぜん、よ」
してやったりとわずかに誇らしげな黒狗と対照的に苦々しい顔の荊扇。
まんまと誘いに乗った自らの失敗はさておき、自分の主人の元に戻るべきか、それとも、この生意気な少女を捻るのが先かと切り替える。
戦いのステージは場面を変えるべき時期を迎えていたのであった。
遠くで聞こえていた戦闘音が止み、ルギナゼラスは有能な手駒の帰還を待った。
ピリカ=エスピナス。アレは強く従順で逆らうことのない、使い勝手の良い女で、なんでも言うことを聞くし、理解も行動も早く、顔も体も自分好みで反応も良い。
そこにいる不安定な妹より何倍も自分の役に立つアレにはこれからも自分に仕えてもらうことにしよう。
下卑た思考をおくびにも出さず、ルギナゼラスは自らククリナイフでなぶったヴァリオンを見下ろす。
鍛えている、という言葉は彼のためにあるようなもので、常人ならばこと切れているような出血の中でもヴァリオンは息をしていた。
実際は目もかすみ耳鳴りも酷く失血死寸前ではあったが、そのかすんだ目にはルルリアの泣き顔がしっかりと見えていた。
あいつが、泣いているのは正に自分の、自分たちのせい…。
先ほどの話だと頭上のどこかにシンバとデイジーもいるらしい。
やたらとめんどくさいことに巻き込まれた気もするが、自分にも意地がある。
モンハンとして、兄貴として、男として、オレはまだ何も出来ちゃいない。
こんなポッと出てきたわけわからんヤツに、殺されてたまるかよ…。
何か、一手…どこかで、出来ることが…。
そう、いえば…。
『わしを呼べ』
あの偉そうな剣が言ってたな。
『いつでも、応えようぞ』
あいつがあれば、まだやれる…かもな。
「…い、よ」
「ん?」
自分を見下ろす視線が揺らいだのを感じる。
「こ、い…よ、アェス…」