地べたに伏したまま、周囲の腐葉土を自らの血で重くしながらもヴァンは喉を震わせる。
「き、貴様…!」
ヴァリオンが『気づいた』ことを察したルギナゼラスが本気で彼の背にナイフを突き立てようと振りかぶった瞬間、頭上から何かが落ちて大きな音を立てた。
力なく横たわるシンバとデイジー、彼らを縛っていた鋼糸は何かに切られ今やっと二人は自由にされた。
「なんだと!」
場面が自分の思い描いたシナリオからずれ始めたのを感じ、ルギナゼラスは思わず余裕の仮面を外すことになり荒げた声をたてた。
ルギナゼラスがヴァリオンをいたぶる間、数メートル離れて控えていた風牙と荊琴は状況の展開にごくりと喉を鳴らした。
あれだけ自分たちとルギナゼラスに続けて痛めつけられたヴァリオンが、今まさによろけながらではあるが、立ち上がろうとしている。
そして、ヴァンと対峙するルギナゼラスの後ろでもう一人、今しがたシンバとデイジーを救った虹の曲線を両手に携えた少女が立ち上がっていた。
ルルリアは『龍化』の影響で全裸、しかも全身泥にまみれて汚れ、麻痺もいまだに残っているし、殴られた顔も腫れあがっている。
だが、彼女は立ち上がった。
弧を描いて自らの元に舞い戻った母の形見を握りしめ、今、ルルリアはその真紅の眼に怒りの炎を灯していた。
「親方、使えるようにしてくれたんだ。うん、もう二度と…離さない」
この【無双双剣】がどうやってここに来たのか、それは今どうでもいいこと。
その理由はどうあれ、今、目の前にいる気に入らないヤツと渡り合える力がこの手に来てくれたことが真理。
「…こ、の。【器】がぁ…」
挟み撃ちにされた状況が気に入らず、ルギナゼラスが憎々しげに言葉を漏らす。
「ヴァン兄ぃは休んでて。こいつはあたしがやる」
「…馬鹿、言え。お前、さっきから、やられっぱなしだろ、うが」
「兄ぃが言うなって」
「それ、から、前、隠せ馬鹿。丸見え、だぞ。」
「見せてんのよ」
「…アホか」
「はぁはぁしてんじゃん」
「ダメージの!せいだ!」
間に挟んだルギナゼラスを丸無視し、兄妹の馬鹿な会話が続く。
「キサマら、私を愚弄するか…?」
耐え切れず小悪党なセリフを吐き出すルギナゼラス。
「もうね、腹括ったのよ。あたしはきっとあんたたちの言う【何か】なんだろうって。なら足掻く!あんたたちの思うようには絶対ならない!いくぞニヤケ面ッ!」
にたりとした笑顔を作り、ルルリアはルギナゼラスに向かって双剣を振るう。それは手に馴染み、一太刀毎に威力と速度を増した。
ルルは自分のダメージを考え、痛くない動きを心掛け、防具を(それどころか服すら)着ていないことも忘れることで理想的な体運びを体現していた。
逆に面白くないのがルギナゼラスである。
確かに、ルルリアは自分たちと同じ選ばれた種族だ。
だがその中でもひと際抜きんでた【不死龍】の力を受け継いでいる存在。
そんな力を持ちながらなぜコイツは【愚者使い】と共にいるのだ。
まるで理解していない、自分の力を、立場を、役割を。
世界を導く、いや創り上げるのは我々の役目であるのに、なぜこの女は考えようとしない!
古い世を守護すると宣いながらしがみ付く愚かな奴らとは次元が違う高みにいる我らをなぜわかろうとしない!
「そんなん、あたしが人間だからに決まってんじゃん」
「ハッ!バカバカしい!お前のどこが人間だというのだ?」
ルルリアの斬りあげた無双双剣の一撃をククリナイフでいなし、ルギナゼラスはその刃先を彼女に向けた。
「その燃える様に猛る体は本当にヒトのものか?」
「その狂おしいほど怒りに荒ぶる目が映すものはヒトの安寧か?」
「違うだろう。お前がその力で成すべきは私と共にあるのだ」
向けていた刃と共に殺意を下ろし、ルギナゼラスは眼前で猛る少女に語り掛けた。
「お前は【不死龍イコンガザル】の力を宿している稀有な存在だ。」
イコンガザル。
その名を耳にしたルルは背筋が凍るように痺れ、また心臓の鼓動が急に跳ね上がるのを感じた。
確かに知っている。
自分は、その名前を、それどころか…。
「お前は、イコンガザルに一度会っている」
固まったルルリアに迫る黄金の瞳の幻想。
だがそれは敵が垂れ流す言葉による一時的なものでルルには聞く意味も義理も無い…しかし、彼女の本能は真理を知る切っ掛けを敏感に感じ取っていた。
「その時、お前はアレの血を受けた」
ルルは両親の亡骸を思いだす。
自分たちを徹底的に追い詰めた飛竜と、その後ろに煌々と有る黄金の瞳…。
父グラムの上半身を咥え、伏した母ナァルにその足のカギ爪を突き立てた飛竜…とは別の、もっと大きな…存在…。
「…ッ」
ぶん、と頭を振り乱れた思考をリセットする。
だが、掘り起こされ、こびりついた記憶は簡単には拭えず、ルルは必死にそれに抗った。
頭が、痛い。
二度と離さないと誓った無双双剣が両手からこぼれ地面に刺さる。
ルルは崩れ落ちそうな膝を必死でこらえながら頭を抱えた。
「無理をするな。お前は選ばれているんだ。それをそのまま受け入れろ。あの時はお前を守ってやれなかったが、これからは違う」
…あの時…?
…守って、やれなかった…?
千々に切れた思考がルギナゼラスの言葉で少しずつつながってゆく。
「私と共に来い。これからは私がお前を、より良く導いてやろう」
「…みち、びく?」
「そうだ。その力に怯えずとも良い、上手な利用方法を教えてやろう」
頭を抱えたルルの目に、膝立ちで肩で息をするヴァリオンが映る。
その少し向こうで、デイジーを助け起こしながら自分も立ち上がろうとするシンバが見える。
その更に向こう、風牙と荊琴が見守るように佇んでいる。
自分が、居るべき、場所。
確かに、荊琴達と過ごした時間は楽しかった。ほかの人たちとは違った、シンパシーのような物を感じて居心地が良かった。
でも、町の人達、工房の親方、ギルド団員のみんな…ヴァリオン、デイジー、そしてシンバ。
彼らの笑顔と優しさはそれだけで自分を温かくしてくれた。
自分勝手な居心地の良さじゃない、もっと大きな包み込むような温もりがあった。
「…あんたたちは…ううん、アンタは」
取り落した双剣を拾いながらルルはルギナゼラスに囁くように問いかけた。
「何が、したいの?」
「決まっている」
…と、何かを、ルギナゼラスが答えた。
ルルリアはその瞬間、力を込めて無双双剣を薙ぎ払う。
その瞳はいつも以上に紅蓮に染まり、柄を握りしめた拳は真っ白になるほど力が込められていた。
「絶対!させないッ!!」
「ふん、やはり愚者の毒は強いか」
力のみで振るった勢いでたたらを踏んだルルが振り返りざまに切りつけようとするが、ルギナゼラスは余裕の表情で躱し、その口からなにか糸のようなものを吐き出す。
「な、なによコレっ!?」
その細い糸はルルリアの体に纏わりつき、覆いつくし彼女を繭に包んでしまう。
中でルルが必死に暴れているのか地面の上でもぞもぞと繭がうごめく。
「ルルッ!」
「動くなや。滅多なことせぇへんかったら、まだ助かるかもしれんで」
助けに動こうとしたシンバを後ろから引き留める風牙。
その表情は何かを決意したかのようで、散々文句を言いたかったシンバも口をつぐんでしまった。
風牙は満足そうに繭を見下ろすあるじに近づき問う。
「ルギナゼラス様、この後どうされますか」
「そうだな。城に戻りこの生意気な女から力を抜き出すとするか」
予想通りの言葉に風牙は内心ぎくりとした。
「あるじさま、ルルの力で何をされるのですか」
「ふん、知れたこと。イコンガザルを滅ぼしてやるのだ」