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風牙はまたも予想通りのルギナゼラスの言葉に顔色が沈んでゆく。
「…ガザル様は我々の親、もっというなれば神の様な存在だと理解しておりますが」
「アレは長く生き過ぎて死にたがっている。ならばこれも親孝行だ。そして私がアレに代わりフロンティアを創り統べる。それこそ優越種である我らの理想郷だ」
風牙が何かを言おうとする前に、足元の繭が大きく揺れ無双双剣の一振りが突き出されルルリアが顔を出した。
「そんなん!アンタだけの理想郷だ。聞いてれば勝手なことばっかり。イコンガザルはそんな事求めてない!……ようやく解った。あたしはイコンガザルに会わなきゃいけない。会って、聞きたいことができた。あのひとが今まであたしに言ってた事、聞かなきゃならない!」
「ふん。小娘が、のぼせ上がるな。いくらお前がさえずろうと状況はかわらん。これ以上騒げば半殺しにして連れてゆくぞ」
そういうが早いかルギナゼラスは足を振り上げ、ルルリアの顔面目がけて踏みつけた。
「…何の心算か」
「オレがあんたに従ったのは、あんたがガザル様の意思を告げる存在だと信じたからだ」
「イコンガザル様を殺すための手伝いではない」と風牙は続けた。
膝まづくようにしてルギナゼラスの鉄靴からルルリアの顔面をその背で庇った風牙にルギナゼラス、ルルリア双方が声をかけた。
「…愚か者が」
「大丈夫。すべてをゆるせる。イコンガザルは、滅ぼそうと思ってない。死にたがっても居ない。ただ、ゆがんだところをなおしたいだけ」
「だからそれこそわたしが創りなおしてやると言っているのだ」
「ルル、それは本当…か?」
「ずっと前から聞かされてきたもん、絶対本当だよ」
ルギナゼラスの圧力と視線と言葉を背中で受けながら、風牙は真剣にルルリアを見つめた。
ルルもそれに応え、真直ぐな瞳で風牙を見る。
「そうか…それなら、オレはおまえを信じる」
「バカかおまえ」
嘲笑するルギナゼラスの足を振りほどき、風牙は立ち上がった。
「あんたのいうフロンティアはボクのフロンティアやないと解った。これ以上、あんたをたてるつもりも、もうあらへん」
「そぉうかぁ。なら死ね。もともとオマエは気に入らなかった」
瞬間、風牙が繭に入ったままのルルリアをヒールリフトの要領で蹴り上げ、ルギナゼラスの頭上をパスする。
「う、おぉおおぉッ!?…ぐえっ!」
正に手も足も出ないルルリアはただされるがまま宙を飛び、ヴァリオンやシンバの目の前にどすんと落ちた。
「その子はカギや。せいぜい気張ってお守りしぃや!」
今までと違い生き生きとした表情で左手をぐるぐると回し、風牙は軽くステップを踏む。
「…なんだ、ずいぶんとやる気だな」
「ボクもアンタ嫌いでしたんで。はぁあ、ようやく自由や!」
「勝てる気でいるのか、貴様」
「べっつにぃ?勝てへんでも、アンタが悔しがればそれでエェ気ぃもするしなぁ!」
ざりっ、と右足で半円を描き、隻腕をカギづめ状にしてルギナゼラスの前に突き出す。
「風様ッ!」
「琴。そいつら送ってやれ!オレも後から行く!」
それは明白な拒絶。
有無を言わせず、意見を挟ませず、風牙は荊琴に顔を向けずに背中で語る。
「…風、様…」
「荊姉、コレ解いて。あたしまだやれる!」
悲痛な表情の荊琴を思ってか、ルルが参戦を促す。
「風様がくれた命を二度も捨てる気ですかあなたは」
うつむいた荊琴はふたつだけ涙をこぼしルルを諭す。
彼女のその言葉の裏に潜む叫び声に気づいたルルはそれ以上言葉を発することを慎んだ。
「あなたたちも。勝手に落ちたものまでは拾いませんよ」
そういった彼女の足元から膨大な熱量が上がり、ヴァリオン達は思わず目をつぶった。
『はやく捕まって!』
数刻前まで討伐対象だった棘竜に変わった荊琴にしがみ付くとソレは強烈な羽ばたきで空中に舞った。
樹海の樹々の枝葉を散らし、エスピナスとなった荊琴が空を目指す。
背の大棘にヴァン達三人がしがみ付き、その口にはいまだ繭にくるまったままのルルリアを咥えながら棘竜は都を目指す。
行先は遠く、でも想いだけは彼の傍に。
慕った者の最期に、自らの想いくらいは、共にと。
エスピナスが飛び去った頭上を見上げ風牙はひとりつぶやく。
「やぁ、思い切りよぅ飛んだなあいつ」
樹海の中にぽっかりと開いた陽の差す広場と化したそこは丁度良いリングに見えた。
「くだらんな。やはりお前たちにも愚者の毒が回っていたか」
「どうですかねぇ。愚者愚者いいますけど、ボクらも元は人間ですやん」
「それこそ愚かな。覚醒した時点で我らはヒトを超えたのだ」
「まぁ、いいですわ。ボクの役目は果たしましたんで」
「あとは、足掻くだけです」と続けた風牙の足元を一陣の風が舞う。
そよ風はつむじ風となり、びゅうびゅうと螺旋を集め広場から竜巻を上げた。
風たちが千々に去ると、そこに有るは一頭の獣。
棘を湛えた尾、左右に延びる尖角、口腔から覗く鋭い牙…。
青銀色の毛並みの大きな体躯。
一本しかない前足の爪を地面に穿ち、カム・オルガロンと化した風牙は咆哮を上げた。
「ふむ、オルガロンと本気でやるのは久方ぶりだが」
『あまりオレを、なめるなよ…ルギナゼラス』
うう、と低い唸りを上げ、態勢を低くしたオルガロンは小手調べとばかりにルギナゼラスにとびかかった。
ずどん、と振り下ろされた前足の一撃はルギナゼラスの側面をかすめ、彼の表情をゆがませる。
続けざまに薙ぎ払った爪の一撃はモロに相手の腹を捉え、ルギナゼラスは体をくの字に折り曲げたまま広場向こうの大木に叩きつけられる。
オルガロンは容赦せず、肺臓に溜めた吸気を怒りと共に吐き出し、ルギナゼラス目がけてブレスを放った。
大木に寄りかかるようにひっかかっていたルギナゼラスはその攻撃をよけるそぶりも見せず、その木ごとブレスの渦に巻き込まれて森の奥になだれ込む。
オルガロンは周囲の風を集め、体毛を帯電させるとその鋭い棘を逆立てながら宙に跳ね、くるりくるりと前方に何度か回転した。
すたん、と地面に降り立った時、その姿は後足で立つ獣人となり、風牙は鋭さを増した左手の爪をぺろりと舐める。
「…あまりにも手ごたえが、無さすぎる。ヤツは一体…」
その時、がさがさと茂みを揺らし、先ほどブレスが作ったトンネルを通ってほぼ無傷のルギナゼラスが姿を現す。
「ち、ち。やっぱりなぁ」
ふるふるとかぶりを振って獣人風牙はため息をついた。
この程度でどうにかなるようならルギナゼラスは自分たちの首魁にはならない。
雷角も雪崩も、荊琴や荊扇だって強さを認めたから従っているんだ。
「どうした、レィラ。もう、終わりか?」
あざ笑うように広場に響くゼラスの声。
「まさか。これからですわ」
両足のスタンスを広げ、尾を逆立てた獣人風牙が一足飛びにゼラスへと駆ける。
速さと体のバネには自信がある彼はたった二駆けで五十メートル程の間合いを詰め、自らの尾から引き抜いた鋭い棘を苦無として未だに突っ立ったままのルギナゼラスへと投げつける。一本は肩口に刺さり、二本目が左太ももに、三本目が腹を貫きよろよろと後退するルギナゼラス。
「ぉ…しまいやッ!」
一段高く跳ね、獣人風牙が四本目の苦無を投げつけ、それは吸い込まれるようにルギナゼラスの額を割った。
カン…ッ!と乾いた音をたて、ゼラスの頭部を貫通した苦無が背後の幹につきささる。
同時によたよたと後ずさったゼラスの体がその木に寄りかかる形で力なくくずおれてゆく。
その姿を獣人状態を解除した風牙が見下ろす。
近づいて首筋に指を当て、その生死を確認しようとしたとき、ぎょろりとルギナゼラスの瞳が裏返る。
「…!」
思わず飛びのいた風牙の腹に、背中から見覚えのある苦無が突き出てくる。
一本、二本、そして三本と連続で腹を突き破り、血塗れの先端が目を奪った。
「ぐっ…」
「自分の棘は痛いか?痛いだろうなぁマヌケ」
いつの間にか背後に立ったルギナゼラスは四本目の苦無を持ち、にたりと唇をゆがめた。
「…なん、で」
「結局、お前は一人で暴れていただけなんだよ、風牙ぁ」
腎臓あたりの動脈を切られたのか、肝臓あたりを抜かれたのか、吹き出る血がとまらない。
脂汗でにじむ目で確認できたのは、討ち取ったルギナゼラスが細かく分かれ、小さな蜘蛛の集合体だったことだけ。
「く、すまん…琴…ボクは、行けそうも、無い、かな」
「そぉうだなぁ!足止めにもならなかったなぁ!レィラぁははははは!」
広場に耳障りな嘲笑が響く中、風牙が自らの流した血だまりに崩れ落ちる。
「バカめ」
ルギナゼラスは唾を吐き、残った苦無を無表情で風牙の後頭部に撃ち下ろしてすべてを終える。
「くだらんなぁ、どうせあいつらも同じ結果だというのに。本当にくだらないセンチメンタリズムだと思わんか?なぁ、ザインよ」
「ひひっ。まぁこの廻様は殺しが出来ればなんでもいいッスぅひひッ!」
「銀髪の小娘だけは殺すな。あとは食っていい」
その言葉を聞き嬉しそうに『うぇい!』と敬礼を返す少年。
自らを軽んじた連中は許さぬ、とつぶやくルギナゼラスを気にせず、ザインと呼ばれた少年は軽い足取りで樹海に紛れ見えなくなっていった。