ごうごうと過行く気流の中に、はっきりと感じ取れた一滴の無念。
それはルルだけでなく背に捕まる三人にも感じ取れる波紋となってゆく。
見ずともわかる彼の最期。
感じればそれはほんの数分前の話。
脳裏に思うは、人懐こい、照れたようにも見えるかの笑顔。
エスピナスの喉から聞こえる深く低い哀歌を聞き、ヴァンは、風牙を思い涙を流す。
確かに、彼は敵であったのだろう。
だが、最後に彼は自分たちの側に立った。
それだけで、彼が…彼らが風牙を悼むのには十分ではないか。
『…あなたたち、本当に、甘ちゃんです、のね』
羽ばたきを緩めず、アユゥ・エスピナスこと荊琴が言う。
その力強い飛行と裏腹に、乱れた気流が背に向かわぬよう気遣いながら航路を選ぶ荊琴は続けた。
『わたくしたちはあなた方にいろいろひどい事、したと思いますけど』
「そんなの気にしないでよ、荊姉。結局、あたしたちはこうやって助けてもらってる」
「その結果こそが、風さんや荊姉の本意なんでしょう?」とルルは続けた。
『…ルル…』
きっと彼女はあの屈託ないあっけらかんとした顔で笑っているのだろう。
背中にいる連中も、返事こそないものの荊琴の言葉を責めてはいない。
その後は会話もなく、ギルドの高速気球など足元に及ばない速度で王都に向かう荊琴。
ルルリアはいまだ拘束状態でエスピナスの牙に挟まれるという本来であれば恐怖でしかない状況にも関わらず、心底安心していた。
感覚をすませば荊ピナスの背中に三人の気配を感じるし、姿かたちこそこうなっているが荊琴の態度は自分たちと一緒にいたころに近くなっている。
それに、自分しができない、いや、自分がやるべき使命のようなものを得た。
彼女は今までなかった、成すべき目標を手に入れたのだ。
おそらく、真の意味でヴァリオン達三人にはわからなかったであろう、風牙の最期…荊琴と共に感じたルルリアは彼の仇討ちまで固く誓う。
あのルギナゼラスとかいういけすかない奴はきっとこれからも自分の前に現れる、それは絶対の確信だった。
そしてアイツが、風牙や荊琴を巻き込んで自分たちにちょっかいをかけてきた元凶だともわかったし、その風牙を手にかけたことも、感じ取れた。
それに、あの時、父母を食らわれたあの時に、奴がそこにいた事実も、知った。
これ以上、どんな理由が必要なのか。
ルルは心の中、自分を急き立てる黒い感情を認め、しかしゆっくりとそれを覆い隠す。
復讐者、なんて聞こえは良いが、モンスターハンターとしての道からは完全にハズレる……このことは自らの胸の奥に、静かに眠らせておくことにした。
◆
その後、繭から解かれたルルリアは自らが素っ裸であることに気づきひと騒動起こしたものの、とりあえず彼女たちは生きて都の入り口に立った。
かなり渋る荊琴を連れ、今後の事を話し合うためにトゥトゥに向かう面々である。
「どうしてわたくしが一緒にいかなくてはなりませんの」
憮然とした表情は当然であろう。
【リューシェ】の連中の溜まり場に赴くということは、恥を晒す以上に醜態をさらすことになるのは明白。
荊琴は自分達がルルたちに取った態度も含めてではあるが、【リューシェ】の連中からの信頼を裏切っているのを知っていた。
風牙がルギナゼラスと袂を別った今、自分も最早『あちら側』に戻るつもりも無いがしかし、だからといってそう簡単に、おめおめと、のこのことルルの引く手に連れられて行っても良いものなのだろうか…。
ルルリアはいいかもしれない。
この能天気な程まっすぐしか見ていない小娘は、自分を見て嫌悪、どころか憎悪感まで抱くであろう者がいないとも限らないことまで気を回すことは無い。
現に、同行しているヴァリオン、デイジーにシンバから感じるモノは若干ではあるが自分の背中を責め立てている。
「だいじぶ。あたしが何も言わせない。黒幕の事もあたしたちが話せばみんなわかってくれっから!」
ぐいぐいと手を引きながら力強く見つめるその瞳に、甘えそうになる自分がいる。
自分は、本当に…弱い。
風牙が横に居ない、とそれだけで心が引き千切られそうなくらいで、ねじ切れてしまいそうな胸を掻き毟りたくなるのに、今、ルルリアがきつくかたく握り引いてくれるその繋がりに救われている。
「まぁ、待てルル。この人も、少し整理する時間が」
「この人、なんて言い方しないでよ!ヴァン兄ぃ!」
「…ルル」
ずんずんと迷いなく進んでいた歩みを止め、荊琴の手は決して離さずに振り返る銀髪。
その表情は確かに怒っているが、やはり少しは葛藤が残っているようで返す言葉は激昂には遠かった。
「それに今はだめだよ。荊姉に整理する時間なんてあげたらだめ。荊姉きっと死ににいくもん」
「は?」
「へ?」
「ふふっ」
「やっぱりね」と微笑しながらこぼしたのは薄汚れた桃色の髪のデイジー。
「大丈夫よルルちゃん。わたくしは死にに行ったりはしませんから。今死んだらそれこそあの人に、風様にどやされますわ」
「うんうん、それでこそよ。女っていうのはただ女ってそれだけで強いんだから」
「ですよねぇ?」と荊琴に笑いかけ、デイジーはその前に立った。
「まぁ、正直。ほんとのところはあんま許したくはないですけど。でも、あなたたちが来たおかげで私はハンターになれたし、目標もできた。それに風牙さんのこともなんか憎めないしね。今となっては」
荊琴をしっかりと捉え、はっきりと言葉を紡ぐデイジーの気持ちは澄んでいた。
「こういうことはまず、女の子がはっきりしてあげないとだめだもんね。ルル、私も協力したげるわ。みんなを説得すんの」
「ディズ!心の友よ!」
ルルリアがデイジーに飛びつき、向日葵が太陽に向かうような喜びを体全体で表す。
その子犬のようなじゃれつきを自らも嬉しそうに受け入れるディズを見て、ヴァンとシンバも強張りを緩めざるを得なかった。
事実、としてこの連中にひどい目にあわされたのは確かだが、彼ら自身のステージが数段上がったのも風牙と荊琴のおかげあるということもまた真実だった。
「そうだなぁ。とりあえず俺たちだけでもはっきりするか。おいシンバ、おめぇどうする」
「そこで俺に振るかッ!?パーティーリーダーはあんただろヴァン!」
「言い出しっぺのわがままの管理人はてめぇだろ」
「それ関係ないだろ!?」
「あら、あなたたちやっとくっつきましたの?」
「いや、まぁ、てへへ」と照れる銀髪をぐりぐりといじるディズと以前のテンションでつっこむ荊琴。
「そう。今更感ありますよねー」
「ふぅん。で、もう大人の階段は登らされましたの?」
「あんたもあんたでもうちょっとしおらしくしてろよッ!」
間髪入れず「うん」とうなずいたルルの口を押えシンバが真っ赤になりつつ荊琴につっこむ。
それをディズと荊琴がにんまりといじりはじめ、街道でわやわやと騒ぎたてつつ、彼らはトゥトゥへ向かう。
それぞれが、ぞれぞれの思いを…振り切れぬ、やり切れない思いを隠しつつではあるが、区切りをつけこれからの事を考える。
『風牙様。いままで、ありがとう。そして願わくば、これからの彼らの、わたしたちの道にも良い風を、お願いいたしますわ』
スカッと晴れた青空を行く透明な風を仰ぎ、荊琴は願う。
答えはないが、自分には聞こえる。
自分が頼った時必ず見せた、はかんだような、照れたような、八重歯をみせる少年のような笑顔で『しゃぁないなぁ』と応えてくれた彼の声が。