建て付けの悪いドアを押し開け、ルルリアがトゥトゥ内部を伺う。
ああは言ったが、送別会まで開いて送り出した荊琴が舌の根乾かぬ内に戻ってくるのは確かに恥ずかしかろう、あまり目立たない様に幹部にだけ説明できるのが最善ではなかろうか。
彼女にしては珍しい他人を慮った思考であったが、当の荊琴は店外でエリーとナツメに発見されて絡まれていたりする。
「ていうか、ルル。あんたその布で巻いただけのかっこ、なんなのさ」
「でっけぇおっぱい持ちだからって!なんでも面白くなると思ってンなよ!」
荊琴が大人な応対しかしないことが面白くないエリーとナツメがぼろ布で乳と尻だけ隠した銀髪に絡む。
「いやこれには深いわけがあるんよ。ねぇ?」
と、視線を送った先がまずワンアウト。
今の彼女にとってはその問いかけ先は当たり前なのだが、問われた内容が内容だけにそれを証明する相手にシンバを選ぶあたりがポンコツである。
「「は?」」
汚物を見るような視線をシンバに向け、そのままルルリアの汚れた半裸状態を確認し、さらに温度の下がった目つきでシンバを睨む二人。
「ちょ、ちょちょちょ、違うぞッ!?俺がルルをこうしたわけじゃないぞッ!?」
冷や汗を振りまきながら必死の形相と強い口調で弁解するシンバであったが、龍化の事もあり真実を語るわけにも行かず、彼の口から出るのは語気に反してホンワカした状況説明だけである。
「うーわ、野外でひん剥いて致すとかありえない」
「ボクと姉には今後一切近寄らないで」
「ちっがぅっつってんだろぉがッ!!」
このあたりで諸悪の根源の銀髪が今更ながら自分のミスに気づいた。
「ああ、違う違う。あたし達、外ではしたことなんかないよ」
流れるようなツーアウト、主審の力強い腕振りが見えるようだ。
「「「外では?」」」
括弧が増えたのは荊琴がニヤニヤしながら参加したためである。
エリーとナツメが全く同じ動きでシンバを睨め付ける。
余談だがリューシェの女子団員は入団条件に顔面審査があるのでは、と邪推される事があるくらいで、類に漏れずこの二人も顔面偏差値は上振れしている。
そんなのがちょっと頬を染めながら眼をかっぴろげてシンバとルルリアを凝視する。
美少女の羞恥と驚嘆と嫌悪の表情でしか摂れない栄養って、あるよね?
このあたりでシンバは既に諦観モードである、お疲れさん。
そして「ん?」と小首を傾げたバカが数瞬後に漸く気づく。
「あ!や、ちが、シてないよ!なんにもシてないからシンバとなんか!絶対シないもん!そんなエッチなことなんて!」
熟れきったシモフリトマトと同じ色の耳を隠すこと無く大声で否定するルルリアであったが、その行動自体がスリーアウトだった。
◆
「……ルギナゼラス?……いや、聞いたこと無い名前だな。そいつが何か、なんか企んでると?」
団事務所でアシュレーが煙草を咥えながらファイルを捲る。
無免許までは網羅していないが、ハンター名簿にはこの国の現役引退存命逝去全てのハンターの情報が記録されている。
「それはきっと偽名かなんかだろうな。お宅の名前もそうなんだろ?」
そう言いながら顔は書類に向けたまま、視線だけ荊琴に向け紫煙を口の端から細く流す。
「……いえ、荊琴というのは本名ですわ。わたくしの……コードは、アユゥと言います」
「……コードね。ハンターライセンス見せて貰えるか」
「どうぞ」
細く長い指が差し出したプレートを受け取ったアシュレーはそれをくるくると確認した後に隣に居るローナに渡す。
「とりあえず、一応ハンターではあるんだな」
「えぇ、地元では幼い頃から」
「ふーん」
彼女の過去にそれほど興味がある訳でもなく、アシュレーはツラツラと調書をしたためた。
「……風牙さんは……?」
「たぶん、もう……」
控えめに確認したローナに淡々と返す荊琴。
その表情は普通で、感情の揺らぎは見られない。
しかし、握られた拳は蒼白で。
彼女の締め付けられる様な心を表しているかのようだった。
「……わかりました。とりあえず、貴女は監視対象という名目で【リューシェ】に所属してもらいます」
「団長……大丈夫です?それ」
「ルルに首を賭けてもらいます」
「えぇ……?」
ローナがなにかとんでもないモノを引き当てにしてる気がするアシュレー。
「貴女、もう、あの子を」
「ええ、無下には致しませんわ」
ローナにしては圧のある言葉。
対する荊琴も彼女の目を見返し、確かに首を縦に振った。
「はァ……じゃあ話してもらおうか。そのルギナなんとかいうヤツが何する気なのか」
互いに目を離さない二人の間にクリップボードを差し入れ、アシュレーが聞き取り再開を荊琴に促した。
◆
その頃トゥトゥの店内では、いつもと変わらない喧騒が続いていた。
カウンターではマイカが酒を煽り、奥のテーブルではマリアとミオが今日も飽きずに乳くりあいながら食事していたりする。
他の面子も変わらずダラダラとクダを巻いている。
そんな中、ドレッサーでボロ布からいつものガルーダ装備に着替えたルルリアはテーブルに頬杖をつき、アイスティーのストローの先を意味もなく歯で潰していた。
「だからさー、あたし悪くなくね?」
「普段の隙が悪い」
向かいに座るディズが即答する。
「隙?……どこよ」
ポカンとした銀髪小娘がテーブルに乗っけたビキニに包まれた塊を無言で指さすデイジーとヴァリオン。
目を逸らすシンバ。
「……」
じっ、と自分の駄乳に視線を落とし数秒。
ばしんとテーブルを叩き立ち上がったルルリア。
揺れたグラスから水がこぼれ、デイジーがヤレヤレとそれを台拭きで拭う。
「う、うるせぇな!だいたいシンバも悪いんだよ。もっとちゃんと否定すりゃいいじゃん」
「しただろッ!」
照れ隠しのつもりかテーブルを叩くも隠しきれない赤面をシンバに向け、ついでに指も突きつける。
反して自らの潔白を叫ぶバ彼氏。
「してたっけ?……じゃあエリーとナツメが悪い」
「あちし達はバカップルを裁くだけ」
「爆発!爆発!」
そんな価値も意味もない会話の最中。
「クリームソーダぁ」
隣から耳慣れない幼げなハイトーンボイスが聞こえた。
なんとなくルルリアが視線を向ける。
【リューシェ】では見かけたことのない子供が一人、隣のテーブルに座り給仕に注文を投げていた。
十歳かもう少し上か。
ハンターが出入りする店に子供がいること自体は珍しくない。
親の帰りを待つ子もいるし、トゥトゥは酒だけでなく食事も甘味も出すし、なんなら外部客様歓迎します、の赤い文字すら看板に書かれている。
ただ、その少年には親らしき姿がなかった。
「……誰だろ、あの子」
「さあ」
「あんま見ないね」
デイジーもナツメも少し気になる様子だ。
その少年は特に変わった様子もなく、落ち着いた雰囲気で辺りを見回し、つと目が合ったルルリアにニッコリと笑顔を向けた。
ほどなくしてウェイトレスが背の高いグラスを運んで、彼の目の前に置き、スプーンとストローを添えた。
鮮やかな原色の炭酸水。
その上に白い氷菓と赤いベリー。
その子供はそれをにこやかなまま無言で見つめる。
「あー、クリームソーダかァ。いいな。あたしも頼もっかな」
「まずメシにしようぜ」
「ご飯は荊姉が戻ったら一緒に食べようよ」
そう言いながらルルリアがもう一度隣を見る。
彼がグラスを持ち上げた。
ストローにも触れない。
スプーンも置かれたまま。
そのまま口を大きく開け――。
バリン
「……え?」
バキ、ばりん
ガラスが砕けた。
その少年はグラスの縁ごとクリームソーダに齧りついていた。
ばりバキ、がちゃっ
ごりん、ごりん
透明な破片とアイスクリームを一緒くたに噛み砕く。
唇が裂ける。
歯茎が切れ血が噴き出す。
原色の炭酸の泡に赤黒さが混じり、顎を伝ってぼたぼたとテーブルへ落ちていく。
少年は笑顔のまま、その表情をただ血塗れにしていく。
「…………」
ルルリアの口からストローが落ちた。
デイジーも異様な光景に固まっている。
周囲の客も異音に気付き、一人、また一人と会話を止めた。
異質な存在に静まり返った店内。
ばり
ガリ
ごり
恐れが淀む空間に、ガラスを噛み砕く音だけが響く。
「お、おいガキ……」
誰かがようやく声を掛けた。
少年の顎が止まった。
口元から下は己の血とガラス片に塗れ異様な姿だった。
そのおぞましい姿で、口がゆっくりと三日月に裂ける。
「……うひ」
彼の喉の奥から空気が漏れる。
「ひ、ひひ……」
少年の薄っぺらい肩が震える。
べろりと垂らしたズタズタな舌が震える。
反り返ってゆく身体を揺らし、ビグビグと震わせる。
「ひゃは……ハッ」
そしてその彼は、砕けたガラスを口いっぱいに頬張ったまま、ふたつの眼をギョロギョロと動かしながら心底愉快そうに笑った。
「ひゃッ!ははははァっ…うハハハハァあッ!」