ルルリアはどうなったのか。
話は、彼らがまだベースキャンプにいたころに遡る。
ルルリアは寝具や炊事道具を簡易テントの中に運び込んでいた。
外ではヴァンがポポ肉を焼き上げ、シンバが釣りに興じていた。
「どっちか、からかってこよう」と彼女は腰を上げたその時だった。
突然、ルルリアの周囲は真っ暗になり、何も聞こえなくなる。
すぐそばで焼けていた肉の香ばしい匂いはカケラも残っていない。
ばちん、と全ての感覚のスウィッチが切れた、そんな感じ。
『…キ、カ…』
がさがさとノイズ交じりの声が、五感の全てに投げかけられていた。
その声はひどく耳障り。
その声はひどく重苦しい。
その声はひどく不快な臭い。
その声はひどく毒々しい色彩。
その声はひどく乾いている。
ルルリアは頭の中に直接聞こえるその響きに、ぞっとして自らの肩を抱いた。
今まで感じたことがない恐ろしさ。
迫りくる何か。
自分がどこにいるのかもまるでわからない。
「なに、ここ」
つぶやいた自分の声が聞こえない。
唇は動いても、音が響かない。
黒に黒を塗り重ねたような漆黒の闇の中、ルルリアは自分の体が空中に浮かんでいるような錯覚を感じていた。
ふわふわ、ふわふわ。
落ちているのか、昇っているのか。
頼れるものが何もない。
自分の体が、まるで自分のものではないような感覚。
目を開けているのか、閉じているのかソレすらわからない、まっくらな世界。
自分は、なぜこんなところにいるのか……夢かと思ってほっぺたを叩いてみる。
感触がある。
多分、現実なんだろう。
「あたしはモンスターハンターだ。しかも、レジェンドハンターの娘なんだぞ!ちょっとやそっとのことで、へこたれてやるもんかい!」
「煮るなり焼くなり好きにしやがれ!このブタやろうッ!」と、自らに言い聞かせるように、精一杯の強がりの言葉をぎゃんぎゃんとがなりたて、ルルはひとりぼっちの暗闇で暴れてみる。
当然、何も進展はない。
ただ、ひとつ。
あの気に入らない声だけがハッキリと、常に変わらずそこにありつづけていた。
『モト…ざ…ヨ、ざ…レノ…ざ…ラヲ』
雑音が濃い。
ざざん、ざざんと打寄せる波のように周期をもったノイズが、さらに頭の中をかき回す。
理解を超えた状況で、理解できない言葉らしいものなんて聞き取る気にもならない。
だが、その声は、明らかにルルリアに語りかけている。
『ざ…ンジ…ざ…レノ…ざ…リシ…ざ…ダ』
「あたしに!なにを!言いたい!の!」
頭の中に響いているのか、暗闇の中から聞こえてくるのか、出所すら掴めない声に負けない大声でルルリアは叫ぶ。
また声が響かない。
確かに、彼女は言葉を投げつけている。
だが、肺の空気が声帯を通過するかしないかあたりでその声は、音は、かき消されてしまう。
その間にもノイズ交じりのおぞましい声が、どんどん迫ってきている。
『ナレ…ざ…レガ…ざ…ノカ…』
ルルリアは歯の奥で小さく悲鳴を上げた。
耳を塞ぎ、体を丸め、膝を出来るだけ体に密着させて縮こまる。
見えざるものに、知らざるものに対する純粋な防御。
強気で生意気な態度をとることすら忘れ、彼女はもう、恐怖しか感じていなかった。
「受け入れよ」
いきなり、それは本当にいきなり彼女の耳元で聞こえた。
ルルリアはその急な状況に硬直する。
今の声は……なんだ?さっきから頭の中にわんわんと響いている雑音だらけの声じゃなかった。
もっと、こう、透明な声。
「受け入れよ」
また、聴こえる。
間違いじゃない。
この声には質量がある。
出所のわからない不協和音ではない。
純度の高い、銀で出来た鐘を打ち鳴らすかのように響く、力のある言葉。
空間の上下もわからない漆黒の闇の中で、ルルリアは自分自身を手繰り寄せる手がかりを見つけたかのように生気を取り戻す。
だがしかし、言っていることは理解できるが、意味が良くわからない。
同じことしか言わない言葉。
意味が通じない会話なんて垂れ流している旋律のない楽器の音以下のものだ。
意思の疎通をするためのものが伝達する意思を放棄していたのでは、なにがなんだかわからない。
ちょっと安心したのも束の間「こっちのイケメンヴォイスも結局は意味不明かよ!」とルルリアは感情を爆発させた。
大体、この状況自体がワケ解らない。
なにかがあたしを捕まえてるならさっさと開放しろ!と思い出したように背中の大剣を取り出し振り回す。
「受け入れよ」
「だから何を…よ!」
力任せに振り回した水竜の大剣が一筋の軌跡を描く。
ぶぅん、と切先が走った先を、眩い光が筋となって伸びてゆく。
ルルリアは「なんだ簡単な事だったんじゃん♪」と言いつつ、その出口をもっと広げてやるとばかりに蒼刃剣ガノトトスを上段に振りかぶった。
まて……自分が、横に薙ぎ払ったのは一度だけだ。
なぜ、光明が『二本』並んでいるのか。
いやな予感がして硬直した彼女の体がざわりッ、とおののきルルリアの身が総毛立つ。
徐々にその太さを増してゆく光の筋に、彼女は見覚えがあった。
腕が震える、いや、腕だけじゃない。
ルルリアはガタガタと笑うヒザを抑えることが出来ずにいた。
体中から嫌な汗が一気に噴出している。
コレは、いやだ。
「なぜコレが、ここにあるの!?」
二本の光はどんどんとその面積を増してゆき、ルルリアの眼前についにその眩い輝きを現していた。
その爛々と輝く【黄金色の眼】はガノトトスを構えたルルリアをしっかりと捕らえ、眼差しをその少女に向けていた。
瞳の奥に幾重にも折り重なった自分が映りこんでいる。
「あ…あ、あ…」
目の前に、自らの恐怖の具現化された存在がある。
ルルリアはその場にへなへなと崩れながら、自分の最期を悟った。
抵抗する気力どころか、立ち上がることも出来ない。その恐怖は最高潮に達し、体の震えは止まらず、その思考は停止寸前だった。
自分はこのまま、この『黄金色の眼』の持ち主に食われるのだろう。
ついさっきまで、ヴァンやシンバと一緒にいたのに、こんなわけの分からない死に方をすることになるなんて、思っても見なかった。
ふと、脳裏に仲間たちの顔が浮かぶ。
ああ、これが走馬灯ってヤツですか、初めてみた。
「どうせ最後なんだからもうちょっと良く見てみようかな」とルルリアは自暴自棄に言いながら眼をあげたそこには、二人の人が笑顔で立っていた。
「え…?」
一瞬だった。
ほんの瞬きする間だけ、二人の、大好きだった父母の笑顔が見えた気がした。
オーバーヒートしていた脳髄が意識を取り戻していくのがまざまざとわかる。
眼前には相変わらず黄金色の眼がさん然と輝いている。
でも、それだけだ。
ただ、在る、だけ。
確かに、怖い。
コレは確かに自分の【弱点】なのだろう。
「受け入れよ」
また声が響く。
そうか、そういうことか。
「ああ、解った。よく解りましたよ!」
ギラギラと威嚇するように輝く眼に向かって、ルルリアは得物を振り上げる。
克服しろってことなら、やってやろうじゃないの!
「ちっくしょー!くらえよーッ!!」
焼けクソな気合の咆哮とともに、彼女はガノトトスを振り下ろした。
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