がぎぃん!と物凄い衝撃が腕を痺れさせて彼女は我に返る。
周囲は熱気が渦巻き、そこかしこで水蒸気が吹き上がっている。
すぐ目の前には山頂から流れ出した溶岩がどろりどろり、と悪魔の舌のように燃え盛り獲物を狙っていた。
ベースキャンプではない。
すぐそこに噴煙を巻き上げる火山の頂が見える。
ずいぶんと高い標高の位置だ。
「え…と?」
水竜のヒレを使った剣は、岩に弾かれてすぐそこに転がっている。
ルルリアは急に突きつけられた現実を把握できずにいた。
まさしく、ここは火山のフィールド。
何度か来たことがある見覚えのある場所だ。
暑い。
物凄く暑い。
さっきまでの、感覚全てが殺されたような闇の空間はなんだったのか。
考えても答えが出るわけではない事なのは理解できる。
とりあえずあんなの、もう、二度とごめんだ。
がちがちした岩場に投げ出されている大剣を拾おうと屈んだルルリアは自分の下半身の違和感に気づいた。
レウスグリーヴの中のショーツがじっとりと湿っていた。
その理由に思い当たり、彼女は顔を真っ赤に染める。
いくらトラウマの弱点が出てきたからって、も…らす…ようじゃハンター失格だってば!
ひとりぼっちの暗闇で心細かったさっきまでを棚にぶんなげ、今は自分ひとりなのが本当に嬉しかった。
子供のころから世話焼きなヴァンはともかく、シンバには絶対知られたくない。
一瞬、彼の屈託のない笑顔が浮かび、ルルリアは再び顔面を沸騰させた。
とりあえずルルリアは岩陰に隠れ、その恥ずかしいアンダーウェアを脱ぎ、ソレをポーチの奥深くにかたく封印すると急いでグリーヴのホットパンツをたくし上げる。
ベルトをいつもよりひとつキツく締めてやっと緊張を解いた。
まぁ、ホットパンツもちょっとアレだけど、この熱気だからすぐ乾いてくれるかな?とか恥ずかしい考えが脳裏に浮かび、ハンターというか女の子として失格かしら、と少し落ち込んだようだが。
ルルリアはアイテムポーチを漁りクーラードリンクを探す。
どうやら、ベースキャンプの荷物に紛れ込んだらしい。
「まったく、シンバはいつも要領が悪いんだから。気が利かないな、もう」
自分の準備の悪さを、シンバの所為にして悪態をつく。
まぁ、いきなり暗闇に拉致られてしまったわけだから、準備もへったくれも無いのだが。
ポーチの中には携帯砥石と傷薬が少々、それに麻痺薬が入っていたビンがひとつに小型の爆弾が数個入っているだけだった。
本当のところもうひとつ、ポーチの底には先ほどの乙女の秘密が隠されているわけだが、それについては考えるのを止めたルルリアだった。
「お水、お水、飲みたいな、飲みたいな」
ヘンな節を付けて不安を打ち消すように鼻歌を吟ずる。
水蒸気がしゅうしゅうと吹き上げる岩の亀裂に近づいて、彼女は蒼刃剣ガノトトスをそこに立てかけた。
水竜のヒレは水蒸気を受け、たちまち潤いを取り戻し輝きを増す。
その鋭利な刃に水滴がぷつぷつと浮かび、切先にむかってするすると落ちてゆく。
ルルリアはその様子をニコリと確認して空き瓶でその水を集めていった。
「あふぅ」
小さなビンに数回の水分を補給し、やっと人心地つけた。
暑さ対策における根本的な解決には程遠いが、いくらか気分がよくなる。だが、本来もって来るべきクーラードリンクにも問題がある。
不味いのだ。
アレがもっと美味しくなったら火山に出向く女性ハンターも増えるんじゃなかろうか。
今度ギルドに意見書を提出してみよう。
「どうせ、無視されるだろうけどサ」
どうもさっきから文句っぽくなっていけない。
ルルリアちゃんはいつでも“のーてんき”じゃないといけないんだった。
普段、被っているネコを二、三匹思い出して装着してみる。
しかし状況が状況だけに、思ったほど元気は出なかった。
きっとヴァリオンとシンバは心配しているだろう。
ぼんやりと二人のことを考えていたルルは、ぴちゃりぴちゃり、と水の音がしているのにようやく気づいた。
「なんだ工夫を凝らしてサバイバルに集めなくても良かったかな」と小ビンを取り上げその湧き水を汲みに数歩踏み出した彼女は、またもや不思議な感覚につつまれる。
「湧き水…?」
ここは、火山だ。
うだるような熱気が立ち込め、本来なら人間が入り込んでいいような場所じゃない。
今もまたすぐ近くで、地中の溶岩がぼこりと盛り上がる。
この灼熱の空気と、さっきまでの理解を超えた出来事の所為でルルリアの感覚は研がれていなかったようだ。
普段の彼女なら、この場所に広がる異様な光景にスグ気づいたはずなのだが。
「…水なんか、あるわけ、ないじゃない…」
眼前で岩から湧き出るソレは少し黄色がかった緋色。
ごぼ、ごぼっと泡立ち、岩の様に堅い殻の奥にある破れた血管から規則正しく流れ出ていた。
ルルは周囲を見渡してみる。
目の前にあるグラビモスの胴体の他に、そこかしこに鎧竜のパーツが散乱していた。
重い体重を支える脚部は、溶岩の流れの中に流木のように横たわっていた。
美麗に舞うことは叶わないが、打ち下ろせば文字通り岩をも砕く剛翼は無残にもちぎれ、ぐたりと地べたに投げ捨てられている。
突如、ルルリアはピン、と緊張する。
いま、ナニかに視られた。
ココには自分とかわいそうな鎧竜の死体以外になにかが居る。
そしてそいつは自分に気づいている…。
この熱気の中でも冷ややかさを失わない大剣を構え、周りを慎重に観察するルルリア。
ごつごつとした黒い、冷え固まった溶岩の隙間にグラビモスの血飛沫が飛び散っていて凄惨な光景だ。
血液が蒸発していないところをみると、その鎧竜を襲った惨劇はそんなに昔のことじゃない。
しかもグラビモスのパーツはざっと二、三頭分。
こんな芸当が出来るのは……。
不意に山頂が爆発を始める。
びりびりと大気をしびれさせ、大地にひびが入る。
すどぉん、ずどぉんと連続で噴火を繰り返す火口から、赤黒い何かがのそりのそりと姿を現した。
もうもうと煙る黒煙の中からソレは、溶岩を纏いながら山肌にその脚を下ろす。
ずずん、ずずんと岩を砕きながらルルリアに迫る黒い巨体。
ぱっと見、岩山かなにかが動いているかのようにも見える。
だが、あからさまに異様な風体をしたそれは間違いなく生物だった。
黒光りする甲殻を持ち、背中には幾重にも重なった鋭く太い棘が連なる。
それら一本一本わきわきと動き、強烈な存在を主張している。
強靭な四肢は硬い岩盤を物ともせずに踏み荒らし、灼熱の溶岩流も意に介さない。
その下顎からは特に目を引く鋭利な大牙が天を貫かんばかりに伸び上がる。
その鋭い、という表現すら生ぬるい牙にグラビモスの首を咥えごりごりと噛みつつ後足で伸び上がったソレはぶちん、といとも簡単にその堅殻に守られている鎧竜の首を噛み千切る。
その予想だにしない怪物の登場にあっけに取られているルルリアの眼前に千切り飛ばされたグラビモスの頭が勢いよく降ってくる。
がぁん、と圧倒的な衝撃がルルの立つ地面を揺るがしひびが入る。
それには火山の猛者たる鎧竜の尊厳は無く、既に事切れた只の肉塊として意味のないオブジェと化していた。
『グ…ォォァアアアアッ…!!』
口腔内に残った鎧竜の肉を咀嚼し嚥下するとソレは天に向かって咆える。
ビリビリと大気の振動がフィールドを揺るがし、その影響は大地にも及ぶ。
耳をつんざくその叫びは火山を活性化させいたるところで火柱が生まれる。
まさに天をも焦がす勢いで吹き上がるマグマの向こうに、こちらを見据えた凶眼がルルリアをはっきりと捕らえていた。
「あ、アカム…トルム…」
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