ルルリアはそこに倒れているゲリョスが毒怪鳥類お得意の擬似死中ではないことを確認するため、左手に携えたリオレウスの小剣を無造作に放る。
くるくると空中で弧を描き、その剣はゲリョスの翼ごと地面にすとん、と刺さる。
すでに魂の無い、モノと化している沼地の主はそのなげやりな行為に激昂することはかなわなかった。
「ふぅ」
紅刃の旦那剣を拾いながら小さくため息をつき、彼女はその年頃を主張する胸元から骨で作られた笛を取り出した。
そしてソレを短く三回、続けて吹き鳴らす。
するとその音色が消えるか消えないかという間に、そこかしこの草むらがざわめき、数えで15匹の猫が姿を見せた。
そして唐突に彼らは慌しく働き始める。
あっというまに毒沼の静けさは打ち払われ、そこいらはニャアニャアとやかましい猫たちの鳴き声で占められた。
人間世界に溶け込み、ともに生活する獣人種のひとつ【アイルー】族。
後ろ足での二足歩行するネコ型の獣人で、かなり高い水準で人語を解する彼らは数ある獣人族のなかでも特に人懐こく、人間に雇われて仕事をこなしているネコたちも多い。
今ここにいる彼らはハンターギルドに雇われているアイルー達で、実際に狩猟現場でのサポートを生業としている逞しい連中だ。
そのアイルー達がゲリョスの大きさを測ったり、モンスターの買い取り時価を調べたりと忙しなく動き回るその後方で、二人のモンスターハンターがその作業風景を手持ち無沙汰に眺めていた。
身の丈ほどある大剣を背中に担ぎ、漆黒の輝きを放つ紅龍の鱗であつらえた防具に身を包んだ大柄な男ハンターと、赤い盾蟹の防具を着込んだやや小柄な女性ハンター。
二人は無言でこの見慣れた情景に目を向けていた。
毒気が漂う、不気味な草原に対照的な猫たちの脳天気な喧騒が飛び交う。
どうしてこの獣人たちはこう、いつも空気を読まないのか。
まぁ、そこがいいところなのかもしれないが
「……っくしッ」
ルルリアがくしゃみをし、ぐずぐずと鼻をこすり首をかしげる姿は、先の戦いの中で見せた狩人としての姿とはかけ離れている。
年のころは、おそらくまだ二十歳前だろう。
まだもうちょっとの期間は少女、と言ってもよい容貌だ。
盾蟹ザザミヘルムのバイザー越しに見える瞳は紅蓮に輝き、肩をくすぐる髪は銀糸のごとくのアルビノ。
生意気そうな口元を手の甲でぬぐい、自分の手巾を探す。
「風邪、って訳じゃないな。ネコアレルギーだったか?お前」
視線だけ右下に落とし、ヴァリオンは少女を気遣う。
無精ひげがやや目立つ、いかにも狩人という雰囲気を持つ彼はもう直ぐ三十路…いや、もしかしたら三十を超えた頃かもしれない。
過酷なハンター稼業の一線で戦ってきた彼はまさしくたたき上げの狩人という風貌である。
しかし、ルルリアを見やるその眼差しにはややすると穏やかな光が見て取れる。
「うわ、ネコアレルギーとかちょっと困るかも……っくしゅッ!」
再び同様のくしゃみをするルルリアを口の端だけで笑いながらヴァリオンは「ほれ」と手ぬぐいを差し出す。
それを鼻に当て、二、三回続けてくしゃみをする女性ハンター。
二人の関係は、親子なのか兄弟なのか、それとも恋人なのか。
いやペアハンターとはいえおそらくそのどれでもないのだろう。
距離感が一種独特のモノを持ち合わせている。
お互いに相棒としての信頼感がそこにあるのは揺るぎ無い事実であるが。
くしゃみが続くルルリアを見て、そろそろ笑いが我慢できなくなりつつあるヴァリオンの元に白と黒のぶち猫がひょこひょこと近づき、一礼する。
どうやらこのアイルー隊のリーダーは彼らしい。
「ヴァリオン様、ルルリア様、どうもお疲れさまですニャ」
彼の後ろでは彼らが仕留めたゲリョスが既に台車に載せられ、猫縛りにされているところだった。
「剥ぎ取りの方はいかが致しますかニャ?」
「三回ほど許されていますが」と肉球のついた手のひらを此方に向け、一生懸命三本指を立てようとするぶち猫にヴァリオンは軽く手をあげ「必要ない」とつげる。
ぶち猫は「そうですか」と事もなげに一礼し、獲物の大きさをつげ、報酬金額の書かれた明細を寄越す。
ルルリアはそれにざっと目を通し、アイルーに小さく微笑んだ。
その後直ぐに彼女はくしゃみをぶち猫にひっかけるのを必死にこらえたようだったが。
アイルーは未使用の支給品の返却を二人に求めながら世辞を言う。
「先ほどのルルリア様の上空からの一撃はお見事でしたニャン、それにゲリョスの突進を一振りでお止めになるヴァリオン様もお強いですニャ。さすが、お二人は当ギルドが誇るエースハンターですニャア」
そして返事も聞かず、受け取った支給品をちゃんとポーチにしまうことも忘れずに、もうすっかり荷物となった毒怪鳥の台車にちょんと飛び乗り、ぶち猫は号令を掛けさっさと沼地をあとにした。
猫たちが去った沼地は、戦闘があったことすら覚えていないように静寂が染み渡る。
ヴァリオンの肩を鳴らす音がやけに響いたくらいだ。
さぁさぁと風が流れ、下草が擦れ寂しげな唄をうたう。
ともすれば子守唄のようにも聞こえるさざめきは逝った主への鎮魂歌か、繰り返される戦闘への戒めの歌か。
いつのまにか雨はあがり、沼地は穏やかさも、哀しさも漂うフィールドになった。
そこに残された二人は何を思うのか。
「さ、帰るか、ルル」
いつまでも騒がしいギルドアイルーの小隊を見送り、自らの大剣を背中に背負い直しながら彼は相棒の少女に声をかけ、ベースキャンプに戻る道を辿る。
その後姿は先ほど、彼女が背中に無礼を働いたことなどとうに忘れているようだ。
「うん」
小さく答えたルルリアもそれに続く。
彼らも達成感と一抹の切なさという相反する感情を抱えながら、沼地を後にするのだった。
大型狩猟基地を抱えるドンドルマ市、その第三ギルドの狩猟旅団【鋼鉄のリューシェ】
彼らがたむろする団が運営する食堂兼酒場【トゥトゥ】では、今日もまた歓声と樽ジョッキやグラスのぶつかる威勢の良い音が響いていた。
トゥトゥの入り口が近づき、ルルリアは【ザザミヘルム】を脱ぐ。
二、三度頭を振り、背中まである銀髪を手串で梳きながら兜をヴァリオンに放った。
返す手で自分の頬を両の手の平でパチンと叩き小さく「よし」とつぶやく。
ヴァリオンは、幼い相棒のその様子をすこし悲しげな目で見ながら酒場の扉を開いた。
とたん、むわっとした熱気とともに、酒場特有の喧騒が耳に届き心地よい。
そこはハンター達の憩いの場、情報交換の場所でもあり、安酒という至高の恵みで、互いに命の洗濯をする大切なところでもある。
そこかしこで乾杯の声が飛び交い、必要以上に背中の開いたユニフォームのウェイトレスが忙しく料理と酒を運んでいた。
「あ、ヴァンじゃん。クエストはうまくいったの?」
壁際の目立たない席で、黒を基調とした防具を着込んだ隻眼のハンターが穏やかな声を上げる。
傍らには布の巻かれた銃槍が一条、無造作に立てかけられている。
向かいの席に座っている女性ハンターも、手をひらひらとふって笑顔を向けていた。
「まぁな。ケビン達は今日はおやすみかい」
ヴァリオンは愛剣を壁に立てかけ、その女性ハンターが差し出してくれた煙草に火を点けた。彼女の周囲にはいつも抱えて歩いている長槍が見当たらない。
珍しいこともあるものだ。
「うん、パットが気分悪いんだ。今日は狩りには行かないよ」
「ね?」と向かいの彼女に確認する。
話題を振られたパトリシアは肩をすくめ、苦笑いをよこした。
「そうかい」と気の無い返事を返し、ヴァリオンはルルリアを目で追う。
彼女はギルド窓口で報酬金の受け取りと、報酬素材のリストを受け取っているところだ。
酒場に入るなりヴァンの手からヘルムを引ったくり無造作に被ると壁際を無言で進んでいくルルリアに気づく者は殆どいない。
「ルルちゃん、依頼から帰ってくるといつもテンション低いよね」
具合が悪い、といいながらも真新しい煙草に火をつけたパトリシアは、空になった煙草の箱をクシャりと潰しながらつぶやく。
「ああ、そうだね。他のときはいっつもニコニコなのにね」
ケビンもそれに相槌をうち、保護者役の返答を待った。
その二人の視線にわざと気づかず、ヴァンは吸っていた煙草を話題と一緒に手のひらで消すと二人に軽く右手をあげ、自らもギルド受付窓口に向かうのだった。
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