なぜ、彼女はこんな意味不明の竜化などという体質を持っているのか、その理由はまるでわからない。
だが、その力は見てのとおり、覇竜を易々と片付けてしまうほど強大なものだ。
もし、街で暴れだしたらどうなるか。
それは考えるのもおぞましい、凄惨を超えた虐殺が始まることを意味している。
そんなことになる前に、自分が、止めなければならない。
それはルルリアの師匠として、兄弟子として、グラムの弟子としての責務だった。
シンバから自分に攻撃対象が切り替わったのを感じ、ヴァンは走る。
今のルルの速度は通常の比ではない。
一度捉まれば良いようになぶられるだけだ。
だが、クセはいつものルルリアと変わらないはずだ。
自分からみて常に左から右へ移動し、上から斬りつけるその基本動作は変わっていない。
そこを先読みして一撃を叩き込めば……。
ヴァンは、涙を流していた。
自分は、ルルに一撃を叩き込む、なんてことが出来るのだろうか。
理性のない獣のように変わり果てた姿とはいえ、アレはルルリアなんだぞ!?
やいのやいのと生意気な口を利きながらも、いつも自分のうしろをちょこちょことついてまわる、かわいい妹分だ。
師匠夫婦が逝き、自分が面倒をみると周囲に宣言してからは本当の家族のように一緒の時間を過ごしてきた。
ハンターとしてだけでなく、生活をともにして苦楽を分け合ってきた年月を彼は振り返る。
だがヴァンは決断する。
「だからこそ!オレがやらないといけないんだ!」と吼え、ルルリアが着地する予定の場所にヘビィスリーパーを振り下ろす。
渾身の力を込めて。
本気で打ち下ろす。
ヴァリオンの哀しみが篭り、これから背負う“家族殺し”の十字架を覚悟した上の一撃だった。
だがしかし、その白眠鳥の嘴は金の鱗をかすりもしない。
ヴァンの読みは外れてはいない、しかし、大剣の切っ先は地面を穿つ。
その腕に持てる力を集め振り下ろした一撃は岩盤にめり込み、ヘビィスリーパーは地面から生えたかのように固定されてしまう。
まずい。
ちょっとやそっとの力では抜けそうもない。
柄を思い切りひっぱってみるも、蒼白い大剣はびくともしない。
ぞくり、とヴァンの背中に冷や汗が伝う。
次の瞬間、ヴァリオンは物凄い衝撃を肩口に喰らい、岩場の大地をその鎧で削りながら転がっていく。
鎧を着けていなければヴァンの腕は肩から無くなっていただろう。
彼は心底、パパガイに感謝する。
だが、状況は更にまずくなった。
その容赦のない一撃を兄貴分にみまったルルリアは、彼の残した大剣をこともなげに地面から引き抜く。
それをがりがりと引きずりながらヴァリオンのもとに歩いてきた。
なんの感情も浮かんでいない金の眼差しで。
受けた衝撃からまだ起き上がれないヴァリオンの眼前で、ルルリアはヘビィスリーパーを片手で高々と振り上げる。
だが、その刃を振り下ろすより一瞬早く、シンバが彼女を後ろから抱きしめていた。
その体には、少女の柔らかさなど無く、金色の鱗が冷たい感触を彼の手のひらに伝える。
それでもシンバは腕を緩めない。
いま、ルルリアを放してしまったらもう、二度と彼女は帰ってこない。
そんな気がしていた。
ルルリアは大剣を頭上に振り上げたまま、止まっていた。
黄昏時を向かえ、火山は徐々に闇に沈む準備をする。
ルルリアが吹き飛ばした熱気は既に舞い戻り、山はその魂を取り返していた。
彼女は目線だけを、背中に抱きついている男に向けた。
自分に注がれる無感情の瞳に、シンバは無言で必死に熱を送り続ける。
がらん、とルルの腕からヘビィスリーパーが離れ落ち、その長い刀身を地面に横たわらせた。
ルルリアはシンバの腕をゆっくり解き、彼に向き直る。
そして、ふわり、と微笑を浮かべた。
「る、ルルリア…おまえ意識、ガッ!!?」
金色に変貌したルルリアが始めてみせた感情の変化に、シンバは警戒を解く。
と、同時に彼の喉笛をルルリアの左手ががっちりと掴み上げていた。
ぎりぎりと締め付ける万力の様な握力に、シンバの首の骨がきしむ。
呼吸が、出来ない。
血液が脳に届かない。
シンバはここにきて死を覚悟する。
先ほど幻想の中でみた、自らの最期が現実のものになろうとしていた。
ルルリアに吊り上げられ、ひゅうひゅうと喘ぎ、息が出来ないシンバをみてヴァリオンは我に返る。
無様に転がっている剣をつかみ上げ、ルルリアに向かって振り上げるも、それを打ち下ろせずに固まってしまった。
今まさにくびり殺されようとしているシンバが、血走った目でヴァンの行動を否定している。
口の端から泡を吹き出し、足は既に痙攣し始めているにもかかわらず、彼は自らの命より、彼女を助けたいと願っているのだ。
『まぁ、こいつにやられるなら…いいかな。うん…』
そんな思いが、霞みゆくシンバの脳裏に浮かぶ。
最期に、愛するルルリアに触れたい、とシンバのガントレットに守られたてのひらが彼女の顔を撫で、首を絞めあげている腕にそっとかかる。
その光が消えかかった眼差しは、とても穏やかなものだった。
自らの顔に触れ、腕に添えられた相手の手を追って彼女はその目線を上げる。
そこには、まさにいま、その命の火が消えようとしているシンバが、微笑んでいる。
ルルリアの心臓がどくん、と跳ねた。
無意識であろう、彼女の右腕はシンバの首を締め上げている自らの左腕をつかむ。
そのナイフの様に鋭利な爪はぎりぎりと左前腕を締め付けていき、スグに手首を覆う鱗の隙間から鮮血が滲み始めた。
ぽたりぽたりと、その赤い筋は肘の棘を伝い、地面に染みを作る。
それでもルルリアはその自傷行為を止めようとしない。
そしてついに、ルルリアの左腕は力を失う。
その狂った左腕の爪はシンバの首を解放し、血を流しながらだらりと下がる。
すんでのところで開放されたシンバは咳き込み、崩れ落ちる。
荒い呼吸を繰り返し、酸素が全く足りていない体内に必死に熱気を取り込んでいる。
半分無意識になりながら、ぜぇぜぇと生命を繋ぎ止めるシンバを支えながら、ヴァリオンはルルを見上げた。
ルルリアのその瞳は、もう、禍々しい黄金色ではなかった。
哀しい光が浮かぶ、感情のある色。
彼女の本来持つ、美しい緋色の瞳。
ふいに、その眼差しがゆれる。
感情を取り戻し、ルルリアは涙を流した。
自らの自我を呼び起こし、その思いがとめどなく溢れる。
ルルリアが感情を取り戻すたび、体を覆っていた束縛は解かれ、金の鱗が剥がれ落ちてゆく。
それは地面につく前に霧散し、ルルリアの周囲に黄金色のもやが立ち込めた。
ぽろぽろ、ぽろぽろ。
こぼれゆく真珠のような大粒の涙とともに、きらきらと金色の戦鱗が散ってゆく。
それは火の山の赤い光に照らされ、ひどく美しい。
山々を煌々と照らすマジックアワーに、小柄なルルリアのシルエットが色鮮やかに映える。
その姿は儚くも幻想的で、思わす見入ってしまうほどに魅力的だった。
やがてルルリアを縛り付けていた、呪いのような鱗は全て消え去っていた。
一糸纏わぬ彼女はぽつりと一言「ごめん、なさい」とこぼす。
意識しなければ聞こえないほどの小さな謝罪を、ヴァンとシンバは心から受け入れた。
だが、ルルリアの意識はそこで途切れる。
糸の切れたマリオネットのように崩れ落ちる彼女をヴァンが支えた。
その力強い腕に抱かれ、ルルリアはその柔らかな肢体をぐったりと預ける。
その守るものを何も着けていない素肌に、この火山の過酷な熱気はキツ過ぎる。
ヴァリオンは、どうにか立ち上がったもののまだふらついているシンバの様子を伺いながらもルルリアを背におぶった。
シンバも彼女が帰ってきたことに喜び、自らのマントを外し、ヴァンの背中で弛緩している彼女の裸体を覆う。
そしてまだ少し痺れの残る両足に気合を入れて自分とヴァリオン、二人分の装備を背負うのだった。
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