一行がベースキャンプにたどり着いたのは、夜もとっぷり深まった頃だった。
幸いなことに、山頂付近から此処まで脅威となるモンスターに出くわすことは無く、ヴァリオンもシンバもほっと胸をなでおろした。テントの中の簡易的過ぎるベッドにルルリアを寝かせると、ヴァンはシンバに向き直った。
怪訝な顔を向ける彼に、ヴァンは深々と頭をさげ、謝罪する。
「すまなかった。俺は、君を見殺しにするところだった。いくら謝っても謝りきれない」
しかしそれよりもシンバは、ヴァリオンがルルリアを手にかけようとした事のほうが信じられなかった。
この過保護な兄貴分は、あの時、確かに『ルルリアを殺す』と口にしたのだ。
「話して、くださいよ。俺だって、ルルリアのこと…大切に思ってるんですから」
そういって、シンバはヴァリオンに小さく笑みを向ける。
一人の切ない運命を抱いた少女を想う気持ちは互いに同じものだった。
テントのそとでは、カルデラ湖の湖面に穏やかな風が吹き、月が世界を淡く照らしている。
ヴァンはルルリアにもう一枚備え付けの毛布を掛け「外で火を焚こう」とシンバを促した。
桟橋近くには、彼らが先刻残した食料がそのまま投げ打たれている。
冷めた肉を取り上げ、ヴァリオンは今しがた熾した焚き火にかざす。
ぱちぱち、と火花を散らし爆ぜる薪に視線を落としながら、ヴァリオンはゆっくりと語りだした。
「あれは、ルルが十三の時だ。俺たちはちょっとした喧嘩をしてな。ルルは家を飛び出していったんだ」
お互いに感情的になって心の傷跡を突き合ってしまった。
「まったく、俺もガキだったよな」と当時を思い出したのか、少し自嘲気味に笑うヴァリオン。
シンバに先を促されて彼は話を続けた。
「今でもガキだが、当時のルルはなんだか、いろいろ焦っていてな。ハンターライセンスを取得したばかりのくせに大物ばかり狙いたがったんだ。当然、俺が付き合うことになるだろ」
「勝手気ままな依頼受注を繰り返すんだよ、アイツは」とテントの方に視線を向けて昔を振り返る。
色々な面で先輩狩人でもあり、父グラムの一番弟子でもある、まさに兄貴分のヴァリオンの意見を聞き入れないルルリアに業を煮やしてつい「師匠の娘のくせに、わかってねぇな……」とかなんとか口走ったのが失敗だった。
「いや、それは俺も悪かったんだが、ルルも頑固だろ?そんなとこばっかり姐さんに似てるんだ」
だが自分の父母が有名すぎるというのは、精神の未熟なルルリアにとって重くのしかかるプレッシャーでしかなかったのだ。
センスだけに頼って、基本を逸脱しがちなルルリアには、両親の話を持ち出すのは良くないとわかっていたのだが。
そしてルルリアはヴァンの売り言葉をすぐさま即金で買い取った。
「そこまでいうならもうヴァン兄ぃの手なんか借りないよ!ソロでやれるってとこ見せてやんよ!吼え面かけこのハゲッ!」
そう言ってドアを乱暴に蹴り飛ばし家出したらしい。
因みに、ヴァリオンは今も昔も禿げてはいない。
腰あたりまである黒髪を細い三つ網にしてゆらゆらと流している。
190を超える身長と均整の取れた筋肉質のボディの持ち主。
その無骨な狩人は決して人懐こくはないが、頼れる存在。
グラムのきびしい修行を修めた、実力も折り紙つきのモンスターハンターなのだ。
図らずも、両親の逝去という理由からヴァンに生活の面倒を見てもらいつつハンターとして師事することになったルルリアはその十ほど年の離れた兄貴分と旅をすることとなった。
元々、ルルリアも両親から訓練は受けていたからモンスターハンターの基礎は出来ていた。
だが、狩りは自分一人でどうこうするようなものでも、ましてや遊び半分の気持ちでどうにかなるものはない。
基本的な事柄を把握した上で自分の技術やスタイルを確立し、仲間のハンターと協力できなければ、自分のみならず周囲の命を脅かすことになりかねない。
ヴァンは「ルルの場合周囲の命というのはまず、俺だろ」といい、自由奔放なルルの過去の『異』業を並べる。
その内容は、ルルリアの肩を持ちたいシンバですら「うへぇ」という感想を漏らすものだった。
「確かに俺が言い過ぎたところもあるわけだ。ルルにきちんと教えてやるのは、俺の役割なんだからな」
当時は猟団に所属しないで流しのハンターとしてあちこち転々としていたから頼れる者は自分だけ。
助けに行くのも、迎えに行くのもまたヴァンの仕事だった。
「その時、ルルが受けてた依頼を見てさすがに背筋が凍ったよ。あの馬鹿、ライセンスレベル10かそこらで【ナナ】受注してやがった」
【ナナ・テスカトリ】は古龍種の中でも【炎妃龍】と称される青い鱗を纏った有名な古龍。
獅子のような面相に王冠のように見える角を持ち、気性はわがままで姫の気難しさを象徴するように荒い。
彼女が振りまく愛想は灼熱の火の粉。
彼女がつくため息は熱波渦巻く豪炎。
その眼差しはまさに燃え盛る炎玉。
古い塔の頂に居を構え、気高いしぐさと猛々しい性格でその存在は古龍の中でもトップクラスに美しい。
そしてトップクラスにやっかいな存在でもあった。
いつしか、その棲家の古塔から自分単独でナナを撤退させれば【一人前のモンスターハンター】である証、だという話が伝わり、腕利きのハンターたちがこぞって出向くようになった。
「その話を真に受けて、ルルは古塔に出向いたんだな」
シンバは「ああ、後先考えないルルリアなら行きそうだ」と何度も頷く。
そのシンバに「だろ?」と同意し、ヴァンは話を続ける。
彼女がもしこの場にいれば「後先考えないってあたしバカみたいじゃん!」とシンバに詰め寄っただろうが、ルルリアはテントの寝台で蝋細工のように横たわり眠っていた。
「結局、俺は違約金を積んでルルの後を追ったんだ。ナナとは姐さんに付いて何度かやりあったことがあったから俺はいいんだが、ルルリアは初見だったからな。痛い目に逢うのは目に見えてた」
ぱちん、と火花が爆ぜ、ヴァンの言葉を区切った。
焚き火に新しい薪をくべた彼は、続く言葉をなかなか語らない。
怪訝なシンバに炙った肉を差し出しつつ、自分もこんがり焼けたそれにかじりつく。
急に黙り込んだ、歯切れの良くないヴァリオンの姿に、シンバは話の終わりに薄々気づく。
なにしろ、自分も先ほどルルリアの変貌を目の当たりにしている。
ついでに殺されかけたのだ。
アレは忘れようとしても無理な衝撃的な出来事である。
「……でも、ルルは勝ってたんだな?」
シンバの静かな予想に、ヴァリオンは無言の肯定を返す。
「ひどい光景だったよ」と続け、ナナ・テスカトリという強大な暴力がただの肉の塊になっていく様を語る。
「俺はあの状態のルルを“竜化”と呼んでるんだが、その“竜化”したルルにとってはアカムトルムなんざ何でもないんだ。いや、アカムだけじゃないな。多分、モンスターはどれも敵わないだろう。あのナナですら解体してたしな」
「結局、その時に暴走したルルに見つかってやられたのが、このキズさ」とヴァンは背中にある大きな切創を見せる。
くっきりと四本残る爪痕は当時のダメージの深さを容易に想像させた。
今はどうにか肉芽組織の盛り上がりで創面は小さくなってはいるものの、この傷痕はきっと一生ヴァリオンの背中に残るのだろう。
「……ルルは何でこんな力を持ってるのかわからない。師匠も姐さんもこんな能力は持っていなかったはずだしな」
服を直しながら、ヴァンはコッヘルに温まっている濃い目のコーヒーを自分のマグに注ぎ、話し相手の弟分にも渡す。
「そんで、ルルはさっきと同じように意識を失って、後のことは覚えてないのさ」と無理やり話を終わりにする。
「…ただ、制御できない特殊能力は『災害』になることが多い。実際、俺はあの時死にかけたし、今日はお前が殺されかけた。だから…俺は、次にルルがこうなったら……」
「ルルを討ってでも、師匠たちとルル自身の尊厳を守る、と決めたんだ」と苦しそうにぼやいた。
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