「二年、半……か。あんたとはもっと前から付き合ってるような気がするね」
ルルリアの箪笥の一番上からパンツを取り出す。
ルルは本当に飾り気が無い。
ショーツもブラも、全て同じもの。
綿素材の無地の白ばかりだ。
レースとかリボンとか、せめてワンポイントなにかあってもいいと思うのだが、そういうのを薦めても、ルルリアはいつも顔を横に振る。
この部屋だってそう。
絵とか、花とか、ぬいぐるみ…とまではいわないけど何かそういうファンシーなものがあった方が楽しいと思うのだが、それもルルはいらないという。
いっつも同じ、何も無い部屋。
ルルリアがこの部屋にいるときはいつもベッドに寝転がって空をぼんやりと見ているだけだった。
「ってかさぁ、あんたもうちょっと自重しなさいよ、この乳……」
パンツに続いて下品な絵柄のTシャツではなく、これまた真っ白なタンクトップを着せる。
というか、コイツの胸はなんなんだよ、ちょっとこっちに分けろ。
ディズは自分の胸とルルリアの胸を交互に見比べる。
同い年なのに、この差はいったい……。
横になってもだらしなくつぶれない、ルルのハリのある乳をくやしげな目でにらむデイジー。
しかも寝るときはノーブラでタンクトップにショーツ一枚って……どんだけ挑発的なのよ、このコは。
蝶々の刺繍の入ったパジャマ姿の自分の寝姿を思い浮かべ、ルルのいまの寝姿と重ねてみてその子供っぽさに頬を染めるディズ。
ヴァリオンはやっぱりこう、ルルリアみたいに肉感的でセクシーな女の子の方が好きなのだろうか。
無精ひげの目立つ、渋カッコいい想い人の顔がよぎり、さらに赤くなる。
彼女はその澄ました端正な外見に相反し、シブくて強いオッサンが好きという難儀な嗜好の持ち主で、ヴァリオンはそのストライクゾーンのど真ん中だったりしていた。
だから、とりあえずヴァンとルルの兄妹関係は知っているものの、なんとなくルルにジェラシーを感じてしまう。
ルルリア本人の口から『ヴァン?うん。兄貴としか思ってないよ?あんなオッサン』との言質を取っていてもルルの持っている可愛さは自分とは全くベクトルの違うものなので、ヴァンがルルをどう見ているのかが不安要素なのであった。
ディズが密かに想いを寄せているとは露知らず、ヴァンはガルデニアにのうのうと顔を出し、パパガイと馬鹿話をして行く。
金槌を振るいながら、その逞しいハンターをちらちらと目で追う彼女は確かに恋する乙女だった。
ところが実は、デイジー本人は密かに、と思っているが、彼女はヴァンが来るなりカクカクと挙動不振になるし、他の客には絶対に出さない手作りお菓子を素っ気無く(←ココ重要)出してみたり、炉前の定位置から受付カウンターの方にじりじりと近づいていくその姿は誰が見てもあからさまなので、彼女の乙女心はルルリアはもとより、父親であるパパガイ含むガルデニア工房の職人達にもバレバレだったりしていた。
街中でもその恋慕の視線はヴァンに注がれるので『ガルデニアのお嬢はオッサン好き』という噂は案外広まっていたりする。
なのに、当のヴァリオンだけは気づかねぇという体たらく。
あのオッサンは本当にニブい。
モンスター狩りは巧くても、こっちの狩りはてんでヘタレなヴァンである。
しかしデイジーの方も、どうにもこうにも我慢できずにその秘めた(秘められていないが)恋心をルルリア明かし、少しだけ気持ちが軽くなったとはいえ、ディズのラヴァーズアローはいまだに放てずにいた。
本人を目の前にするとどうしても素直になれないという元来からの性格が災いして、いわゆる可愛い女の子になれずにいたからだ。
『これ、失敗作だから捨ててもいいから』の台詞と一緒に渾身の作のチョコレートを差し出した後の自己嫌悪ときたら……自分で自分の頭を愛用の鍛冶槌で叩き割りたくなる程のものだったのは記憶に新しい。
なぜそこで『ヴァンの為だけに一生懸命作ったの…私と一緒に受け取って(はぁと)』となぜ出来ないんだ!あんなに練習したのに!と悶えまくったのだ。
その後日、ルルリアが『あのチョコすごく美味しかったよ!ディズって料理上手だねぇ』と悪意の無いダメ押しをしてくれたのがまた辛かった。
その横でシンバがルルリアに『空気を読め!』と突っ込んでくれてたからキレずにすんだが。
そういえば、シンバはルルリアに告白したのかなぁ。
あれだけいつもこのコにちょっかい掛けてるんだから絶対に気があるんだろうし。
と、自分自身の明け透けなラブラブ光線を棚にあげて、それなりに仲の良いガンランス使いの事を思い浮かべる。
だがすぐに「まいっか、どうでも」と思考を切り替えた。
ヴァリオン以外の男性にはホントにつれないデイジーである。
「でも、こんなにいじっても起きないって…ほんとに睡眠ガスなのかな?」
昨日の午後からクエストに出かけて、帰ってきたのが今日の昼。
いつの時点でガスを浴びたのか知らないけど、いい加減に目を覚ましてもいいのではないだろうか。
一晩以上丸々寝続けるなんて……いくらとぼけたルルリアでもちょっとそれはないと思う。
穏やかな寝顔ですぅすぅと寝息を立てるルルリアをみやり、前髪を少し整えようとした時、ディズはふと気づく。
ルルリアの耳の上あたりの髪が少し変な形によれている。
さっき髪を梳いた時には気づかなかった。
「い、つっ」
そのもつれを解こうと指を差し入れた彼女の指先に、ちくんと刺激が走った。
思わず手を引っ込めたデイジーの人差し指に、ぷつりと赤い雫が滲んでいた。
折れた髪留めでも刺さってたのかなと、今度は慎重にその銀髪をまとめあげると、その銀色の奥になんだか不思議な塊があった。
色彩は赤黒く、光沢のない小さな突起。
三っつに割れた黒曜石のようなカンジ。
その端々は尖っていて鋭く、硬い。
以前、一緒に水浴びして洗いっこした時には、こんなでっぱり無かったはずだ。
気になって反対側の側頭部も覗き込んでみる。
やはり、同じような塊がくっついている。
「なんだろ、これ?…ルルのことだから、飾りってわけじゃないよね。うん」
血がでた左の人差し指を咥えつつ、デイジーはルルの頭にあるその突起物をよくみてみる。
なんだか、石とか金属ではないみたいだ。
でも、すごく硬そうな感じがする。
いうなれば、そう、モンスターの殻や角みたいな…。
……なんだか、とても嫌な気分になった。
ディズは持ち上げていたルルの銀髪をそっと元に戻すと左腕に立った鳥肌を右手でこする。
自分は、今、とても失礼な想像をした。
目の前で無防備に寝息をたてる、仲の良い友達に対して、なんてひどい考えをしたのだろう。
口に出さない謝罪を心で告げながらも、彼女の視線はルルリアのシルバーブロンドに隠されていて今は見えない【角としか形容出来ないモノ】に注がれていた。
この時点で、デイジーは決意する。
ルルリアには、なにか大きな秘密がある。
自分はこのなんでも抱え込む貧乏性で生意気な友達に対して何が出来るのだろうか、と考えたときにディズの心は決まっていた。
付き合った日にちはさほど深くない。
でも、お互いに友情を育んできた事は確かだ。
それに、ルルリアはデイジーの女の子らしくない、がさがさした職人の手を素適だと言ってくれる。
女だてらに工房の中で無骨な金槌を振るう自分をカッコいいと言ってくれる。
自分の兄貴に思いを寄せるわたしの背中を押して応援すらしてくれる。
それらルルのしてくれた事は、考えがなにかとマイナスに落ち込みやすいデイジーをふんわりと包み、ルルリアにその意識がなくとも癒しと励みをディズに送っていた。
今度は私がルルリアの力になってあげたい。
ヴァリオンとシンバは絶対に何かを知っている。
まずは、彼らと、なによりルルリアと対等の立場にならなければ、問いただす事すらできない。
デイジーは持ってきた手桶を持ち上げると、ちょっとルルに目を向ける。
相変わらず、穏やかな寝顔。
きっとこの眠りは長く続くのだろう。
私が【モンスターハンター】としてのライセンスを取るまでくらいは目覚めない、そんな予感がする。
そのデイジーの予感は的中する。
その後、ルルリアは実に一ヶ月に渡って眠り続けた。
ヴァリオンとシンバの誤魔化しが通用したのもほんの数日の間。
団員のみならずギルドネコ達までルルリアに異常な事態が起こっていることに気づき始めるのは必然だった。