「で、妹はまだ具合悪いンか?」
団員達がいくら問い詰めても、とことん口を割らずにお茶を濁し続けるヴァリオンに業を煮やし、アシュレーが彼を無理やり釣堀に引っ張り出す。
しぶしぶその誘いにのったヴァリオンはとにかくずっと無言だ。
竿に当たりが来ても、上げる素振りすら見せない。
時折広がる波紋を見つめながら、その硬く結んだ唇は彼の頑固な意思を如実に示していた。
アシュレーはそんなヴァンの態度に構わず話を続ける。
「なんだ、俺たちはそんなに頼りないか?……そりゃ団員って言っても基本的にゃ他人だからな。そりゃ深くは関係ないけどよ。一応、仲間でもあるんだぜ?」
自身も、湖面の浮きに注目したままぼそぼそと言葉を落とす。
言い回しがぶっきらぼうに皮肉っぽいのは彼の持ち味でもあるが、仲間、という単語に対してのアクセントは決して投げやりなものではなかった。
「……話せる時が来たら、話すよ」
大剣や戦槌といった豪快な得物を好み、その狩猟スタイルも力でゴリ押ししていくヴァリオンの言葉とは思えないほどかすかな返答がある。
アシュレーは「へぇへぇ、そうですか、そうでしょうとも」と予想していた返事が返ってきた事に舌打ちする。
実際のところ、彼も薄々解ってはいた。
ヴァンがルルリアの昏睡の意味を公に出来ない理由、それは自分たちの入り込めない部分になにかがある。
洞察力に富んだ、資格あるハンターとしての眼力はそこら辺までの感情移入は出来ている。
ただ、いかんせん、説明がなさ過ぎる。
ルルリアのあのハレンチなロビー装備と無邪気な笑顔(とおっぱい)が見られないだけで猟団部屋の中は何割か活気がないように思える。
居たら居たでやかましいが、居なくなるとなんか寂しい。
ルルリアの存在は団のムードメーカー的なところに納まっていたのだった。
「ん、まぁ、そりゃいいんだが……いや、その、ルルリアは……大丈夫なのかよ?」
竿を持たない方の手でがりがりと頭を掻きながらちょっと恥ずかしそうにアシュレーは問う。彼女が顔を見せなくなってからこのひと月余り、ルルリアの部屋に出入しているのはヴァリオンとシンバとデイジー、この三人だけだった。
取りあえずルルに一番近い連中が何も教えてくれないのだ。
団員たちは彼女の容態を知りたいと思っていても二の足を踏んでしまっていた。
「ああ。ずっと眠りっぱなしだけど、生きてるよ。なんなら顔見にいくか?」
ヴァリオンは沈んだ声でため息と一緒に台詞を吐き出した。
と、その言葉が終わるか終わらないかのうちに、彼の背中で太い声が上がった。
「ならば、団の皆で伺うとしよう」
びっくりして振り向いたヴァンの眼前に、日焼けした中老の男性が腕組みして立っている。
白髪をぴしりと整え、口髭もかっちりと刈り揃えられた渋いおっさんがその鋭い眼光を、釣竿をだらしなく構えてあっけに取られている二人の猟団員達に向けていた。
「ぼ、ボルドーさん?え?な、なんて?」
天下無双の槍使い、神槍のボルドーその人が苦虫を噛み潰したような顔で二人の後ろに立っていた。
その仁王立ちした彼の後ろからはリズロッテ団長がにこやかに手を振っている。
問い返すアシュレーにボルドーはきっぱりと言い切った。
「あの小娘のことを心配しているのは、なにもお前さんだけじゃないってことだ」
そういって視線を向こうの、大老殿のほうに向ける。
その浅黒い肌はこころなしか上気しているようにも伺えた。
薄い唇をへの字に曲げて、なんだか無理矢理に不機嫌な表情を作っているようだ。
「お兄さんの許可も取れたし、順番を決めてルルちゃんのお見舞いに行きましょうか」
ローナ団長が、照れているボルドーの肩をぽんぽんと叩きながらアシュレーにウィンクする。「大体、シンバが出入できるなら私たちだって資格あるよねぇ?」とヴァンにもにこやかに詰め寄る。
この人は本当に毒気が無い。
これがヒューマあたりの過激な団長ならこう穏やかには行かないだろう。
ヴァンはこの状況に面食らっていた。
自分が所属している団のトップ3が本当にルルリアのことを心配してくれていたことに今更ながら驚き、感謝する。
自分たちが、あのグラムとナァルの関係者と知ってもなお、余計な詮索をしてこない人間がいることにも安堵していた。
既に【リューシェ】の連中はルルとヴァンの過去を知っており、それでもなお今までと変わらない接し方をしてくれていた。
ヴァンは三人の前で恥ずかしげもなく涙を流しはじめる。
自分たちには、頼れる仲間がいた。
帰れる場所が見つかったのだ。
いきなり声を上げておぅおぅと泣き出した男に驚きつつも、その気持ちをなんとなく汲み取った素適なハンターたちが優しい眼差しをヴァンに向けていた。
「おまえも、少し、気ぃ張りすぎなんじゃ、ねぇの?」
にやり、と口をひん曲げながらヴァンの肩を抱くアシュレーの目も、ちょっとだけ潤んでいる。
二年、という相応の時間を経て、ヴァリオンはようやっと団員の一人としての自分を見つけられたのだった。
◆
さて、団長号令が発せられ全団員が酒場に集められた。
ヴァンがルルのことを自分ひとりで抱え込んでいたことを謝罪するとそこいらからブーイングが飛び出す。
「仲間をもっと信用しろ!」だの「やっと素直になったか小童め!」だの「あのおっぱいはおめぇだけのものじゃねぇ!」だの、皆が好き勝手に声を上げる。
トゥトゥの中はそれこそ物凄い騒ぎになったのだ。
だが、ヴァリオンはそれも嬉しかった。
「ルルリアよ、俺たちは気づかなかっただけでこんなあったかい仲間たちに囲まれていたんだぜ」とまた涙腺が緩む。
それは今まで、自分ひとりでルルリアを導かなければならないとプレッシャーを感じていたヴァリオンにとっても癒される事実だった。
とりあえず、ヴァンへの罰ゲームは置いといて「あの生意気な小娘の様子を見に行くことにしよう!」との団長の提案になんだか知らないが一致団結した団員たちが「応!」と声をあげる。
しかし狭いアパートにいきなり押し寄せたらギルドからどんな文句がでるか、面倒なことになるのはわかりきっていた。
取りあえず、一日四組。
四人一組になって眠れる寄宿舎の美少女(?)の元にお見舞いに行くことに決まったようだ。
その急に人気の出たクエストには、わぁわぁとハンター達が群がり我先にと順番を取り合っている。
その騒動を見て、やはりルルリアの不在を心配していた酒場の給仕たちもそれに便乗して参加しだす。
リストを纏めていたユゥナが助けを求め、パトリシアがそれに応じてヘルプに入った。
「みんな、案外、心配してたンだな」
結構な大騒動にヴァリオンだけでなくアシュレーも面食らっていた。
互いに関心が無さそうな素振りをしながら、実は横の繋がりも気にしていたようだ。
これは纏めていく俺たちも気を引き締めないといけないと、いつも昼行灯な彼らしくない思いを抱くのだった。.