ところ変わって、ここはギルドが管理する闘技場の入口。
二人のハンターが開門を待っていた。
今、一つの意地を掛けた戦いが始まろうとしている。
シンバの腰には真紅に煌めく火属性のハンマー【正式採用機械鎚】が装備されている。
その拳銃の弾倉に酷似した巨大な穴にはガンランス用の弾丸が込められ、その姿が伊達や酔狂ではない事を静かに語っていた。
彼は防御に徹したいつも防具ではなく、身軽な軽装備、というかカッターシャツとデニムという普段着のまま。
それにその表情はいつにもまして真剣そのも……少し引きつって、なにかに怯えても居るようだが、その視線には本気の決意が浮かべる。
そのシンバが恐れながらも睨み付ける相手は、そう。
トラ柄のマスクを被り、上半身は裸でその大胸筋を惜しげもなくビクビクさせる筋骨隆々の大男……。
シンバの『ある申し出』に、こちらも本気モードになった【キャッツ】の団長、黒猫のヒューマその人であった。
ヒューマもその盛り上がった僧帽筋に毒属性のハンマー【デスヴェノムヘッド】を引っ掛け、自分に楯突いてきた弟子をトラマスクの奥に光る目で鋭く睨んでいた。
これから二人が始めるのは、ギルド公認の対抗狩猟競技、通称【VSクエスト】だ。
どちらのハンターが早く指定モンスターを狩ることが出来るかを競う本気の闘いだった。
勝者にはギルドからそれ相応の景品が送られる。
モンスターもギルドが管理している特別なもので、野生とはまた違った戦い方が必要だった。
今回の競技のルールはまず、武器はハンマー限定。防具は装着不可。
狩猟対象は【雪獅子ドドブランゴ】
このドドブランゴ、本来は雪山に生息していて、群れをなす猿のリーダーである。
だが、たかが猿とあなどるなかれ、【牙獣種】に分類される彼らのその牙と爪は鋭利にして凶暴。
その体内には氷結器官が備わり、獲物に零度近い凍えた冷気を吐き出し、凍らせてそれを狩猟することができるという化け物だったりする。
ドドブランゴ自身の攻撃力も侮れない。
俊敏な動きに強力な腕の力はただ振るうだけで脅威。
加えて、群れで連携して獲物を追い詰めるその統率力も忘れてはいけない。
動きや癖を理解するまでは苦戦しやすいやっかいな相手である。
だが、シンバはそんな相手モンスターのことなどどうでもよかった。
はっきり言って、ギルドに飼いならされたドドブラなぞ眼中にない。
それより、自分の横に立つタイガーマスクのほうが何倍も怖い。
今からサシで戦うこのVSクエストは、ただ場所を借りただけ。
実際は自分の“我”を通すための真剣勝負なのだ。
ルルに対する思いを遂げるためにも負けるわけには行かない。
だが、いかに強い決意を持ってもサスケの実力を知っていればこそ、その力量の差は師匠と弟子の差という物差しだけでは測れないものがあるのは事実。
それを思うと、いかに経験を積んだハンターのシンバもちょっとビビる。
シンバは弱い男というわけではない。
若いながらも実力のあるハンターである。
好む武装はシールド系の銃撃槍と戦槍。
中でも特にガンランスを修め、そのスマートな体躯を生かしてヒットアンドウェイを基本としたウィークポイントに的確に攻撃を重ねてゆく慎重かつ堅実なスタイルで戦う。
スマート、と形容したもののそれはヴァンやヒューマと比べてであって、しっかりと鍛え上げられた彼のハンターとして磨き上げられた肉体は癖の強い武器であるガンランスを見事に操る。
攻守バランスよく纏められたモンスターハンターの理想系のような体。
その思考も慎重かつ繊細。
ますは小技を繰り返し、相手の弱点に最大のダメージを与えるための布石を置くのが基本的なスタイルだった。
地味な作業を積み重ね、勝利を確実なものにして行く彼のハンティングは、実は失敗したことがほとんど無い。
シンバは依頼達成率だけ見ればグラムの弟子であるヴァリオンのそれを上回る成績を持っていた。
だが、そのスタイルはまさに師であるヒューマから伝授されたもの。
ヒューマはその精密さに加えて豪胆な一撃を繰り出す怪力の持ち主。
綿密に計算された剛撃を急所に受けたモンスターはひとたまりもない。
精密な動きと豪快な力。
そのうち時間でも止められるようになるのでしょうか?
いつでもネコマスクを被っているし、言葉も少ない。
だがヒューマは実際にかなりの実力者であった。
余談だが、この怪物団長、年に数回パンツ一枚で自ら定めたモンスターを狩猟する制約を自らに課していた。
しかも、素手で。
このギルドのルールを大きく無視した勝手な行動は目に余るため、ギルドは再三注意している。
だが、この変態団長はそれを無視しつづけ、自らの猟団に多大のペナルティを課せられていたりするのは困りものだが。
「……師匠、俺は、本気ですから。今日、あなたに勝って、俺はアイツのところに行きます」
小声だが、しっかりした口調で再度決意を伝える。
そのシンバの言葉に、ヒューマは無言で頷いた。
シンバはあの日、火の燃える山でアイツが涙と共に流した『ごめん』という言葉を聞いたときに心に決めたことがあった。
いかに変態であろうが、自分をここまで育ててくれたのは紛れもなく、ヒューマ団長だ。
自分がまだ十代の頃から狩りの手順やノウハウを教えてくれた。
恐れながら尊敬もしている大恩ある師匠。
だけど、自分はアイツの、ルルリアの傍に居たい。
居てやりたい。
その想いは惚れた腫れたという、ただの恋などではない様に思う。
もっと、強い想い。
その思いはその師匠との絆を超えた。
今まで、ルルのことを可愛いと、好きかもしれないと思っていても行動に出なかった、いや、出られなかった自分と決別したシンバはその心の内をヒューマに伝えた。
意外にも穏やかにその話を受け入れたヒューマはシンバの意思を自ら試すことにしたのだ。
これから、モンスターハンター師弟同士のガチのタイマンが始まる。
可哀想な雪獅子は自分の立場は何も知らず、獲物が来るのを待ちきれずに柵の向こうで野太い咆哮を放っていた。
その防護柵が上がる。
それは支えのロープを軋ませながら重々しく開いた。
太い丸太を削って先端を錐のように尖らせた柵は、闘技場に放たれたモンスターのみならず相対するハンターさえも威嚇する。
ここが引き返す、最後の境界線だとでも言いたげなプレッシャーだ。
がらがらと回る木製の歯車は丸太を引き上げ続け、やがて空気を響かせて柵は固定される。
その開口時間は短い。
二人はすぐに駆け出し、血塗られた戦いが繰り返される闘技場にと身を躍らせた。
シンバとヒューマの二人がフィールドに姿を現すと同時に刹那の戒めが解かれ、その防護柵は勢いよく下降してゆく。
間を置かずに地響きが立ち、闘技場は外界から遮断された。
眼前には、ふぅふぅと荒い鼻息の雪獅子が既に臨戦態勢をとっていた。
彼は怒っていた。
今までロクに食事を摂っていない。
腹ペコで目が回りそうだ。
いつもの縄張り巡回をしていたら、数人の人間が自分に向かってきた。
そこまでは覚えているのだが、気がついたら何時の間にかひどく狭い檻の中に閉じ込められていた。
手下を呼ぼうと幾度吼えても誰も来ない。
そして急に檻が開いたと思ったら、こんな岩と砂ばかりのところに放り出された。
しかも、また目の前に人間がいる。
もうなんでもいいからこの鬱憤を晴らしてやろう!
ドドブランゴはいっそう声高に叫び声を上げる。
その声はびりびりと闘技場を揺らし、二人のハンターの鼓膜をつんざく。
一瞬、二人とも耳を押さえるがほぼ同時に立ち直り、咆哮冷めやらない白い大猿に向かって突進してゆく。
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