シンバが目を覚ました時に飛び込んできたのは真っ白な天井だった。
横になってはいるが、自分の部屋ではない。
ギルドの中にある病院だな、と感覚でわかる。
そういえば、以前にここに入院させられた原因もヒューマのハンマーだったのを思い出した。
あの人は、ほんとに、手加減ってものを知らないのか。
躊躇なく振りぬかれたハンマーの一撃の強さを思い出し、シンバはげんなりする。
毒ハンマーで殴られた割には自分の体に毒の影響が出ていないのに気づき、師匠にもほんの少しだけ人間味が残っていたのか、と安堵する。
「……ぐ、ぁ」
ちょっと身じろぎしただけで強烈な刺激が体を走る。
体中の骨が軋んでいる。
あのヒューマの本気の一撃を受けて、生きているのだ。
まぁ、大怪我するってのも最もだなと妙に冷静に考える自分が情けなかった。
師匠に勝って、自分の意地を通したかった。
こんな体たらくじゃ、あいつに会わせる顔がない。
大見得を切った以上【キャッツ】に顔を出すなんてことも出来るわけがない。
「……さて、どうするか、な」
いつものほほんとしたシンバには珍しく、ちょっと落ち込み気味になる。
ガラにもなく、じんわりと熱いものが込み上げてきた。
その悔し涙をぬぐいたくとも、腕が痛くて動かせない。
ちくしょう、と更に流れだす涙を止められない。
冗談のようなタイマンも、彼にとっては一世一代の大勝負であった。
それほどの思いで望んだ闘いに負けた。
男同士の勝負に情けは無用のはず、だがそこでシンバは間違ったのだ。
ヒューマは本気の弟子に本気で応えただけ。
彼に非は無い、自分が甘かったのだ。
アイツが目覚めたら一番に「おはよう」って言ってやりたかった。
これからは「おまえのこと、ずっとそばで守ってやるぜ!」って言いたかった。
だけどこんな状態じゃそれも出来ないかもしれない。
シンバはどんどんと鬱思考になって行き、俺ってカッコ悪いなと自己否定モードに突入していく。
その男泣きで霞んだ目が、ふと枕もとに人影が居るのを捕らえる。
そいつは、自ら持ってきたであろう見舞い品のりんごを剥いている。
ああ、ありゃ俺のために剥いてないな、とシンバは直感する。
その小柄な見舞い客は彼の予想通り、自分で剥いたりんごを自分で食べる。
「うん、結構イケる、美味しい」なんて感想付きで、二きれ目を遠慮なくそのちっこい口に運んだ。
「……そりゃねぇだろ、ルルさぁ」
シンバがじめついた声を掛けると、彼女はびくっと肩を震わせて苦笑いした。
ルルリアが、ベッド脇の丸椅子に腰掛けて、籠に詰まれた果物の中のりんごを勝手に剥いていた。
すこし痩せたようにも見えるが彼女の顔に憂いは無く、その真紅の瞳は元気そうだった。
病院に来るので自重したのか、いつものスケベな【ガルーダベスト】ではなくギルドがロイヤリティを持っている【狩人Tシャツ】の白を着ている。
髪も結っていない、降ろし髪のまま。
ナチュラルスタイルなルルリアは結構レアだ。
「あ、あはは。ごめんごめん。美味しそうだったから、ちょっとだけいいかなって」
ちくしょう、涙腺なんて無ければいいのに。
照れ隠しにその銀髪をくしゃくしゃとかき回してはにかむルルリアの顔がかすんで見れない。きっと珍しい表情をしてるはずなのに見れないなんてくやしいぞ。
自分が満身創痍なのを忘れ、彼はルルリアがそこにいることに嬉しさがこみ上げる。
見にいくたび、ルルの眠りは深まっているように思えて仕方なかった。
だがこうしていつもの脳天気な彼女がここにいる。
シンバはそれが本当に嬉しかった。
「って、シンバ、何泣いてたの?」
ルルリアは本当に空気が読めない。
男の涙なんてものは恥ずかしいものの代名詞だ。
「察してくれよ」と真っ赤になって顔を背けるシンバ。
とたんにぐきっと首が鳴って彼はその痛みに呻く。
ルルはふと柔らかい表情を浮かべるとそのハンカチで彼の涙の痕をぬぐう。
馬鹿になどしてない、温かな眼差しと語らない事でシンバを慰めている。
「……いいよ、ほっとけ」
ルルリアの接近にちょっとだけ胸を高鳴らせたシンバはぶっきらぼうに答えるも、彼女の行動を止めることはしない。
いくら付き合いが長い、とはいえこういったイベントはそうそう起こるものではなく、ちょっと嬉しいのも事実。
現金なもので、結果論としてこの状況を“プレゼント”してくれたサスケ師匠に感謝しそうなシンバだった。
「ところで、ルル。いつ目が覚めたんだ?」
「ついでに顔拭いてあげんね」と濡れタオルを準備する彼女にシンバは声を掛ける。
体中痛くて動かないから顔以外も拭いて欲しいところだが、それは言わないでおく。
彼はある程度は空気を読める男だった。
たまに(わりと)失敗するが、それはこの際言うまい。
枕もとのたらいに浸したタオルを絞りながら「おとといかな」と事も無げに応えるルルリア。
「あんたは一週間も寝込んでたんだってよ?どしたの?」
「一ヶ月近く寝込んでたヤツに言われたくないなぁ」
苦笑を返し、ルルが無造作に拭いてくれるタオルの動きを文句を言わず受け入れる彼はやはり大人だった。
このルルリアってコは繊細なんだか雑なんだかよくわからないところがあるからナ、と達観しているシンバである。
「そういえばさっき、ヒューマさんにあったよ。これ、シンバに渡しておけって」
シンバの顔面を雑に拭いたあと、タオルをたらいに放り込んでからルルはシンバの顔の前に一枚の紙切れを広げる。
内容は当然、彼女も見て知っているのだろう。
それでもなお、いつもと変わらないで居てくれるのはもしかしたら、ルルリアの優しさ、なのかもしれない。
その紙にはこう記されていた。
『除名通知』
ヒューマのサインと【キャッツ】の団印もばっちり押されている本物だ。
ヒューマはこれをルルリアに預けたという。
「あと、これも」
そういってルルリアは床に置いてあったガンランスを持ち上げる。
それを目にした時、シンバはヒューマの心を今になって理解する。
狩り以外のことは不器用に不器用を重ね着しているようなあの人の精一杯の思いやり。
そのことに気付いた時シンバは声を上げて涙を流した。
その熱さは先の悔し涙の非ではなく、しゃくりあげる度に肋骨が響いて痛い。
だけど彼はその涙を止めることが出来なかった。
そのガンランスはヒューマ愛用のもの。
これを背負い幾度も激戦をくぐり抜けてきたヒューマ師のその勇猛な姿をシンバは何度も見てきた。
その懐かしい記憶の中で師匠はいつもこの銃撃槍を誇らしげに装備している。
まさしくヒューマとともに戦ってきた歴戦の相棒と言えるガンランスだった。
【デッドウィングスペシャル】
それはモンスターの素材を一切使わず、近代的技術の粋を集めて機械的に制御された強力なガンランス。
大口径の砲門を二門備えるその砲撃の破壊力は他のガンランスを軽く凌駕し、下手な属性付属もされていない攻撃に特化したストイックな武器である。
だがその汎用性は高く、ごつい武装が多いガンランスの中ではスマートなために純粋に槍として用いるのも容易く扱いやすい。
その砲身の先端に光る刃は銘刀の切先を用いた鋭利な業物。
その対となるシールドは希少鉱石で硬く編み上げられた大振りのナイトシールド。
なにより、ヒューマが特注で作らせた逸品でその銃身と盾が燃えるような真紅に塗られ非情にカッコいい。
ヒューマの後ろについて狩りを学んでいたときからシンバの憧れの一条だったのだ。
その自ら分身とも言える武器を“除名”したシンバに贈るとはヒューマも漢ではないか。
今まで散々面倒を見てきた弟子が、女の為に自分に逆らうという度し難い行動を取ってもその心優しい師匠はハンマーの一発だけでそれを許し、あまつさえ門出の品まで付けてくれた。
ヒューマとシンバ、この二人の師弟の絆もやはり固いものであった。