「ヴァンといい、シンバといい。結構涙腺ゆるいンだねぇ。頑張れ男の子」
ぐしゅぐしゅと泣きやまないシンバを見て、ルルがちょっとあきれた風に口をはさむ。
つい先日、目が覚めた自分に泣きながらいきなり抱きついてきた兄貴分のムサい涙顔を思い出してみる。
まぁ、確かに心配してくれたのはわかるけど、あそこまで泣くこたぁないと思う。
「バカ、おまえ……ぐす、みんな、心配してたんだぞ」
鼻をすすりながらシンバが言う。
確かに、その通りなんだろう。
最初は自分の部屋に寝ているとは思えなかった。
自分が意識のない間にあんな大改装が行われたとは、起きて取りあえずびっくりした。
団の皆に何かお礼をしなければ、と思う。
だが……。
「あのさ、シンバ」
師匠のせいで入院するハメになったことなど忘れ、師匠の愛のみに感動してしまっている単細胞なシンバの意識を呼び戻す彼女の口調は真剣なものだ。
その見つめる瞳になんらかの思いを感じ取り、彼も起き上がろうとする。
しかし怪我した体に激痛が走ったのか、顔を歪め唸ってしまう。
そのシンバをゆっくりと寝台に寝かせながら、ルルリアはぽつぽつと話し出す。
「こないだは、その、ごめんなさい。こんなこと、いまさらだけど…ごめんなさい」
ベッド脇に立って、シンバに対して深々と頭を下げるルルリア。
頭を下げる勢いで、彼女のシルバーブロンドがふわりと舞った。
彼女は覚えていた。
あの日の火山で自らが起こした惨劇を、自らの手で目の前のシンバの首を締め上げたことを。
「あたし、なんでああなるか自分でもわからないの。前にも同じことがあって、その時はヴァリオンのこと、その、殺し、かけた……だから、その、あなたを巻き込んで、本当にごめんなさい」
自分に頭を下げたまま、床に向かって言葉をぽろぽろと落とすルルリア。
その苦しげな謝罪を受けて、シンバの手がゆっくりとルルの頭に添えられた。
そしてゆっくりと撫で付ける。
ギブスのついた腕を、痛みを感じながらもシンバは動かす。
彼は一生懸命に謝ったルルを、なんだか慰めたかった。
彼女が抱える不安や恐怖を理解してあげたかった。
「わかったよ、ルル。俺は怒ってないよ。大丈夫。これからは、俺もヴァンと一緒にお前のそばにいて、お前がどうにかなっても止めてやるから。安心しろよ」
限りなく優しい声を心がけ、シンバはルルリアの頭を撫で続ける。
だって、本当に怒ってないのだ。
こりゃあれか、惚れた弱みってヤツかな、と頭の中で自嘲する。
だけど、本心からの言葉なのも間違いない。
「…もしかして、その為にヒューマさんにこんな目に遭わされたの…?」
シンバの腕をゆっくりとマットに戻しながら、ルルは珍しくも察し良く気づく。
目を見開いて、心底びっくりしたようにシンバを見つめている。
その眼差しがなんだか恥ずかしく、シンバはその問いにろくに答えられないで黙っていた。
だが、そのことが逆にルルの推測を確信に変えた。
あんなにヒューマのことを尊敬していたシンバが、自分の為にこんな怪我までして師匠に楯突いた……。
彼女はシンバのヒューマに対する親愛の情を知っているからこそ、彼が選んだ選択のことが信じられなかった。
だって自分はいつもシンバに迷惑をかけこそすれ、何一つろくなことをしていないのだから。
そりゃ周囲の男の子の中ではちょっと仲良い方に分類されるものの“そういった”感情で見たことはなかったように思う。
おっと、デイジーの気持ちに気づかないヴァンのことをニブいなんて言えないぞ、ルルリア。
シンバが自分に対して“そういう”想いを持ってくれてたなんて露とも気づかなかった。
一緒に遊んでいると結構楽しい、ヴァンとは違う……いうなれば幼馴染的な感情を抱いていた。
もちろん知り合ってからの年数を振り返れば幼馴染なわけは無いのだが、なんだろう。
シンバとは距離感が近い気がしてはいたのだが。
「いや、なんだ。その……ほれ。ええと、だな」
シンバの頬がみるみると赤くなってゆく。
ルルリアもその細顔がどんどんと上気してゆく。
大部屋とはいえ、いまこの部屋に入院しているのはシンバのみ。
いま、この空間には二人きり。
シンバは急にルルリアを意識してしまう。
もっと冷静な心でコイツに接しようと、あの時決意したじゃないか!
そう思えば思うほど、彼は彼女を強く想ってしまう。
さっきまで触れていた、クセはあるけど柔らかでふわふわした銀の髪。
その銀糸から見え隠れする形の良い耳。
照れているのか、なかなか目線をくれないその紅い宝石のような輝きを点した瞳。
左目の少し下にある、彼女の色っぽさを際立たせる泣きホクロ。
小さくて、ちょっと生意気なカンジがかわいい鼻。
拗ねたように、への字に結ばれた可憐でつやのある唇……。
シンバの視線がルルリアの口元に走ったとき、ふいに、影が彼の視線を覆う。
瞬間、額に暖かくて柔らかな感触が触れる。
次いで、シンバの胸元にルルリアの双丘の片割れが圧力をかける。
後者のほうは完全にイレギュラーだろうが、おでこに感じたルルの唇の感触ははっきりと彼女の気持ちを示していた。
ルルリアのイキナリで突然で勝手な行動にシンバは面食らった。
それと同時に、なぜか嬉しさよりも恥ずかしさの方が先にこみ上げてくる。
「まさか、自分にこんなイベントが起きようとは!師匠、自分はどうすればいいのですか!」と脳内でヒューマに助言を求める。
だが、悲しいことにヒューマ大先生は女の子とお付き合いはもとより、お話することすら苦手なのでした。
無言でGJサインをする脳内ヒューマに、こんどこそハンマーの一撃を食らわせて現実に立ち返る。
ああ、時すでに遅し。
愛しの彼女は部屋のドアに手を掛けてそそくさと病室を後にするところだった。
「そ、その。早く、よくなってね……」
聞き取れるぎりぎりの音量で、扉に向かったままシンバに声を掛けるルルリアの耳は真っ赤になっている。
そのまま風のような速さでドアを出て廊下を走ってゆく彼女の名残を、残されたシンバはベッドの上でゆっくりとかみ締める。
とりあえず、これは、進展したと、考えても、良いのだろうか?……いきなり加速されても、俺にはよくわからん。
いろいろな意味で、またほろり、と哀しくなるシンバだった。