だかだかとものすごい勢いで廊下を走るルルリアの背中に、看護士の怒声が降りかかる。
そんなことお構い無しに疾走し、正面玄関から通りに飛び出したところで彼女の速度は緩やかになる。
心臓が、バクバクと踊りまわり息が続かない。
病院の細い廊下を障害物を避けながら走ったせいだ。
うん。
まったく、邪魔だからふらふら動き回るのはやめてほしいな。
「避けるこっちの身にもなって欲しいよ」と、見舞い客や患者に毒づくルルリアのほっぺたから耳にかけては朱を引いたように上気している。
自分の心臓の高鳴りが、今しがた走ってきた事が原因だと一生懸命自分自身に言い聞かせる。
でも、ふと思い出すのは、シンバの額に口づけする自分の姿ばかり。
目を見開いて硬直する彼の顔が、なんだか脳裏から離れない。
勢いとはいえ、物凄く恥ずかしいことをしてしまったンじゃないか?
「うぁあ、あたしのバカ!」
と、しゃがみ込んでわしわしと髪の毛をかき回すルルリア。
ハンターズギルド総合病院の、しかも正面玄関のまん前である。
天下の往来もいい所だ。
道行く人が、何事かと注目する。
「ままぁ、あのおねぃちゃん、どうしたの?」
「し、見ちゃいけません!」
ああ、よくあるやり取りだね、うん、って。
「あたしは見世物じゃない!」とおもむろに立ち上がりこそこそとメゼポルタ広場に向かうルルリア。
普段はモロに見世物みたいな肌面積多目というかセパレート水着顔負けな格好でウロウロしてるのはどこのどいつだ。
「よし、とりあえず…忘れよう。うん」
自分をごまかし「気の迷い、気の迷い」とぶつぶつ独り言をつぶやきながら道を行く彼女の背に、人影が迫る。
余りにも自己世界に没頭しているルルはそれに気づかない。
「何が気の迷いなんだ?」
いきなりかけられた声に心臓が跳ね上がる。
さっきからルルリアの心臓は大忙しだ。
ばっくんばっくんと休まる時が無い。
振り向いた先で、相変わらず無精ひげが目立つ冴えないオッサンが「よう」と笑っていた。
その手には花籠を下げている。
盛花構成は、ピンクのダリアに赤い薔薇がメイン。
サイドに白い百合が添えられていて、薄黄色のかすみ草のようなちまちました花が大振りの百合を囲んでいる。
かご縁からはやっぱり種類はわからない丸目の葉っぱがキレイに顔をのぞかせている。
よく見るとダリアとバラの間からも違う種類のグリーンが見えてひとつの世界をキレイに纏めていた。
「に、似合わない、ね。ヴァン」
ヴァリオンの問いかけはほったらかして、素直な感想をぶつける。
確かに花でも持っていけと言ったのは自分だが、こうしてその提案を実行されるとなると、ヴァンのごつい腕に可憐なカゴ花がぶら下がっているのは、どうだろう。
うん、どうだろう。
その妹分のジメついた一言に、当のヴァリオンががなる。
「似合わ……って、オマエが、花が良いって言ったンだろが!お、俺だって、買うの恥ずかしかったンだぞ!……お、『奥さまにですか?』って聞かれて、困ったンだからな!責任取れッ、馬鹿ルルッ!」
とりあえずヴァリオンは花屋になど行ったことが無かった。
頼りにしている工房の主人はガーデニングの良さをとうとうと語ってくれるが、自分は正直こういったものに関心は無い。
だがその工房の娘が……つまりはデイジーなのだが、今日ハンターライセンス取得試験日だったりするのだ。
まぁ合格するのは当然として、彼女に贈る合格祝いを何にしようかと兄妹で相談した結果、花籠を贈ることになったのだ。
が、当然ルルリアが買いに行くものと思っていたらコイツはシンバの見舞いに行くと言い出し、背を向けてさっさと行ってしまった。
仕方なく、王都に出向いて花屋初体験してきたヴァンはそのモンスターハンターとはまったくベクトルのちがう世界の奥深さを突きつけられて本気で参ってしまったのだった。
やれ、どんな花がお好みですか。
やれ、包装の様式は。
やれ、贈るお相手のご趣味は。
やれ、お祝いの種類は。
やれ、ご予算は。
やれ、お相手の年代は。
だの、やれやれ尽くしでやれやれだった。
いやおそらく、そこまで根掘り葉掘り聞かれたのは、なぁんにもわかっていないヴァンにシビレを切らした店員がこの面倒な客を早く片付けたいが為に聞き出したのだろうが、なかなかどうしてそれにしては可愛らしいアレンジメントである。
ぶぅぶぅと文句を言うヴァンに「あんたが選んだってのがポイントなのよ」とウィンクを投げ、花籠をひったくる。
まぁ、ヴァリオンが選ぶ訳は絶対ないが、彼が手ずから買ってきた花だ、ディズはきっと喜ぶだろう。
しかし自分が寝ている間に、デイジーがハンターライセンスを取得しようとしていたのには驚いた。
彼女はてっきりクラフトマイスターを目指すものと思っていた。
彼女が作る装備をちょっと楽しみにしてはいたのだが、それと同じくらいディズと一緒に狩りに出向くのも楽しみなルルリアだった。
「卒業試験って、モノブロスなんだっけ?」
後ろ手に花籠をぶら下げ、ヴァリオンに向き直って問う彼女にそのヴァンは「ああ楽勝だ」と右手をひらひらとさせる。
その答えに頷きを返し「あたしもやったなぁモノブロス」と、その一角竜のつぶらな目を思い出した。
二人は前と後ろに並び、ギルドの気球発着所に向かう。
そこの待機場所でお茶でもやっつけながら新しいモンスターハンターの誕生を楽しみにしよう。
こころなしかルルリアとヴァリオンの歩みは速まり、その気持ちも弾んでいる。
シンバがこの場所に居ないのは残念だがなに、きっとすぐに回復するはずだ。
「で、シンバのヤツはどうだった。起きてたか?」
ヴァンの言葉に、ルルは“例のシーン”を思い出してしまいまた赤くなってしまう。
そのぎこちなくなったルルの機微を察することなど出来ないヴァンは「なにかあったんか?」と首をかしげるのだった。
【一角竜モノブロス】
その名前の通り、眉間に立派な角が生えた飛竜種である。
砂漠に生息し、地面を駆けるのと同じくらい地中を自在に進む。
個体数が非常に少ないため、ギルドがその生態をある程度管理している飛竜で勝手に狩猟することは許されてはいない特殊なモンスターである。
かといって、その実力はなかなかのものであるため脱初心者のハンターはまず登竜門としてこのモノブロスの狩猟をこなすのが今回のギルドのライセンス試験であった。
前述の通り、地中からの一撃とその屈強な脚力で突進してくる角の一撃は脅威となりうる。
先端に分銅のような塊が付いた尾を振り回す攻撃も侮れない。
飛竜種とはいえ、飛行している姿はあまり見かけないもののそれら大地に足をつけた確実で強力な攻撃方法をいくつも持つ猛者であるのだ。
ヴァンやシンバが武器の扱いを教えたし、なにより本人がかなりヤル気だったためにデイジーはハンターとして急速に成長しつつあった。
ルルリアが目覚めた時にライセンスを見せてビックリさせよう作戦は不発に終わったが、ディズもルルの目覚めを本当に喜んでいた。
初めてのクエストは一緒に行こう、と約束もしてあるのだ。
今朝、その装備の準備をルルリアが手伝い「いつもと逆だね」といいながら二人は拳をこつん、と合わせるお決まりの挨拶をした。
そして彼女はルルとヴァンに見送られて、勇ましく気球に乗り込んでいったのだった。
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