“ソレ”は地面が陥没する勢いでその両足を踏みしめる。
そして天に向かって大声で吼え、自らの存在を猛々しく主張する。
『グァアアアアアアアア…ッ!!』
と、鼓膜を突き破ってなお脳みそまでかき回されるようなその叫び声にデイジーは耳を両手で塞ぎ岩の後ろで小さくなる。
ヤツが咆哮を終えてもまだ、ジンジンと耳鳴りが続いていた。
ソレは口からもうもうと煙を吐き出しながら地面を両足で蹴って、突進の機会をうかがっている。
朝から探し回って、昼近くになってやっと狩猟対象を見つけた。
「まったく、地面に潜るってどういう習性なのよ」
「飛竜ってんだから飛びなさいよ!」と相手にとって無茶な文句を言ってみたりした。
「……ええ、と。アレは、額に赤い斑点が、出てないから、怒ってない。よね?」
デイジーはメモをポーチにしまうと、その両手に収まっている【ツインアックス】を握りなおす。
ヴァンがいつも使っている大剣を真似たかったが、自分にはちょっと重すぎた。
仕方ないからこの、見た目ちょっとヴァリオンっぽい大振りの斧が二挺セットになった双剣をチョイスした。
ルルリアはその武器の選び基準になんだか生暖かい視線で答えていたようだが、私の勝手だ。
「よし、とりあえず、足元引っ掻き回して、尻尾切断。うん」
隠れていた岩陰からデイジーはゆっくりとソイツの後ろに回ってゆく。
そう、なにも正面切ってぶつかっていくのだけが戦いではない。
自分の経験の無さを、知恵で補うのも大切な要素なのだ。
モノブロスの背後に点々とある岩に隠れながら序々に近づくディズ。
慎重さというのはとても重要な性格だ、どこかの突撃娘にも見習ってほしい。
-・-・-・-
「ッくしっ!」
ルルリアが山羊乳と砂糖をたっぷり入れた紅茶を片手にヘンなくしゃみをする。
ぐしぐしと鼻をこすり首をかしげ、不思議そうだ。
「おまえ、紅茶アレルギーか?」
「ちがうって」
的外れなヴァンの言葉に、そこは完全に否定したルルリアだった。
「なんでもかんでもアレルギーのせいにすんなし」と、むずむずする鼻を摘まみながらルルはふと思う。
うん、なんか、ディズに小バカにされたような気がするんですけど。
-・-・-・-
ヤツに一番近い岩陰で、ディズは【強走薬】をあおる。
のど元をその液体が過ぎてゆくと同時に、体に元気がみなぎる。
「こんなの繰り返してたらいつか体が壊れるな」と直感するも、その精神までが高ぶりやる気に満ちてゆく。
すばやく隠れ家から出て、太い丸太のようなモノブロスの脚をその斧で斬りつけた。
とたん、ガィン!と凄い衝撃が腕に伝わり、そのまだハンターとして鍛えられていない細腕に強烈な痺れが走った。
双斧はものの見事に弾かれ、モンスターの脚にはキズひとつついていない。
「あ、あれ?」
この武器を選んだとき、ヴァンもルルも異論は無いように見えた。
とりあえず「【一角竜】ならいいんじゃね?」と小声でささやきあっていたのもばっちり聞いておいた。
あの二人がそういう意味で間違うことは無いはずだ。
ふと、上から強烈なプレッシャーを感じ、ディズは頭上を仰ぎ見た。
無機質な瞳で、今しがた彼女が殴った脚の持ち主がディズを見下ろしている。
その口腔からは吐く息が黒煙となって流れ出、物凄い迫力だ。
その額からは立派な二本の角が突き出て、そのプライドを物凄く誇示している。
…二、ほん?
デイジーは、思わず自分の目を疑った。
自分を見下ろしている大きなモンスターの顔面には、確かに“二本”の角が生えている。
試験対象のモノブロスってのはたしか【一角竜】だったはず。
なのに、コイツさまには二本の角……。
そこまで考えて、デイジーはきびすを返す。
全速力でその足元から離れた。
アレはモノブロスじゃない!ぜんぜん違う!
角が二本あって、モノブロスなんか比較にならないほど怒りっぽくて、堅くて、凶暴な【角竜ディアブロス】だ。
冗談じゃない。
コイツにひどい目にあわされたハンターはそれこそ山のように見てきた。
ディアブロスの装甲を切り裂く為の武器をガルデニア工房は散々依頼されてきたのだ。
実際に見たことはなくても、それこそコイツの強さというのは武器職人の端くれでもあるデイジーは良く知っていた。
ひとまず全速力で走り、彼女は懐かしい岩陰に再度隠れた。
「さっきから隠れてばっかりだな、私」とちょっとだけブルーになる。
別にデイジーばかりが臆病なわけではないのだろうが、相手が悪すぎる。
普通、ディアブロスといったら中級者以上のハンターが請け負うレベルの脅威である。
「なんだって資格試験にでてくんのよ!あの馬鹿教官め!」と、勢いだけは立派な戦技教官のひげ面を思い出す。
「帰ったら殴ってやる。あの髭のヤツ」と、そこまで考えて彼女はふと、自分の周囲の地面が細かく振動していることに気づく。
その揺れは序々に大きくなって、自分が隠れている岩に亀裂が走った。
マズイ、と思う間もなく彼女が岩陰から飛び出した次の瞬間、その岩を粉砕しながら地中から二本のねじれた角が勢いよく突き上げられた。
いましがたしゃがみこんでいた場所に、砂漠の悪魔が鎮座している。
その発達した嗅覚と聴覚はデイジーをがっちりとロックオンし、逃がすものかとその凶器たる角を突きつけている。
いや無理、勝てない。
隣に誰か、そう例えば大剣が似合う逞しくて渋い、ぶっちゃけヴァリオンが居てくれたらまた別だけど……そしたら頑張っちゃうよ私。
でも、今の自分にはコレ荷が重過ぎる。
現実逃避しそうな自分に渇を入れて、彼女は我に返る。
試験は失格になるけど、命あっての物種と救援信号を上げることを決めたデイジーだった。
ギルドで渡された煙玉を地面に投げつける。
毒々しいピンク色の狼煙が上がった瞬間にエリアの四方八方から弾丸がディアブロスに向かって放たれる。
それらギルドアイルー達が放った麻痺弾が角竜の動きを封じ込めている内にディズはベースキャンプに急ぐのだった。