気球発着場の桟橋には、ヴァリオンとルルリアが待っていた。
その横には、狩人道場の教官も試験生の帰還を楽しみにしていたようだ。
みんな笑顔なのが、なんだか気に食わない。
デイジーはゴンドラから降り立つとまっすぐに教官に向かって歩みを速めた。
つか、走った。
自分に向かって全速力で抱きついてくるであろう美人の生徒を迎え入れる体勢の教官の顔面に、デイジーの助走をつけたヤクザキックが炸裂する。
予想だにしないまさかの攻撃になすすべも無く吹っ飛んでゆく髭親父。
この程度では鬱憤晴らしにはならないと怒り心頭、肩で息をするデイジーを、ヴァンとルルが狐に摘まれたような顔で見ている。
「はぁ、はぁ……ディアブロスだったのよ、いたの」
二人にぶすくれた声で説明するディズの後ろでその言葉をギルドネコたちが肯定していた。
「完全にあのオヤジの手配ミスだニャ」
「危なくデイジーさまは死ぬとこだったニャ」
と、やいやいと声を上げるネコたちに一応の笑顔を向け、デイジーは鼻血を抑えて転げまわっている先生に近づいてゆく。
美人なのだ、デイジーは。
端正な顔立ちに通った鼻筋、大人びた緑の瞳に輝くキャラメルブロンド。
鍛冶仕事を続けてきたためか、そこいらの女の子よりは筋肉質だが、そのシェイプアップされ引き締まったボディは言うなればケルビのようにしなやかで美しい。
あのごついパパガイ父さんの血を本当に引いているのか?と思うくらいのスラリとした女性的な魅力を持っているのだ。
その美人が浮かべる悪魔の微笑とも言える引きつった笑顔は当事者の教官のみならず、ヴァンやルル、ひいては気球の整備士までを凍りつかせるに十分の迫力に満ちていた。
「……ディズって、本気で怒ると怖いンだな」
ぼそりとヴァリオンがつぶやく。
「こりゃ旦那になるヤツは大変かもな?」と小声で隣のルルリアに語りかける。
自分のその言葉にルルが物凄く冷たい視線を返してきたが、その意味がヴァンは分からない。次いでやれやれと肩をすくめるルルリアの行動の意味も分からない彼は間が持たず、教官をボッコボコに叩きのめしてスッキリした表情のディズに笑顔を向けるのだった。
「や、でも頑張ったんだな!よく帰ってきたよ、うん」
「まぁ、ディア相手によく無傷で帰って来たものだ」
「その判断力と決断力というのは評価できる」
「なに、ライセンス試験なんてまたスグにチャンスがくるよ」
と慰めとも励ましともとれるそのヴァンのフォローを重ねる言葉に、デイジーは急に涙ぐんだ。
「うぅ、怖かったよぉ…。あんなの無理だよぉ」
ついさっきまで嬉しそうに教官をタコ殴りにしていた同一人物とは思えないほどの変わり身に、ヴァンはちょっと引っかかったが、とりあえずディズの肩を持つことにする。
「ま、まぁ、ギルドのミスみたいだし。なにか救済されるだろ。な?」
とうつむいてベソをかく彼女を下から見やって気遣うヴァリオン。
彼は女の涙という破壊力抜群の攻撃に対する防御方法を全くと言っていいほど知らなかった。
とりあえず、グラム師匠はソッチ方面は教えてくれなかったし、女の子と遊びたい年頃はハンター修行に明け暮れて逸している。
面倒を見ている妹分はそういったステレオタイプの女らしさとは無縁の生き物だし、ある意味ヴァンは今まで女性に縁が無かったのだ。
ディズもそんなに器用な方ではないのだが、ヴァンほどネンネでもない。
ウソ泣きでもないが、本気泣きでもないその瞳のはしっこで、ルルリアが『抱きついちゃえ!それ!今だ!』とジェスチャーしているのをしっかり捕らえていた。
確かに、このカッコいい年上の想い人は物凄い奥手というのも分かっている。
この人の行動を待っていたら、絶対に進展は無い。
かといって、自分も自ら撃って出るような積極性を持っていないのも分かっている。
でも、確かに今、チャンスだ。
“いい子いい子”してもらえるかもしれない。
「くそっ!私、頑張れ!」とデイジーは自分のキャラクターと必死に格闘し、やっとの思いでヴァリオンにその体を預けた。
さぁ、あせったのはヴァリオンの方である。
確かに試験に失敗して落ち込んでいる彼女をなぐさめてやろうとは思ったが、これは想定していない。
自分の胸元に、べそをかいた女の子がころりと入り込み身をゆだね持たれかかっている、つーか、しがみつかれた。
思わず身を引いてしまいそうなるが、その背中にルルリアが手をかけてすごい形相で自分をにらんでいた。
その目線が何を意味するか、いくらなんでも分かる。
肩上で手持ち無沙汰にしていた腕、まず左腕を、おそるおそるデイジーの背中に回して優しく、とんとんとあやす様にしてみた。
昔、ルルが泣いていた時にこれくらいはしてやった事はあるのだ。
大人とはいえ、今泣いているデイジーにも効果あるのではないか?……拒否反応、無し……間違いでは無いようだ。
続いて右腕だ。
さぁどうしよう。
散々迷った挙句、ヴァンは丁度目の前にあるデイジーの頭を優しく撫で付けることにした。
限りなく優しく、自分に温もりを求めてきたこの女の子の求めるものを叶えてあげたい、と幾度も撫でる。
モンスターハンターという血生臭いことを生業とし、武器を振るうことしか出来ない自分の手を、彼は頼りにする反面恥じてもいた。
護る事よりも戦う事を選んだ自分の生き方を、ヴァリオンは時々振り返ることがあった。
こうやって、他人と触れ合うことがあってはいけないのではないか、と自分の背負っている幾多の命血を思い出してしまうのだ。
だが、ふと目をあげるとルルリアが満面の笑みで頷きGJサインを力強く出していた。
その笑顔はなんだか、ヴァンの後ろ暗い思いをキレイに消し去ってくれたように思え、彼はデイジーを心から“いい子いい子”出来たのだった。
◆
結局デイジーの試験は日程を無視し、次の日に行われることになった。
先のギルドの不手際に対しての彼女のわがままは一点。
狩猟本番には参加しなくていいからルルリアかヴァリオンに試験会場についてきて欲しいということだった。
とりあえず、無条件でライセンス取得させろとかいうような無茶な話では無かったので、監督ネコ以下その申し出は快諾された。
だが、ギルドの認識は甘すぎたのだ。
ベースキャンプにデイジーを下ろした後、付き添いのはずのルルリアはなぜか気球を降りなかった。
そして彼女は程良い上空でギルドバルーンをジャックする。
【三千大千世界無双刀】を抜き身でぶら下げ、その峰でとんとんと自分の肩を叩きながらにやりと唇をゆがめるルルリアはまさに外道。
バルーンネコ以下、気球を制御しているアイルー達をその視線と微笑みと得物で“お願い”して、上空からモノブロスの位置をフィールド上のディズに発光信号で伝達する。
そのルルリアの“ちょっとした手伝い”を最大限に生かしたデイジーは、ヴァンから伝授された一角竜の上手ないじめ方を的確に実践してゆく。
このライセンス試験、気負った初心者は防御力の高い【剣士】で狩りに出向くのが殆どであるが、ヴァンはデイジーに【ガンナー】装備で行くことを薦めた。
「まず地面に潜ってるモノブロスに【音爆弾】を放り投げたら、ヤツがびっくりして出てくるから。そしたらコレを首に撃ち込め。」
と【電撃弾】をじゃらッと渡す。
「できれば尻尾にも当てるんだぜ?」と一言続ける。
「自分に向かって来たら【閃光玉】投げてやれば、ヤツはなにも判らなくなってその場でぐるぐる回るだけだから後はコレ撃っとけば終わりだ。二分でな」
と【貫通弾】の詰め込まれた皮袋をどさり、と寄越した。
ついでにギルドの連中の目を盗んで、彼女の抱えているライトボウガンをさりげなく自分の持ってきたボウガンと取り替える。
デイジーが包み布を少し捲って中身を見ると、初心者が持っているはずのない【銀火竜リオレウス希少種】と【金火竜リオレイア希少種】の素材で作られた高性能ライトボウガン【繚乱の対弩】が顔を覗かせた。
電撃弾を撃てるのはもとより、貫通弾を【速射】できるこのボウガンの性能はデイジーもよく知っている。
本来、ハンター同士の武器の貸し借りは禁止されている。
一般的な構成素材を譲渡して武装を生産する、というくらいはぎりぎりで許容されているが、ルールとして【自分の装備は自分の力で集める】というのが大前提だ。
高性能の武装はハンターの勘と経験を鈍らせる。
それら武器や防具は自分の技量と伴わせてレヴェルアップしなければ、戦場での油断と慢心につながる。
本来は命を守るはずの装備のせいでその命を危険に晒すことにもなってしまうからだ。
だが、まぁ、なんだ。
今回はたかがライセンス取得試験だ。
フィールドからモンスターまでギルドが管理している、受かって当然のクエストなのだ。
「勘もへったくれも無いだろ」と何食わぬ顔のヴァン。
「またディアブロスが出てきたときの保険だ、保険、気にすんな」
と言って不器用に右目をばちんとウィンクしたヴァリオンもまた外道である。
-・-・-・ー
敵のいない地面の下で、穏やかな昼寝を決め込んでいたモノブロスはいきなり頭上で響き渡った高音に心底驚き、地上に飛び出てしまう。
それに照準を合わせ、ライトボウガンのスコープを覗きこんだデイジーがほくそ笑みながらその引き鉄を絞ると、タタタタタタタッ……と小気味良い射撃音がフィールドにこだましてその銃口から貫通弾が吐き出されてゆく。
「あは、ガンナーっていいかも♪」
金と銀とに輝く絢爛豪華な銃身をしっかりと支え、貫通弾と電撃弾のマガジンを適時入れ替えながら一角竜に向けて弾丸を撃ち続けるデイジーの脳内では、ヴァリオンの背中を守るガンナー装備の自分が凛々しく戦っている。
えへらえへら、と締まらないニヤケ顔のデイジーの様子を双眼鏡で覗きながらルルリアが苦笑を浮かべていた。
「ディズって妄想癖があったんだねぇ。何を考えてるのかダダ漏れだよ」
モノブロスはさっきから電撃弾にひるみ、貫通弾に撃たれてボロボロだった。
凄腕ハンターたちの経験に基づくアドバイスとチート行為で、砂漠の熱気を暑いと感じる暇もなくデイジーのライセンス試験は無事に終了するのだった。