0035
皆からの勧めに耐え切れず、ついにジョッキを傾け始めたルルを止めているデイジーの前に、グラスとワインボトルが置かれた。
とりあえずなぜか抵抗するルルリアからジョッキをもぎ取って、そのワインの出所に目を向けると、糸目で穏やかそうな男性ハンターが微笑んでいた。
工房組合の会合で何度か目にしたことがある。
この国でも有数の機械化工房の職人ではなかったか?それがなぜ、ここに?
「デイジーさん、ハンターライセンス取得、おめでとうさん」
この辺では聞きなれないイントネーションの口調で、にこりと笑顔を向ける彼は自分のことを「ヌエ」と名乗った。
「ここ、よろしいやろか?」とディズの前の席に陣取り、持ってきたワインを自分で飲みだす。
自分には一向に注がれないブレスワインに苦笑し、デイジーはルルから取り上げたジョッキをちびりと舐める。
そんなデイジーにかまうことなく、ヌエは立て続けにグラスを空にしいきなり話を切り出した。
「あんさんも、己の作った武器がどれくらい通用するか、知りたくなりよったんやね。わかるわぁ、その気持ち」
と勝手に頷き「自分も自分が持つ技術がどんだけのものか、この身で試してるんですわ」とにんまりと笑う。
続けてテーブルの上をいそいそと片付け始めその開いた空間に、でんと一門のへヴィボウガンを乗っけた。
何事が始まるのか、とよく判っていないディズを置いてきぼりにしてヌエはそのボウガンの解説を始める。
「……やからな?ここんところが上手くギミック動いてくれれば、もうな、一発くらいいいのが撃てるはずなんよ」
彼の話は止まらない。
どうやらヘヴィボウガンにオリジナルの装置を取り付けて試行錯誤しているらしいが、それがなかなか上手く行ってくれないらしい。
しまいには酒の勢いも手伝って呂律の回らない文句になってしまう。
だが、そんな彼を見ていて、デイジーはなるほどと思う。
武器職人の経験を生かしたハンター、これは自分のような職人上がりにしか出来ないことだ。
もしかしたら、パパが腕の良い職人、と呼ばれるのも昔ハンターだった経験が役に立っているのかもしれない。
壁際の長椅子で大の字になり、物凄いいびきをかいて寝ている父親をみやり、ディズはそういうことだったのか、とちょっと納得してしまった。
と、今まで持っていたはずのジョッキが無い。
ピンと気づいて振り返ると、ルルリアがテーブルに仁王立ちになってジョッキをグイグイ傾けていた。
周囲からは煽る声と指笛が鳴らされ、彼女の呑みっぷりを加速させている。
「ちょ、バカ、あんた止めなさいってば」
急いでジョッキを取り上げるも、マズイ。
ルルリアの目が据わっているように見えるのは、気のせいではない。
大好きなおもちゃを取り上げられたような顔で、だけど酔いが回りその瞳の色と同じくらいほっぺたを真っ赤にして、ルルはディズに食って掛かる。
気づくと既に腰のヒプノフォールドが無い。
本来、ルルリアの腰にふわふわと生えていなければいけない橙色の羽毛は、そこの床にだらしなく投げ捨てられていた。
「いいじゃぁんかよぉ……、ルルもデジのこと、お祝いするンだからさぁ!」
「返せっ!」とルルリアはジョッキに手を伸ばす。
が、とりあえず二人の身長差がそのままリーチの差でもあるので、デイジーが手を上に伸ばせばルルリアはそのままではソレをつかめない。
ジョッキを求めてぴょんと跳ねてみるも、ディズも同じように跳ねれば元の黙阿弥。
結局ルルリアは「意地悪すんなよなぁ、ぶぅ」とふくれ、あきらめて後ろを向いてしまった。
「あんたのためにやってんのよ、意地悪じゃないでs…ってこら!」
あきらめたのかと思いきや、ヌエの持ってきたワインに手を伸ばし、その高級なワインをボトルでラッパ呑みし始めるルルリア。
そのボトルをひったくり、ヌエに向かって鋭い眼光を向けるも、ワインの持ち主は既に愛銃のうえに突っ伏し、幸せそうに眠りこけている。
「ああ、もう。モンスターハンターってみんなこんなバカばっかりなの!?」と半分キレ気味のデイジーである。
「あっ……つーーーーーーーーいッ!!」
急に後ろで吼えたルルリアのその言葉に、酒場のあちこちで歓声が上がった。
『よっ!待ってましたッ!』といらない合いの手が上がる。
「大体、暑がるような格好してないでしょ、あんた」と口の中で突っ込みを入れ、デイジーはガルーダベストのジッパーに手をかけたルルリアを制する。
なんだってこんなに疲れなきゃいけないのか、本当は【わたしのお祝い】だったんじゃないのか?と今の状況にやり場の無い怒りがこみ上げる。
腕の中でじたばたする同い年の巨乳を羽交い絞めにしながら、この脱ぎ魔の乳娘の兄貴を探す。
見つけるには見つけたが、ヴァリオンもすでにグデグデで、壁にかかった肖像画と楽しそうに会話している真っ最中だった。
これでは収拾できるものもできやしない。
「誰か責任者出て来いよ!」といい加減ディズがブチキレそうになったときに、トゥトゥに物凄い迫力のある怒声が響き渡った。
「こぉの、バカどもがぁぁぁぁぁあああぁッ!!」
それは天空のイカヅチか、覇龍の咆哮か、ボルドーがトゥトゥの入口で中の喧騒を一喝し、鬼の形相でヅカヅカとダイニングの中央に向かって乱暴な足音を立てながら入ってきた。
彼の歩む後ろには、のほほん団長ローナと知らない二人の、おそらくハンターであろう男女が並んでいる。
国内最強のランサーの怒り心頭の眼力に団員の酔いは一気に醒める。
空気が読めない代表のルルリアでさえ……いや、コイツの場合は読む気が無いだけなのだが。
とにかく、トゥトゥの中はボルドーの鶴の一声で水を打ったように静まり返った。
無理やりだろうがなんだろうが、場が静まったのを確認し、彼は団長に向かって立ち位置を譲る。
そのはからいを何気なく受け入れ、ローナは話を切り出した。