「んでさ、そっから始まった闘技演習でまたその二人が巧くてさ。あれはプロだね」
と、粗末な丸椅子に腰掛けたルルリアは興奮気味に語り続ける。身ぶり手ぶりを含めて表情豊かにその時の様子を事細かに描写している。
その話し相手のシンバもあれからかなり回復し、もうすぐいろんなギプスが取れそうな状態にまでなっていた。
「そりゃぜひとも一緒に狩りに行きたいね。まだ居るのか?その二人」
交流会の期間は決まっていないとはいえ、大抵のゲストハンター達は一月逗留すれば長いほうに勘定される。
短いヤツだと一週間も居ないで自分の縄張りに戻ってしまう。
今回の二人はどうなんだろうか。
「うーん、なんか全然帰る気配が無いみたいなんだよね。もうすっかり馴染んじゃってさ」
「あ、この梨食べたい。いい?」といいつつ、既に彼女はぺティナイフをその果実に当てている。
シンバが頷くのを既に知っているのか、するすると皮にナイフをあてがい、慣れた手つきでソレを途切れさせることなく上手に剥き終え、皮をゴミ箱に入れるとみずみずしい果肉を一口大に切りわけた。
「ん。はい」
そのうち一つをぺティナイフに突き刺し、シンバに向けて突き出した。
お皿とフォークとまでは言わないが、もっとこう、なんかデザートピックみたいな物があればよいのだが、どちらにしろそんな気の利いたものはこの病室には無かった。
まぁ、ルルリアの事だから、たとえあってもナイフでそのまま食べるのだろうという思いは甘い果肉と一緒に飲み込んだシンバである。
ルルは自分では直にかじりついておいて、その反対側をナイフを使ってシンバの口に放り込む。
とりあえず、人様に刃物を向けていることはわかっているのか、シンバの口の動きを優先させる気遣いは見せていた。
そうこうするうち、梨の実はちょうど中心線で歯形の跡と刃物の断面に分けられ、ちょっと不思議なオブジェになっていく。
「んじゃ、はい顔。こっち」
両腕がまだギプスで固定されているシンバはされたい放題だ。
濡れ布巾で口周りをぐしぐしと拭くルルの動きに任せて顔を上下させる。
少し前のルルリアなら、シンバの顔を雑巾は流石に無いだろうが、台拭きかなにかで適当にぬぐっていたかもしれない。
ところがここ最近は毎回、洗濯済みのタオルを持ち込んでくるようになっていた。
ぬぐい方も若干ではあるが、気を遣っているようでもある。
そう、例の件以降、ルルはちょっとづつシンバを意識するようになっていたのだった。
さすがに毎日ではないが、ルルリアは彼の病室によく顔を出しては無駄話をしていくようになっていた。
その殆ど統一性のない雑談はしかし、今までシンバが知ることの無かったルルの見方や世界観がよくわかるもので、彼にとっては全く飽きの来ない面白さに満ちているのだった。
【キャッツ】を除名されたシンバはとりあえず帰るところすら無い。
まぁ、実際には既に【リューシェ】に入団申請を提出しているので大げさな言い様なのだが、未だローナのサインをもらっていないのも事実なので、彼はまだいわば野良犬だったのだ。
その野良犬の世話に目覚めてしまったからなのか、どうなのか。
だが、どうであれルルリアとシンバ、二人の時間はなんとなくだがゆっくりと動き出したみたいだ。
「……シンバ、お風呂って、入ってる?」
ちっこい鼻をくんくんさせて、ルルは彼に言う。
その言葉に、ちょっと赤くなりながらシンバは「三日にいっぺんくらいネコが拭いてくれる程度なんだ」とバツが悪そうに答えた。
ギルドが運営する、とはいえこの病院はお世辞にも立派な病院とは言えない。
王都の総合病院ならちゃんと人間の看護士が沢山いるのだろうが、ここの看護士の殆どが【ネコ】である。
人間も居るにはいるけど、みんなその、おばちゃんだったりして……うん。
「ありゃ、それはナイね……ふむ、よし。んじゃこのルルっぺが拭いてやろう」
そう言いつつ、彼女はおもむろに椅子から立ち上がり給湯室に向かう。
「え?いや、ちょっと」と、そのいきなりな展開に、シンバは軽くフリーズする。
いや、寝汗が結構べたついてるから嬉しいは嬉しいンだけど、それって良いの?
シンバの脳内で、ナーススーツに身を包んだルルリアがしなを作る。
『ホラ、全部キレイにして、あ・げ・る♪』と言いながらなぜか自分の胸元をはだけるちっこい看護士。
その細い指先で、彼のパジャマのボタンをひとつ、またひとつ……焦らすように外してゆく。シンバの胸をあらわにし、つつ、と爪で痕をつけながらルルリアナースはパジャマのズボンに手をかけた。
ちら、と上目遣いにシンバの顔を見るその紅い瞳は妖艶に揺らめき、頬は朱をひいたように染まっている。
その柔らかな手のひらがパンツのゴムごとズボンをじりじりと下げて……。
「…なにハァハァしてんの?シンバ」
物凄くイイトコロで本物が帰ってきた。
どっきんどっきんと脈打つ心臓を必死で静めつつ、シンバは「なんでもないぜ!」と引きつった笑顔をルルに向けた。
病院に来るとき彼女はガルーダベストを着てこないことに決めているようだ。
今日も普通の格好。
ちょっと大きめなTシャツにホットパンツにツーテールといういでたちだった。
まぁ、ホットパンツが普通ってのもなんだかアレだが、そこはふとももが眼福なゆえに突っ込まないシンバと書き手である。
たらいにお湯を張ってきた彼女はおもむろにシンバの肌がけ布団をめくり、無遠慮にパジャマのボタンをぷつぷつと外してゆく。
その早業にシンバはびっくりだ。
男物の服をなんの迷いも無く脱がせられるなんて……。
もしかして、男服、脱がし慣れてる?
「ん、ああ、あたし左利きだから」
素っ気無く答える彼女の耳は赤い。
左利きだと本当に早いのかどうかは判らないが、彼はそういうルルの顔が真っ赤なのに気づいてしまう。
雑に装いながら、彼女はきっちり恥ずかしがっているのだ。
このルルの厚意に邪念を込めては失礼だ、とシンバは深呼吸して気持ちを落ち着けた。
「こ、腰。浮かせて」
慎重にパンツとズボンのゴムの隙間をより分け、ズボンの方だけ掴んでシンバの動きを待つルルリア。
なんだか、いつものおばちゃんに乱暴に脱がされるのと違って、ルルにやってもらうのって幸せだなぁ……と心の中でむせび泣くシンバ。
ギプスがあるため袖と裾を通すのは素人のルルには難しいらしく「拭くの、とりあえずここまででいい?」と言う彼女に頷首し、シンバは濡れタオルの心地よい湿りと肩に添えられたルルリアの手のひらを感じていた。
久しぶりに汗のべとつきが無くなって、肌が爽やかになる。
とても気持ちよかった。
一言、礼を言おうと閉じていた目を開けると、ルルは足のほうを向いていた。
いや、足を拭いてくれているのだからそれは当然なのだが、シンバの目はイケナイモノを見てしまう。
小柄な体をいっぱいに伸ばしながらシンバの体を拭くルルリアは、自分のTシャツのすそがホットパンツからはみ出したことに気づかない。
彼女にはちょっと大きすぎるそのシャツは重力に逆らわずにシンバのへそあたりをくすぐっている。
そんなのはいい。
問題はその彼女の着ているシャツの中身が丸見えになっていることだった。
遮るものは無い、布団もルルが捲って足元にたたまれている。
首のギプスはこないだ外れている。
ついでに、彼女はノーブラだった。
一生懸命にシンバの体を拭くたび、ふたつのソレが揺れる。
へたりと空いたシャツのすそから彼女の滑らかそうなわき腹と嬉し……マズい部分が、さきっちょが見え隠れする。
だが!シンバ君は『漢』だった。
その魅惑の存在に引き寄せられそうな自分に鞭を入れ、固く目を閉じてルルリアに敬意と精一杯の理性を示す。
『素数だ、素数を数えて落ち着くんだ!……1・2・3・5・7!……』
必死で別のことを考えようとするシンバ。
ところが「最初は『1』じゃないわよ♪」と、脳内でナース姿のルルリアが指をちっちっと振っている。
その妄想の中のルルは、あの艶っぽい視線で自分を見つめた。
もうだめだ。
あっけなく陥落するシンバの『漢』の精神。
そして『男』の方がむくむくと頭をもたげた。
いや、『オス』か?
「…?…ぁ」
不意に腕に触れた、パンツを突き破る勢いでそびえ立つシンバのソレに気づき、ルルは見たことのない表情を浮かべる。
怒ったような照れたような。
それでいて嬉しそうという、気まずさと恥ずかしさがない交ぜになった困った顔、とでもいうのか。
それは今までのルルリアにはまるで無かった表情。
シンバはそのルルの新たな一面に打たれ、更に息子自身を固くしてしまう。
「も、もう、おしまい。じゃ、か、帰るね…」
ぱっと身を起こし、シンバのズボンを上げることもシャツのボタンを直すこともせずに布団で全部を隠すルルリア。
たらいを持って沸騰した顔面をシンバに見せることなく病室をそそくさと後にしてしまった。
残されたシンバは、おのれの煩悩の愚かさに深く落ち込む。
その後、少しして鉢植えを下げて見舞いに来たヴァリオンに事情を説明し、爆笑されながらパジャマを直してもらったシンバであった。