武具工房の朝は早い。
とっくに朝食を終えたパパガイとデイジーが鍛冶炉の火起こしをしていると、物凄い音を立てて工房のドアが開く。
何事か、と振り向いた二人の目に映ったのは肩で息をする見知った小柄なヤツだった。
ああ、ルルならこういう登場の仕方があってもおかしくない、と納得した二人であった。
何があったか知らないが怒り心頭のルルリアがずかずかと店内に入り、デイジーの胸倉を掴んで「ちょっと顔貸せ」と凄む。
口ぶりと態度は乱暴だが、そのルルの目に涙が滲んでいるのを見て取ったディズが応じないわけがないのだった。
デイジーの自室はとてもファンシーだ。
普段のなりはどちらかといえばクールに分類されるディズだが、彼女の部屋は、なんというか『ピンク色』が多めだ。
カーテンに始まり、ベッドカバーやテーブルクロスまでが淡い恋色でルルはちょっぴり恥ずかしい。
ルルリアはこの部屋に入る度に思う。
自分には絶対に真似出来ないと。
このディズという女は料理や裁縫、掃除に洗濯といった家事全般をそつなくこなし、ガルデニア工房の経理も引き受ける聡明さも持ち、武具職人としての技術もある。
ついでにその金髪はいつでも滑らかでくせッ毛持ちのルルリアから見れば憧れる美しさだ。
スタイルも良くて、背も高い。
乳の大きさだけは自分が勝っているが、それだけだ。
全体を比べたら、彼女のおっぱいのほうが体に対してバランスの取れた大きさだと思う。
デイジーは自分が持っていない、いや、願っても持てないモノを沢山持っている。
この部屋にしてもそう。
強気な物言いの中にちゃんと可愛い女の子を持っているのだ。
本当にうらやましい。
彼女と自分を比べてしまうと自分がどんどん可愛くなくなっていくルルリア。
だが、自分とディズは『タイプが違う』ということを本能的に理解しているルルリアは彼女を受け入れ、好いていた。
だから何かしかにつけてお互いそれぞれを愚痴こぼしの相手として重宝していたりするのだ。
「んっとに、頭にくるっつーの!」
だん、と大きな音を立ててマグカップがテーブルに叩きつけられる。
衝撃で注がれているアップルティーが波立ち、いくらか机上にはねた。
乱雑なルルの行為に、デイジーはお気に入りのティーカップを出さなかったことに心から安堵してぶりぶり怒っている彼女に苦笑を向けた。
「でも、あんたも無防備すぎるンじゃない?シンバがあんたの事を好きなのはほら、みんなが知ってるくらいなわけだし」
「気になる子が一緒のベッドに寝てたら勘違いするって、男ってバカだし」と続け、ディズはルルリアの無頓着さに渇をいれる。
いや、寝ている女の子の裸を勝手に見るシンバもシンバだが。
「女のテキだ、後で私も蹴飛ばしてやるけどサ」とも続ける。
「好きな…って、そんなの正当化の理由にならない。正直、見損なったよ、あたし」
いくらか頬を染め、ルルリアは唇を尖らす。
事実、ルルはシンバに対して体を許してもいいかな、という気持ちも少しばかりあったのだ。
だが、そこは女の子としてムードとやらが気になるではないか。
もっとこう、旨く言えないが、気持ちって大切だと思う。
「なに、あんた、シンバでいいの?」
「あんなのガキじゃん」と切り捨てるディズ。
「男はやっぱり三十路も後半にならないとね」と力説する彼女から目をそらし、りんごの香りが爽やかなフレーバードティーをすする。
いくらか温くなったその紅茶はなんだか美味しくない。
「ってーか、お気に入りのシャツも伸ばしたんだよ?アイツ。まったく、もう」
「おっぱいがみたいなら裾からめくればいいじゃんねぇ?どうして肩口を伸ばすかなぁ…」
とぶつぶつ文句を言うルルリア。
「いや、そこツッコむトコじゃないでしょ。乳を見られたことでしょ。まず」
呆れ顔でルルに切り返すも、デイジーはルルリアの箪笥の中身を思い返し「全部白一色なのにお気に入りがあったのか」とそっちにも突っ込みを入れたくなる。
「……う、うん。まぁ、そうなんだけどさ」
なんだかテンションが下がってきたルルリアを下のほうから覗き込んで、ディズは鎌を掛ける。
「……ほんとはエッチなことしたかったとか?」
「違うってば」
ディズはルルから素早い返答があったことに内心ホッとする。
やけに赤い顔になってマグカップを傾けるルルリア。
あの視線の泳ぎ方はシンバと『そーなっている自分』を想像したな、と思い当たりディズは咽の奥で笑いを殺す。
なんだかんだ言ってまんざらでもないのではないか、ルルも。
コレは焦ったシンバの早まった行動にルルリアがちょっとびっくりしただけだわね、と自分の中で答えを出したデイジーだった。
なんだバカバカしい。
もう少ししたら結局落ち着いちゃうんじゃないの?この二人。
「そもそも、なんでシンバを部屋に連れ込んだのよ。そこでまず誤解されそうなものだけど?」
本来はもっと上品に楽しまれるべき存在の紅茶を一気に飲み干すルルリアに、デイジーは顔を近づけにやりと突っ込む。
「あんたも期待してたンじゃないの?」といつもと違った下卑た口調の彼女の思惑とは違う答えをルルリアは言う。
「荊姉がそうしろって。シンバは【キャッツ】を除名されたばっかりだから部屋が無いハズだから、あたしの部屋に寝かせるのがいいって」
自らの言葉になんら疑問を持たず、ルルはティーポットからその香り高い琥珀色のお茶を自分に宛がわれたカップに注ぐ。
だが、デイジーは彼女の言葉にその太めの眉をしかめる。
荊琴……か。
ルルリアはあのゲストハンターになぜかなついている。
だけど、自分はどうもあの二人の事を受け入れられずにいるのだ。
確かにハンターとして腕利きなのは分かる。
だが、どうも胡散臭い気がしてならない。
はっきりした理由は無いが、なぜだかそう感じるのだ。
だが、ここで彼らを否定しても仕方が無い。
ルルリアは二人を受け入れているようだし、下手に事をこじらせてしまうこともないだろう。
自分が【モンスターハンター】になろうと思った理由を思い出すデイジー。
自分は自分の出来ることでルルと一緒に進めればいいのだ。
「ふぅん。でも、ま、シンバのヤツとは少し時間空けた方がいいんじゃない?あいつも反省するだろうし」
「いつかは許すつもりなんでしょ?」というデイジーに、ルルリアはマグカップに視線を落としうなずいた。
「うん……そうする……」
少し力の無い返事だと自分でも思ったが、ココにくる前よりずっと気が楽になったルルリアだった。
話に一応の区切りがついたところで、デイジーが朝食の残りをサンドイッチにしてルルの前に置く。
目玉焼きとやや厚切りのハムがこんがり焼かれたトーストにはさまれている。
ソースはクリームチーズとマーマレードをあわせた風味豊かなものだった。
現金なものでソレをぺろりとたいらげたルルリアの気分は随分と良くなった。
トゥトゥの食事も悪くないが、やはりデイジーの料理は一ランク上だ。
これで余りモノだというのだから恐れ入る。
その後、最近はイャン=クックばっかり狩りに行ってるというデイジーに付き合うため、二人はそろって部屋を出る。
ふと、階下の工房からやけに楽しそうな声が聞こえた。
誰かとパパガイが盛り上がっているようだ。