「うぅ……さみぃ……」
びゅうびゅうと吹きすさぶ吹雪にシンバは二の腕を擦り暖めようとする。
それは寒いときの自然な行動なれど、今の彼の姿は常軌を逸している。
雪山に出向き、自らを戒めようとしたシンバ。
ルルリアに対し、自分がした事は決して許される事じゃないと思う。
だから自分で自分を罰してるのだ。
いつものガンランス装備ではなく、今日彼はランスを背負って狩りに出向いていた。
【グロム・ジャスティス】という銘の、鋭く研がれた切先を持つ重厚な戦槍。
黒地のボディにゴールドのエッジが彩られ鈍い真鍮色に輝く刃が雪景色に浮かび上がる。
だが、そんな武器の詳細なんぞ些細なこと。
問題なのはシンバの防具だ。
こヤツは今黒いV字パンツ以外何も身に着けていない。
もっこりと股間が強調されるそのハイレグビキニは何かの冗談としか思えない。
普段は厚手な装備にしまわれている胸板もあらわに、サンダルしか履いていないゆえすね毛もあらわに。
「ちくしょう。【ホットドリンク】なんか何の役にも立ちゃしねぇ……」
トウガラシをベースにした激辛の飲物(?)を何度か口にしているが、口が痛くなるだけで一向に体が温まらない。
それはそうだろう。
この雪山ではモンスターだけでなくこの大自然の驚異までもが敵となる。
火山の暴力的な暑さと全くの対極にある斬り付けるような極寒。
洞窟に入れば巨大な氷柱がそこかしこで見られ、景色を神秘的に彩りながらも寒さを強調する。
そこで『ほぼヌード』なのだ。
やはりシンバもあのヒューマの弟子。
やる事が極端である。
しかも、彼が贖罪の為に選んだのは【轟竜ティガレックス】であった。
轟竜ティガレックスとは、古いタイプの骨格を持ち、飛ぶことよりも這うことが得意な飛竜種。
その鱗は危険を表すくすんだ黄色。
雪山の真っ白な世界の中で一際目立つその姿は正しく王者の風格。
太く鋭い爪と、長く強靭な尾を持ち、口腔内にびっしりと並ぶ鋭利な歯の列は強力なアゴの力を加えありえない程強力な凶器と化す。
その猛る咆哮も正しく衝撃波。
音だけでなく空気の振動すら体をつんざくという非常にやっかい極まりない、強敵なのだ。
そんな暴力を相手にVパン一丁のシンバはとりあえずティガよりも寒さの方が気になるようだ。
口から吐く息は瞬間で凍りつきキラキラとまうダイヤモンドダストに変わる。
彼の耳と鼻の頭は真っ赤に染まり睫毛も凍り付いていた。
そんなシンバの頭上から低くうなり声が聞こえる。
崖の上に目を向けると、その断崖絶壁の上に狩猟対象の黄色と青の縞々が目立つティガレックスがこちらを見下ろしていた。
「居やがったか」
がしり、とランスとシールドを構えるシンバ。
一度「ずるっ」と鼻をすすると上空から正に降って来た暴力に対する防御を固める。
受身、などという軟弱な行為は知らない。
とばかりにティガレックスは地響きを立ててシンバの眼前に飛び降りる。
積もっている雪の大地が激しく揺れ、塊状になった雪があちらこちらに飛散した。
その生臭い息と粘つく唾液をまきちらし、轟竜が威嚇行動をとる。
それを構わず、シンバはグロムジャスティスを勢い良く突き出した。
ハンターとしての悲しい習性か、目の前に獲物を見れば寒さなど気にならないシンバであった。
どかどかと無作法に大地を蹴散らし、ティガレックスの鋭い爪がシンバに迫る。
一瞬の判断で、彼はガードするのを止め、右にスライドしてその突進をやり過ごした。
普段の、通常の、本来の装備であればある種防寒能力を期待出来るが、今の彼に与えられた防具は黒い半艶のVパンツのみ。
その切れ上がったバックスタイルからのぞく彼の臀部はキュッ、と締まりそこから続く太ももは雪が降り積もった大地をしっかりと捉えている。
それにしても、寒いッ!
斬り付けるように吹きすさぶ吹雪にシンバは舌打ちしつつ、股間からホットドリンクの小瓶を取り出しまたもやあおった。
もう何度目だろうか、このドリンク剤のせいで顔と胃の腑だけは燃えるように熱い。
だが手足の末端は既に感覚がなくなりつつある。
「ちくしょう……まだ、まだぁ!」
しかし自虐的なクエストはまだ続く。
轟竜は広い雪原を気がふれたようにガサガサと這い回る。
その速度はまぁ目で追えるものの、いかんせん足が凍えている。
寒さでスタミナもがっつり持っていかれていた。
動くのも億劫なシンバはフィールドの中心に佇み、暴れまわるティガレックスが自分に向かって来たときだけランスの切先をヤツに突き刺していた。
轟竜の方も焦れていた。
この小さき者はスグに逃げる。
一生懸命食いつこうとしているにもかかわらず、のらくらと動き回る。
そしてちくちく、ちくちくと嫌らしい攻撃をしてくるのだ。
地味に痛いのだ、もっとどーんと、どーんと!男らしくかかってこいやぁ!と思っても繰り返される地味なシンバの攻撃にティガレックスはだんだんイライラしてきて遂に爆発する。
その蟹股な両腕を大地に突き立て、申し訳程度にしかない翼膜を広げあらん限りの咆哮を上げる。
その瞳は真っ赤に染まり鼻息は荒く、吹雪など全く意に介していない。
眼前のシンバを次の一撃で食い散らかす気満々だ。
「ち。赤は赤でも、あいつとは比べ物にならない可愛げの無さだな」
怒りに燃えるティガレックスの咆哮を黒い盾で防ぎながら、ヤツの視線を受けるシンバ。
ルルリアが聞いたらそれこそ怒り出す失礼な比較をしながらかれはそびえ立つ岩壁を背に戦槍を構えた。
もう、いい加減寒さの限界だ。
今度は絶対【マフモフシリーズ】の防具を装備してこよう、と思い定める。
アレはいい……暖かさ抜群の毛皮に包まれているから極寒の狩猟も全く問題じゃない。
この口が痛いホットドリンクを飲まなくても無問題だし。
「えっぐしっ!!……ちくしょう、ルルッ!俺は反省したぞッ!!……来い、このやろぉ!!」
我慢できずにくしゃみを一発。
彼はこの常軌を逸した『反省会』を閉じることにした。
さっきまでとは段違いの速さで迫る轟竜の大顎。
開閉するその口腔にびっしりと細かく並んだ鋭い歯が眼前に迫る。
シンバは最後のスタミナを振り絞って……ちょい、と左にサイドステップした。
どがぁ…ん!
ずずん、と鈍い振動が雪山に響き渡る。
猛然とダッシュしてシンバ目掛けて突っ込んできたティガレックスが、岩壁に噛り付いている。
彼自慢の鋭牙が堅い岩盤に食らい付いて離れない。
見事に開いた大顎が間抜けな姿で壁に貼りついていた。
轟竜は自分が置かれている状況が飲み込めていない。
確かに獲物をとらえたはずの口にはジャリジャリとした岩石が流れ込んでくる。
なによりも、歯が、抜けない。
うねうねと動き必死に壁から離れようとする哀れな轟竜の状態を確認すると、シンバは股間から【強走薬グレート】の瓶を取り出し、そのキャップを指で弾くと一気に傾けた。
薬液が胃に到達するや否や、彼はティガレックスに負けるとも劣らない咆哮を吹雪に向かって轟かせた。
「うおおぉっ!ルルリアーッ!!好きだぁーーッ!!」
「大好きだーッ!」と尚も続け、彼はいまだ岩壁と格闘するティガレックスに向かってグロム・ジャスティスを突き入れる。
重々しいランスの槍身が勢いよく突き出され、丈夫な轟竜の鱗を貫通する。硬度の高い殻を剥ぎ取ってゆく。
その高速で突き出される攻撃の過激さでシンバの体から汗が噴出し、周囲との温度差で湯気が立ちこめる。
「ヒューマ流戦槍乱舞ッ!……シルバー・レイン・ラプソディーッ!!」
さっき叫んだルルリアに対する告白に自分でヤラレたのか、普段は絶対に口にしない『必殺技』の名称を声高に叫ぶシンバ。
そのちょっとアレなネーミングとは裏腹にグロム・ジャスティスの切先は幾重にも重なっているように見え、その勢いはますます増してゆく。
岩肌に噛み付いたままの轟竜は自分を襲う痛みの波におののき、叫び声を上げた。
だが悲しいかな、本来、岩をも砕くその破壊力に溢れた声は岩に阻まれくぐもったうめき声をわずかにもらすだけに留まるのだった。
そうするうちにもシンバの槍捌きは高速を超え、雪山の吹雪の中に幾多の銀の雨が降り注ぐかのようにティガレックスを穴だらけにしてゆく。
力強い剛尾を吹き飛ばし、翼膜に切手の縁のような風穴を並べ、横腹にショットガンをぶっ放したかのような孔を幾つも穿つ。
いつか、轟竜はうごくのを止め、岩壁に噛り付いたままだらり、とその体躯を弛緩させた。
その失われた暴力を、はぁはぁと肩で息をしたシンバが見据えている。
彼の超運動をこなした肉体から発汗と発熱による蒸気がしゅうしゅうと上がり、酷使された筋肉は休息を求めている。
彼はVパンツに手を入れると呼子笛を取り出して吹き鳴らし、クエストの達成をギルドネコに伝える。
立派な自前の毛皮の上に、さらにガウシカの毛皮のコートを着込んだネコたちが、ありえないものを見る目でセミヌードのシンバを見つめる。
その視線にビッ!とGJサインを返すシンバ。
やはり彼にはあのヒューマの血脈がしっかりと流れているようだ。