ざわ……ざわ……。
明らかに異質な者の到来で、トゥトゥの中は一種独特なざわめきが起こる。
衝撃の行き場が無くなったドアの丁番がキィキィと鳴り、耳障りな音を立てた。
背に黒いランスを担ぎ、小脇に肉汁が滲む大きな肉塊を抱え、雪焼けした浅黒い肌に汗を滲ませたブーメランパンツ一丁のヤツが、シンバが立っている。
逆光の中、彼は自分のいでたちなど全く意に介さず、きょろきょろと視線を動かし、アイツを探していた。
そのアイツの方はというと、先ほどドアの立てた大きな音で目を覚まし、とりあえずボルドーの説教が中断されている事に気づいてあからさまに大きく伸びをしているところだった。
そして、そこで示し合わせたようにルルリアとシンバの視線は交錯する。
先刻までさせられていた正座状態から立ち上がるとルルリアはシンバに向かって歩き始める。
彼女の動きをこの酒場に居る全ての人間とネコたちが見守っていた。
なんだかんだ言ってこの二人がなんとなくくっつきそう、という空気は団員のみならずウェイトレスや給仕ネコたちですら感じているし、それはあの狩りバカ朴念仁のヒューマですら深読み出来るくらい注目されている事だった。
とりあえず、ルルリアは黙っていれば可愛いし、なにもしなければ魅力ある女の子だ。
とりあえず見ている分には害は無いし、格好だけみれば眼福モノのナイスバディである。
あの乳の行方は男ならまぁ、気になるだろう。
シンバも、この【リューシェ】でこそ新参者だが、以前から地味なれど評価のあるハンター。若さとその性格で人脈もある。
若干リアルラックが足らない気もするが、全体的に見れば将来は猟団を率いることが出来るくらいの有望株ハンターなのだ。
その、良い意味でも悪い意味でも目立つ二人の関係というのは皆やいやい言いながら結構気になる物だった様で、下卑た憶測もありながらも大雑把に言えば皆は結構暖かく見守っていた。
だが、なぜに今彼はVパンツ……?
殆どの連中の頭上に「?」マークが浮かんでいる。
ルルリアはそんなシンバの格好など全く気にせず、近づいていく。
ボルドーが不意に我に返り、説教が中断された事を憮然と抗議しようとしたがローナ団長の指が彼の唇に差し出され、ボルドーはしぶしぶ空気を読むのだった。
「お、なんだ、告白?すんの?ルルっぺに?マジで?」
マリアの茶々が周囲の波紋を呼んだが、そんな彼女にミオが両手で目隠しをする。その積極的な行動が何を意味するか、マリアの問いかけにミオが言う。
「あんな男の、パンツ姿……お姉様は見ないでくださぃ」
「絶対見ちゃだめですぅ……」と、真っ赤に染まったミオのほっぺたを一舐めしたあと、マリアはミオとキスを交わす。
恋人を見るような視線で見つめあい、世界を作り上げるこの二人を止められる者は誰も居ない。
だが、大半の視線はそんな深夜舞台的な女同士のくすぐりあいよりも、酒場の入口近くでまさに今繰り広げられようとしている甘酸っぱい青春の一ページの方に注がれていた。
まったく、もうちょっとムードのあるところでサ、シチュエーションとかいうのに気を遣ってやればいいのにサ。
と視聴者は安ドラマのグダグダな演出にはにかみながら突っ込みを考える。
なにのこんな公衆の面前でイチャつかんでもサ、と言いながらみーんな興味津々だ。
「ルル」
「ぁん?」
シンバの額に汗がにじんだ笑顔。
優しげな紺の瞳がルルリアを緩やかに捉える。
シンバがあのルルリアにどんな気の利いた告白文を読み上げるのか、固唾を飲んで見守る人々をかぼちゃとじゃがいもにしながら彼は言葉を紡ぐ。
「これ、さ。今、捕ってきた。ティガの頬肉。ルルと一緒に食べようと思って」
「なんで、パンツ一枚なん?」
肉に一瞥くれただけでルルは話題をぶった切る。
モヤモヤと彼女からよく分からない雰囲気が立ち上る。
いつもの飄々とした空気の読めないアホ娘なルルしか知らない人々はそれがなんだか解らない。
誰もが気づいていない中で、デイジーだけがルルリアの沸々と湧き上がっている【怒り】の感情を理解していた。
シンバは本当に運が無い。
いや、わかっていない。
今朝からで今顔を見せるというのはルルの逆鱗に触れるどころかソレをわしづかみにして逆撫でするようなものだ。
でも、寝ているルルに悪戯したのはシンバが悪いんだ「まぁ、とりあえず死んどけ」と思うディズ。
「ん、いや。罪滅ぼしに、サ。この格好で雪山ティガに、行ってきたんだ」
「罪滅ぼし……?」
ルルリアがその行動の意味が解らない、もう、ホントわかんない、といった風に小首をかしげた。
ぽかんとちっこい口を開け「なんで?」とシンバに問う。
銀にきらめくツーテールがふわりと揺れ、フィアラルの白さと交じり合う。
ああ、ルルリアの罪深いその無防備さにオレは惑わされたのか、と改めてシンバは思う。
この小悪魔は本当にズルい。
そんなに挑発しながら自分の破壊力に無頓着って、オレはどれだけ寸止めされれば良いんだ、と彼は心の中でむせび泣く。
「いや、ほら……今朝のさ、ほんと、ごめんな」
ルルリアが怒っていない、それどころか余り気にしていないと思ったシンバはテレテレと頭を掻きながら彼女に向かってはにかんだ謝罪文を読み上げ……。
ようと、した。
ぞくり。
シンバの見つめる銀髪がわらわらと動き、一本一房がまるで鈍色の蛇のようにざわざわと騒ぐ……ように視えた。
ゆっくりと上がるルルリアの顔、シンバを見つめるその紅眼は空ろな洞穴の様に生気が無い。
その穴の奥にどろりどろりとした悪意を真っ赤に燻らせながらルルリアはにたり、とその唇をゆがめる。
口の端がまるで横たわった三日月の様に切れ上がり、その八重歯は吸血鬼の毒牙と変貌している。
凍えた視線で眼前のシンバを捉え、ルルリアは「ひひひ」と咽の奥で……哂った。
脳内で、これ以上無いくらいのアラームが鳴り響く。
身の危険、いや、生命の危機を告げる警報がけたたましく響くのを感じたが、その時点、いや、トゥトゥのドアを勢いよく開けた時からシンバの命運は既に尽きていた。
「ああ、『寝ている』あたしのおっぱい揉みしだいて、乳首つまんで引っ張って、パンツに鼻くっつけてニオイ嗅ぎまくったこと?」
「そんなの気にしなくていいのに♪」と声高に言い放った彼女の台詞に周囲の空気は音を立てて凍る。
シンバはもっと凍りつく。
そのルルの言葉にヴァリオンおにいちゃんが「あぁん?」と眉間にしわを寄せ席を立つ。
同じようにボルドーが「破廉恥行為はご法度である」と言いながらその両の拳をボキボキ鳴らしてシンバに迫る。
他にも【隠れ】ルルファン達がにじりにじりと詰め寄っていく。
「そんな事実、あってたまるか!」と彼は強く反論したかった。
だが団員から見えない角度で「けけけ」と笑うルルリアの濁った怒気に中てられて声が出ない。
ぱくぱくと口を動かすも声にならない言い訳を出すのがやっとであった。
後じさりして、酒場の壁に追い詰められたシンバを団員たちがぼっこぼこに袋叩きにする様子を見ながらルルリアの高笑いは続く。
「乳を見るたび思い出せッ!」と髪をかき上げながら言い捨てるのだった。
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