トゥトゥ内部に哀れな罪人の鳴き声が響く。
その声に全く耳を貸さず、ルルリアはシンバの持ち込んだティガレックスの頬肉を持ち上げ、食材を扱っているおばちゃんとなにやら談笑している。
ふと見れば、さっきまで百合色だったマリアとミオが土間に【肉焼きセット】を設置している。
骨付きの生肉をこんがり焼き上げるためのその器具に金網を強引に固定してルルリアに目配せするマリア。
ダブリアがまたなんか余計な事を始めた空気を感じ取り、団員たちはあきれながらも興味津々だ。
二人の暴走を止められる、一番の抑制力であるボルドーは今まさに一方的な不純異性交遊をしでかしたシンバくんに対して修正の嵐を見舞っているところ。
アレは当分続くだろう。ということはダブリアの天下だ。
ひとしきりシンバを殴って清々したヴァンがディズの近くに戻ってくる。
そして遠めにルルリアを見やりながらため息をついた。
ティガの肉を薄くスライスしたものを金網でジュウジュウと焼き上げるルルとその一味は、あくまでも自由だ。
部屋の中で火を焚いて焼肉するってのも、なかなか無い発想だ。
良いか悪いか、それは別問題として、だが。
「なんなんだろうな、アイツは」
ぼそり、とこぼしたヴァリオンの心中を察したか、デイジーはヴァンの肩に自分の頭をこつん、と預けた。
「ルルは強いよ。わたしなんかより、ずっと。うらやましいくらい」
呟くように言うディズには何も答えず、ヴァンはただ彼女の言葉を聞いているだけだ。
確かに、アレは強くなった。
でも、なにかが、そう、何かが違うのだ。
そこが俺には解らない……受け入れてしまっても良いものなのか、それがわからない。
とヴァリオンは心の中で深く思案するのだった。
◆
ローナ団長がボルドーをなだめに席を立っているこの数分、風牙と荊琴の席には誰も酒を注ぎに来ない。
料理も運ばれて来ない。
壁際でクドクド続く説教を横目に見ながら、風牙が隣に戻ってきた相棒に言う。
「なんで出てった」
憮然とした声に、荊琴はしばし考えて答える。
「なんで、でしょうね?」
その悪びれない答えに「ふん」と鼻で返事を返し風牙は「仕方ないヤツだ」と少し表情を崩した。
部屋のもう一方の端では調査対象の小娘がその悪友とはしゃぎながら肉を焼いている。
多分、アレをこのテーブルに持ってくるつもりだろう。
荊琴が命令に反して必要以上にルルリアに接したわけ、それは自分も薄々わかっている。
風牙自身も『あの方』直々の勅命を受けていなければリズムを狂わされた可能性は捨てきれない。
「だが、明日までだぞ」
「……わかって、ますわ」
ジョッキに注がれている麦酒は既に温く、泡も殆ど残っていない。
その不味くなった飲物を互いに傾けながら自分たちに課せられた使命を反芻する。
『贄と成りし者と、愚者が共にある』
『あの方』は風牙にそう言った。
贄を見定め、必要であれば『確保』する。
だが『愚者の目覚め』だけは避けねばならない。
そして、自分たちの真意を悟られる事はもっと避けねばならない。
「……新世界、か」
荊琴が、麦酒の泡が弾けるのと同じくらいの囁きをこぼす。
聞き逃すはずの無い風牙の耳はその迷いを聞き流すことにする。
世界の秩序、というものはどこでも大仰なものさ。
そこに個人の幸せなんかあるわけが無い。
時に情が勝ることがあっても、それはイレギュラーでしかないのだ。
そして、俺たちはそのイレギュラーを正しにここに来たのだ。
「愚者の選定には俺がいく」
彼の言葉には力がある。
それは既に決定されたことなのだろう。
荊琴は長い睫毛を伏しがちにして、わずかに頷いた。
解っている……自分が、自分の思いが揺れていることが。
そしてそれは自分だけでなく、風牙も同じだということが。
「わかりましたわ。次はわたくしが、攻めます」
彼女の言葉には力がある。
それは自ら決めたことなのだろう。
風牙はちら、と相棒の顔を盗み見てその真意を読み取る。
自分たちの役割りを認識している目の光だ。
「まぁ、俺も最悪のケースにはしたくないよ。安心しろ」
彼はジョッキを傾け、飲むふりをしながらぼそぼそとつぶやく。
その言葉に含まれた優しさを感じ取り、荊琴は少し唇を緩めた。
この人の時折みせるこうした優しさが好きだ。
「荊姉!風牙さん!……お肉、食べない?」
脳天気さを装った声が二人にかけられる。
ルルリアが不自然に作った笑いを隠す笑顔でテーブルからきっかり二歩離れたところに立っていた。
明らかになにかに怯えた様子を隠している。
荊琴がまた自分を突き放すのではないか、と思っているのが丸解りだ。
まったく、コイツはどうして俺たちのように胡散臭いのを受け入れられるんだろうな。
内心風牙影は舌を巻く。
なんだかんだ言って、この猟団の連中は鋭い。
団長はあんなのほほんとしているクセにところどころでコッチの裏側を探る言葉を投げかけてくるし、あの槍使いの説教魔の気配を感じない日は無かった。
きっとずっと見張られていたんだろう。
それが当然だ。
なのに……このルルリアってのだけは、どうも調子が狂う。
ターゲットであるにもかかわらず、庇護してやりたくなるのは何故なんだ。
無防備にも程がある。
「ああ、ルルリアちゃん、ありがとうなぁ。いただくよ!」
口をついて出た受け入れの言葉に自分で少し驚くも、まぁいいかと風牙は笑顔を作る。
どうせ『あの方』がおいでになれば全て終わるんだ。
彼は差し出された大皿を受け取りながら当たり障りのない話題をルルリアに振る。
彼らが受け入れてくれたことで安心して、普段の明るさを取り戻すルルリア。
「こっからこっちが塩で、こっからこっちがタレなのだ」と嬉しそうに説明する彼女に相槌を打ちながら風牙は荊琴の足をテーブルの下で少しこづく。
僅かにぴくりとし、荊琴の体温が上がる。
彼女はおもむろに立ち上がるとルルの隣に行き、にっこりと微笑むのだった。
やたらと嬉しそうなルルリアと優しそうな表情を浮かべた荊琴。
連れ立ってバーベキューコンロに向かう二人の背を見ながら、風牙の違和感は大きくなる。
荊琴はあんなに柔らかく笑うヤツだったか?アレとも随分長く組んでいるが、時に自分を上回る冷酷さを持ち合わせるヤツだったはずだ。
そこがまた頼りにもなるイイ女なのだが。
「……美味いな」
自分にも解らないもやもやを振り払おうと、ルルリアの持ってきたティガの頬肉を一つ口に運ぶ。
みっしりした筋肉質な食べ応えのある肉が、丁度良い弾力を残す厚さで整えられている。
焼き加減も申し分ない。
あまり料理に明るくないのでわからないが、何種類かの塩が使ってあるように思える繊細な味付けだ。
彼は難しいことを考えるのを止め、この肉を楽しもうとウェイトレスに新しいビールを注文した。
真・ハレンチ隊が焼き上げるティガ肉は大人気だ。
少しでもお相伴に預かろうとコンロの周りには団員たちが群がる。
そこかしこで乾杯が始まり、麦酒に焼肉、というテッパンな組み合わせに舌鼓をうつ彼ら。
だが、皆は忘れている。
その美味い肉を持ち込んだ功労者の存在を。
ローナ団長がやっとの思いでボルドーを引きずって行く後に残された屍……。
あわれなシンバはボコボコに殴られた上、ボルドーのクドい説教を延々と聞かされ虫の息だった。
彼に良いことは起こるのだろうか?……いや、起こらないだろうな。
書き手ですらそう思う。