「ねぇ、ねぇ。夕方からディズとクエスト行くんだけど、マーちゃんとミっさん、一緒いく?」
ちらちらと荊琴を見やりながらルルリアは心にもない言葉を紡ぐ。
きっと今の荊姉なら『あら、わたくしは誘っていただけませんの?』と食いつくはずだ。
「あん?……いかね。めんどい」
「お姉様が行かないなら、わたしも……ごめんなさい、ルルさん」
マリアは自分がダシに使われたことに聡く気づき即断する。
ミオはとりあえずいつでもマリアを優先するのが当たり前だ。
師弟(恋人)の絆は何人にも付け入る隙を与えない。
さすがである。
とぼけている様で、その実は食えない相手だというコトを忘れ先走ったルルリアにカウンターパンチを叩き込むと、マリアはミオの腕を引っ張り更衣室に入ってしまった。
続けてこれ見よがしに、更衣室の扉の錠窓がかしゃり、と落ちて赤色になる。
彼女たちの行く先から隣の荊琴に目を移すも、彼女はルルの思惑とは逆に全く自分に関心を示していない。
残り少ない肉切れを、コゲた破片と一緒に皿に移す作業を黙々と行っていた。
「あ、私もてつだうよ、荊n」
「いえ、私がやっておきますから『ルルリアさん』はあちらでお食事の続きをどうぞ」
と、取り付く島も無い荊琴。
わざわざ『さん』付けを強調し、なんだか大人気ない突き放し方だ。
先刻、ステージに上がる前にルルが座っていた席の、冷め切った食事を指差しながら淡々と言い放つ。
そんな自分に対する、彼女の安定しない態度。
さて、ルルリアは彼女が急変した意味も理由も解らない。
今朝、ガルデニアではガブラスヘルムで盛り上がった。
樹海の湯浴みでもおっぱいを揉み合った。
だけど、その後で急に彼女の温度が下がる。
自分は何か、気に障ることをしたのだろうか?やっぱり乳を揉まれるのは嫌だったのかな?
いや、さっき一緒にネギ踊りをした時にはそんなわだかまった空気は感じなかったし、今だってさっきまで一緒にお肉焼いてた時も、前みたいに優しい荊姉だった!
でも、今また荊琴は自分に背を向けて、私を……『妹』を拒絶している。
それは自分勝手な押し付け。
的外れな思い込み。
だが、ルルの脳裏にその『妹』というワードが浮かんだ瞬間、彼女は我を忘れていた。
「……どうして?」
ぼろぼろと、両の瞳から零れ落ちる感情を止めることがもうできないルルリアはその胸中の声を絞り出す。
「どうして、今になって、そんなに冷たいの?……わた、あたし、何か『おねぇちゃん』にしたかなぁ?」
ぐすぐすと鼻をすすり、そのアスールアームの水色の布地を群青に染めながら、ルルリアは荊琴の背に向けて言葉を続ける。
「ねぇ、いやだよ。わたし……おねぇちゃんに、嫌われるような事、してないよね?」
拭けども拭けども、流れ出る涙。
いつも陽気で、悩みなんか何も無い様な顔をして闊歩していたルルリアが、彼女に有得ない悲しみの感情を露わにして懐いていたゲストハンターの背に向かってその腕を伸ばす。
今までの楽しげな宴会の空気を破壊するルルが発するささやかな波紋は、やがて大きな波となってトゥトゥ全体に染み渡る。
あちらこちらでざわめきがどよめきに変わり、やがて、ルルリアと荊琴を中心に静寂が広がっていった。
誰もが食事を中断し、給仕も足を止め、ハレンチ隊降板以降穏やかなメロディーラインに変わっていたBGMすらヘンな所で中断され、凍ってしまった。
「……おねぇちゃん、ってなんですの?」
ゆっくりと伸びていたルルの腕が、びしり、と音を立てて止まる。
荊琴は相変わらず背を向けたまま、何食わぬ顔で肉焼きセットから金網をガチャガチャと外しに掛かる。
何気にふんふんと鼻歌を吟じながら、彼女はさらに言葉をナイフに変えて無造作にルルに投げる。
「まとわり付くのは自由ですが、私はあなたの姉になったつもりは毛頭ありませんでしたが?」
そこで初めて、荊琴は肉焼きセットから顔を外し振り返る。
腕を伸ばしたまま、衝撃を受けた表情のルルリアを見る視線は。
鋼の様に無機質で、氷の様に冷たく白刃の如く鋭かった。
デイジーは、ルルリアの咽の奥で上がった極僅かの悲鳴を聞いた気がした。
いくらなんでも、今の言葉は聞き捨てならない。
自分の脳みそがカッと燃え上がったのが自覚できる。
このままだと、自分は間違いなく、あのゲストハンターに向かって平手を飛ばすだろう。
お願い、誰か、止めて。
嫌だ、止めないで。
そうだ、止まるな。
そーだよ、手がいけないなら言葉がある、それなら今の荊琴にルルと同じ気持ちを味あわせてやれる!
「アンタ、いくrムグムグ」
沸騰した頭が数瞬で弾き出した答えを実行しようとした時、デイジーの口はごつい手のひらで覆われる。
かなり強い力で押さえられて一瞬息が詰まった。
急な事で驚いたが、自分の口を塞いでいる相手が見知った相手だったのでいくらか落ち着く事ができた。
ヴァリオンが左手でシンバの口を掴みあげ、右手でデイジーの口を押さえている。
シンバはいち早く異常な空気に気づいていたようだ。
相変わらず冗談のようなパンツひとつの格好だが、彼の瞳には怒りの炎が浮かんでいた。
ヴァリオンの力強い手のひらに顎を掴まれ締め上げられて言葉を封じられていても、先刻のルルを切りつけた言葉の刃に対する、いやそれを放った相手に対する抗議の意思はありありと伝わる。
ヴァリオン自身、荊琴から今のような台詞が出てくるとは夢にも思っていなかった。
いじくり魔、という少々食えないところはあっても、彼女はなかなかの人格者であると評価していたからだ。
だが、彼は今両腕に抱えている身内よりかは大人だった。
ルルリアを見下ろす、荊(イバラ)の棘の様に鋭い目つき、その視線。
わずか、ほんの小さな揺らぎが荊琴のその凍て付く瞳の奥にへばりついている。
それが何を意味しているのか、解るまで彼は静観することを決めた。