力なく腕を下ろし、肩を震わせるルルリア。
誰もが、彼女の哀の感情を汲み取っていた。
のーてんきなヤツとはいえ、どこかに弱さを持った女の子でもあるんだろう、とほぼ全ての人が心の中で先の荊琴の突き放した言葉を責める。
誰かが小声で「いまのは無いよな」と呟いたのが切欠となり、少しずつ荊琴を責める空気が膨らみ始めたその時、ルルリアがうな垂れていた顔をガッと上げて荊琴を見据えた。
「『荊琴さん』……あたし、どっちかって言うとバカだから、わからないけど。一応、謝っておきますね」
普段の二割くらい増したトーンの口調で『さん』を強調し、ルルリアは続ける。
「ごめんねごめんねぇ~♪」
涙と鼻水の跡がくっきりと残る顔で、思い切り舌を突き出しあかんべーをするルルリア。
「やーいやーい、デカ乳女ぁ!でかけりゃ良いってもんじゃないんだぜーッ!へへーんだ!だらしねーモンぶらさげて、狩りに邪魔だろーから取っちまえ!」
フィアラルスーツをたゆんと揺らし野次を飛ばすルルリアに『お前が言うなッ!』と誰もが心の中でツッコんだ。
だが、誰もそれを口に出来ない気にするオーラが荊琴から立ち上る。
「いっぺん、あんさんにはキツイ『やいと』を、据えてあげようと……思ってたんゃ」
ざわざわと荊琴の翠髪が蠢き、彼女は両手の指をパキパキと鳴らす。
「…ゥチかて『いかい』な乳、コンプレックスやとしゃべるのに!毎度弄くりはるの、もう許せまへん!」
がぁ、と吠えて荊琴がルルリアを追い回す。
ルルもそんな彼女をおちょくったように小柄な体であっちこっちを逃げ回る。
当然、聞くに堪えない挑発を連続しながら。
端から見れば下らないじゃれあいの様にも見えるが、なんだかお互いに逆鱗をおもっくそ引っ掻き合ったようで…。
最終的に取っ組み合い、ガキのケンカのようにつかみ合って転げまわる始末だ。
だが、当人同士はなんだかどうも本気になれていないようにも見える。
「く……この、小娘ッ!」
「こむっ!?……と、年増がぁッ!」
並ぶテーブルや椅子をその上に飾られた料理ごとなぎ倒しながら女が二人、ごろごろと暴れまわる。
しかしこれはもうお別れ会とかいう生暖かい催しでは無くなっている。
既に、始まった理由など誰もが思い出すことが出来ない闘いの場と化していた。
いい女が体中を埃塗れにして、あーじゃねーこーでもねーとなんだろう。
ものっそい無様な、レヴェルの低い言い合いをしながらもみ合う。
もみ合うったって『乳じゃねぇ』からな!勘違いすんなよ読者諸兄さま方。
その幼稚な争いを遠巻きに【リューシェ】の連中が見守っている。
とりあえず大怪我しそうなケンカじゃなさそうなのでなんとなく静観している、というのが流行りのスタンスらしい。
それになんだ、ルルが着ているフィアラルのなんとも危なげな布地の少なさが!荊琴もフェルムからこぼれる特盛りの危うさが!このキャットファイトが続けば、アレ?もしかしてポロリもあるの?的な下品な思惑も一部の素直な狩人の間では渦巻いていた。
だが、彼らが手を出しづらいワケが他にもある。
「なぁ、ルルリアはあの荊琴さんにすげぇ懐いてなかったか?」
「ああ懐いてた。懐いてた。」
「だよなぁ。なんでケンカしてんの?」
「さぁ、わがんね」
ちらほらと小声でそんなやりとりが聞こえる。
彼らはルルと荊琴がケンカする意味が本当にわからないのだ。
そりゃ他人同士、意見の食い違いはいくらでもあるし、気に食わない輩というのは一人や二人、誰でもいるだろう。
だけど、この二人に限ってそれは無いだろ?と皆思っていた。
とどのつまり、茶番のように感じてしまうこのケンカ。
コイツ等は何がどうなっているんだよ、と周囲の人々は思うのだ。
この交流会はまさしく、ルルリアと荊琴の出会いで始まったようなものだ。
魔乳同士で通じ合うところがあったんじゃね?と揶揄されるくらい、ルルリアは荊琴の周りをうろちょろしだした。
これにはちゃんと背景がある。
とりあえずその思考からしてフリーダムなルルリアは、調子付くとヴァリオンはもとより鬼のボルドーの説教すらも馬耳東風。
自分の気がすむまで突っ走るようなヤツである。
それは無責任な第三者の立場で観るのであれば微笑ましく思えるもの。
だが、誰もが当事者になるのは御免こうむる暴走でもあった。
団員という仲間関係があったとしても適度な距離を保たれ続けた道化のような存在。
それがルルリアというハンターの居場所だった。
確かに、彼女は目立つ存在だ。
笑い声も大きく体つきもロリセクシー。
その突き抜けた明るさは魅力的だ。
猟団の女性ハンターの中でも可愛いがられる。
だがそれはあくまでも女の子として。
モンスターハンターとしてのルルリアは、殆ど評価されていない。
というか、一度彼女と共に狩りに出向いた者は口を揃えてこういうのだ。
「アレは自由が過ぎるだろう!」
ある連中は暗黙のうち『今回はルルお断り』のパーティを作るくらいなのだ。
もちろん、それも価値観。
誰にも彼らを責めることは出来ない。
もちろん、ルルリア本人にも、だ。
誰でも人は、蒔いた種に応じた作物を収穫する。
シモフリトマトの種を蒔いてレアオニオンを手に入れることは出来ない。
人が評価される、ということもそれとよく似ている。
自分の行動には責任が伴うからだ。
ルルリアのそういったマイナスな評価、それは彼女が反省すべき点も多くあるという事実なのだ。
実際、ルルリアを団の仲間だと受け入れても『ハンター』として認めてはいない、と公言するアンチルル団員も少なくなかった。
だが、荊琴は違った。
彼女はルルリアをその自由さもひっくるめて受け入れたのだ。
しかもそれは、諦めという受け入れでは無かった。
ルルの個性を認め、行過ぎたところはキチンとツッコミを入れ、それでいて共に悪ノリすべき時にはきっちり行動を合わせていた。思春期を両親無しで過ごしたルルにとって、それはまさしく【愛情】として感じられ、彼女はどんどんその温もりにおぼれていった。
ヴァリオンのように指導するわけでもなく、デイジーのように友達関係でもなく、シンバのように色恋(一方的だが)感情でもない。
彼女にとって初めて【自分自身】を見てくれた荊琴は当然、心の中で占める比重が大きくなってゆく。
依存する割合が増えてゆく。
それはルルリアにしてみれば至極自然、当たり前の結果であったのだ。
気付けば、ルルリアはいつも荊琴にくっついている、という図式が成り立っていた。
そのルルを嫌がる風でもなく、さらさらとそのままにさせ穏やかにイジッていた荊琴もルルリアの好意を受け入れているように見えた。
なのに、今、その二人がケンカしている。
派手な殴り合いではないが、今までの二人の距離感を見ていた団員が驚く光景であるのは間違いない。
それほど誰も止めに入れない雰囲気を作り出してルルと荊琴は絡み合っていた。
「むひゃ!?」
「ぁふぬっ!?」
そのケンカが急にこう着状態に入る。
お互い、それぞれを掴んだまま動けなくなってしまった。
ルルリアは荊琴の口に両手の親指を突っ込み、そのもち肌ほっぺたを左右にぐぃ、と広げる。ああ、悲しいかないつもやんわりと浮かべる荊琴スマイルはむき出しの歯茎で台無しだ。
だが荊琴も負けてはいない。
右手の人差し指と中指をブイサインでルルの鼻の穴にツッコんで上に持ち上げる。
ああ、ルルの小鼻は広げられて目も当てられないブタ鼻に成り果てる。
持ち上げられた上唇から前歯が強調されて酷い面相だ。
そして二人はお互いに顔を見合わせ、自分たちの酷すぎる状況にそれぞれがビックリしたお顔で固まっていた。
ごたつきが一旦休止されたのを見て、ワザとらしいため息を吐き出しながら風牙が二人に近づいてゆく。
視線だけで近づいてきた彼を確認した二人に、風牙は自分の頭をぽりぽり掻いて少しタメた後。
「てい」
と、荊琴にチョップを入れ、ルルリアにデコピンをかます。
「もう、終いにし。ええ女がもったいないで」
穏やかにそう言い、周囲に向かって同意を求める。
ちらほらと彼の言葉に同意する声が聞こえ始め、突如始まったルルと荊琴のごたごたは開始とは逆に緩やかに終わってゆく。
バツが悪そうに離れる二人を気遣ってか、今まで取り囲んでいた団員たちは無言で波が引くように散ってゆく。
まぁ、団員同士とはいえ、荒くれ者のハンター達がたむろする酒場だ。
実際のところ週に2、3回はこういったケンカは起きる。
珍しくないっちゃ珍しくない光景でもあったのだ。
女の子同士のケンカ、というのはあまり見ないが。