「バカルル。荊琴さんにちゃんと謝ってこい」
「お前のほうが先に爆発したんだからな」とヴァリオンがディズを抱えたままルルに口をとがらす。
「『彼女』が苦しそうですよ、ヴァリオン『さん』」
兄貴の台詞には答えず、嫌味を返すルルリア。
その言葉にハッとしたヴァンがやっとデイジーの口から手を離した。
手のひらがディズの鼻息とよだれ(!)で湿っぽい。
思わずニオイを嗅ぎそうになったヴァンだが、赤くなったデイジーに台拭き(使用済み)を握らされてしまいヘンタイ行為は諦めるしかなかった。
「ルル、大丈夫か?」
「・・・。」
口の周りにヴァンの手形がくっきりと付いたシンバがルルに近づく。
とりあえずコイツも懲りていない。
ルルリアは彼の言葉を無視して、じーっとシンバの足元に視線を注ぐ。
ブーメランパンツにサンダル履きのシンちゃん。
ぞく…ッ!と背筋に悪寒が走ったと同時にシンバは2メートル(大げさ)くらい後ろに飛ぶ。
後ろにあったテーブルに巻き込まれブーメラン股間を天空に晒すはめになったが、アスールグリーヴの鋼鉄製の靴底が足上に落下してくる攻撃からは逃げる事が出来た。
「チッ」
舌打ちしてシンバに背を向けるルルリア。
ああ、こりゃ本当にダメだ。
当分、空気でいよう。
シンバはそう心に定めるとコソコソとドレッサールームに向かう。
女性用は『何故か』鍵が掛かったままだが、男性用は空いていた。
◆
ゲストハンター達の送別会は以降グダグダな雰囲気の中進んでゆく。
イレギュラーだったハレンチ隊のステージから後はそれなりに退屈な一発芸やらが続き、いい感じにまどろんだ空気が酒場に蔓延していた。
今はローナ団長がのんびりしたスピーチをしているような気がする。
ルルは焼くばかりでティガ肉に一切れもありつけなかった。
そんな沈んだ意識の中、仕方なく自分の席に戻って冷め切ったゲリョスステーキを片付ける。
確かに好物だが、悪魔風は熱くなくちゃ美味しくない、というかマズい。
勢いでステージを荒らし、勢いでシンバをやっつけ、勢いで肉を焼いて……勢いで荊琴とケンカしてしまった。
勢いばかりで何も考えていない自分の浅はかさに自ずとため息が口をつく。
いつもこうだ。
調子に乗って、周りが見えなくなって、みんなを巻き込んで後で後悔する。
「成長しないな、あたし…」
冷たくなった鉄板のはじっこに乗っている付け合せの古代豆のグラッセを一粒、フォークに刺して口に運ぶ。
じんわりとした優しい甘みが舌に広がる。
でも、落ち込んでいるルルリアは味を楽しむことは出来なかった。
視線を感じて鬱思考の泥沼から意識を取り返すと向こうのテーブルでデイジーが気を遣った笑顔で手招きをしている。
なんだか小洒落た器を指差して、口をぱくぱくとさせていた。
少し集中して唇を読んでみる。
デザート?一緒に食べよう?……いや、なんだかそんな気分じゃない。
ごめん、ディズ。
ルルリアは小さくかぶりを振ると、意識的にデイジーの視線から自分の感覚を遮断する。
せっかく気を配ってくれた友達の厚意に対して応えない頑固な自分……本当にその狭量さに嫌気がする。
デイジーはちっとも悪くないじゃないか。
悪いのは、全て自分だ。
解ってる。
全部、自分がいけないのだ。
「なさけねぇの。泣くくらいなら、初めから……」
自分に言い聞かせるように呟きながら硬くなった肉を咀嚼し飲み込む。
やっぱりいけない。
コレを平らげたらいつもの自分に戻ろう。
そして今の態度をディズに謝るんだ。
できれば。
ちら、と上座に目を向ける。
奥のテーブルで荊琴と風牙がそれぞれのデザートをつつきあい、楽しそうに笑い合っている。
できれば、荊姉にも、謝りたい。
だってこれでお別れなんて、悲しすぎるもの。
自分との最後の思い出がグダグダなケンカだなんてイヤだもの。
◆
「ったく、強情さだけは師匠譲りだな。あいつ」
三人分ならんだ氷菓子の器を見ながらヴァンが毒づく。
とはいえ、そっとして置いたほうがいいのもなんとなくわかる。
今日はルルにとって厄日なんだろう。
こういう時はアイツの好きなように落ち込ませた方がいい。
アレはそういうヤツなんだし。
「大丈夫よ。ルルならきっとすぐ切り替えるから」
ヴァンの言葉に、解ったような口ぶりで答えつつ自分のデザート皿を引き寄せるデイジー。
だがその言い口がヴァリオンはちょっと気に入らない。
確かにアイツは勢いばっかりでアホだが、そんなに単純なヤツでも無い。
自分の凡ミスでクエストが失敗した時なんか表面上は明るく振舞って見せておいて、後で一人で落ち込んで『普段のルルリア』に帰ってくるのに結構時間がかかったりするんだぞ。
デイジーは、ルルリアのそういう脆い部分をまだ知らないだろ、と思いの中で彼女を責めるも彼女の返答は先の自分の言葉に対して返ってきたものだと思い出す。
結局、俺も同じか。
「実際、兄貴面しててもどこまでルルリアをわかっているのか最近自信が無いしな」と、小皿の中の甘く冷たい氷水を一息に口に入れ、キンとした頭痛でルルリア絡みの負の思考をかき消すヴァリオンであった。
それから半刻程してこの波乱に満ちた送別会の幕は下りる。
いつもより盛大に食い散らかされたテーブルをウェイトレスと給仕ネコがいそいそと片付け始め、団員たちに弛緩した空気が流れる。
なんだかんだあったような気もするけど、俺たちらしくて良かったンじゃね?的な雰囲気は【リューシェ】の連中がもつ自然なスタンスだ。
ローナの柔らかい統率力とちょっと抜けた団長ぶりは団員皆が信頼を寄せる。
珍しい女性団長だが、それを混ぜ返す輩が全く居ないのがその証拠だ。
アシュレー副団長の汎用性の高い狩猟技術とひねくれながらも面倒見の良い大人びた管理能力は【リューシェ】の団員達が安心してまったり出来る環境を作り上げている。大型の狩猟団にありがちな派閥も見られない。
上層部がしっかり管理したおかげで、ほぼ全ての団員が満遍なくゲストハンター達と絡む事が出来たし、その客人達も変なヤツ達では無かった。
とりあえず交流会は成功だったんじゃね?と誰もが思う。
「ディズ、さっき、ごめんね」
がやがやと普段の喧騒を取り戻したトゥトゥの一角でルルリアがデイジーに近づいた。
「気にしてないよ」と微笑む友達にほっとしてルルも表情を緩めた。
「そんじゃ、午後クエと行くか。あんまり時間が無いから大物は避けような」
ヴァリオンがどっこいしょ、と椅子から腰を上げる。
「どっこいしょ、ですって。奥様、お聞きになりました?」
ルルがニヤリと混ぜ返してデイジーに向かってヒソヒソと言う。
「ええ、奥様、聞きましたわ。あの方しっかりオッサンですわねぇ」
ディズがそれに応じて同じようなニヤリ顔をヴァンに向けた。
「嫌ですわねぇ」
「たまりませんわねぇ」
同時に言葉を発した後数瞬間を置いてから「へ?」とお互いの顔を見合わせるルルリアとデイジー。
ううむ、と二人とも腕組みして「「ヘンなヤツ」」と呟く。
いや、どちらかというとデイジー。
キミの方が特殊なんでないかい?
「オッサンカッコいいじゃん!」と声高にのたまうディズに、生暖かい視線を向けながら「あふぅ」と首を振り、だめだこりゃポーズのルルリア。
「まぁ、趣味は人それぞれだから良いけどね。悪趣味も趣味の内だし」
「えー、悪趣味かなぁ……私って悪趣味なの?おじさん好きって悪趣味?」
ルルの言葉に傷ついたデイジーがヴァリオンに否定意見を求める。
「俺を巻き込むな。悲しくなってきたから」
自分を指しておっさんおっさん言われたヴァンの心はズタズタだった。