ぅおーーーーーーーん。
長く響く遠吠えが、さらに洞窟の壁で反響する。
思わず耳を塞ぐハンター達。
狼は背中の棘を逆立て、眼光鋭くルルリアを睨む。
ターゲットにされた事を本能的にに感じ取り、彼女は風牙から離れ無双刀を抜刀した。
これくらいの距離を取っていればさっきの毛針を飛ばして来る攻撃はどうにか回避できるはずだ。
まぁ、背中にクックの死体を乗せた台車があるのがおぞましいが。
風牙は岩壁の窪みに体を滑り込ませ、ヤツの隙が生まれるのを待っている。
ルルリアをおとりにして、有効打を放つ算段だろう。
だが、ルルはそんな風牙の強かな作戦にも文句の一つ無い。
自分が狙われればそれだけ仲間たちが自由に動けるようになる。
特にデイジーはあの狼の覇気に中てられて未だに立つ事すら出来ていない。
ヴァンの手は……塞がってるも同然、だ。
柄を握る手のひらをぎりり、と引き締めたルルリアは狼の金の瞳を睨み返す。
つい先日、森丘の泉で相対した時にはアンタと殺りあえなかったからね、今日は無双刀だし。
「いくらでも付き合ってやんよ」
呟きながらにやりと唇をゆがめる。
シンバはルルリアを【可愛い】と称するが、なかなかどうしてやはり彼女はモンスターハンターなのだ。
普段の脳天気な空気など微塵も感じさせない、今のルルには女のコらしさよりも禍々しさのオーラの方が目立つ。
未知の相手に対し、恐怖と期待の入り混じった複雑な緊張感、命のやり取りに対する不謹慎なスリル。
紅い瞳の視線を狼に向け、ルルは相手を威嚇し続けた。
先ほどまで気がふれたように繰り返されていた飛び道具はなりを潜めている。
どうやら狼にも伝わったらしい。
ルルリアがインファイトを仕掛けたいって思って居ることが。
「アンタだって、そのえげつない牙やら爪やらで、あたしをめちゃめちゃにしたいんでしょ…?」
目の端に風牙の弓を引き絞る姿を確認する。
「風牙さん、ちょっと、今だけあたしに任せてくれないかな」
口の中だけで呟き一瞬だけ、凄腕の頼りになる弓士に視線を飛ばし、ルルリアは刀身を下段に構える。
体勢を低く、さらに低くする。
刃の輝きを自らの体で隠し、相手に太刀筋を予想させない構え。
右半身を狼の視線に無防備に晒し、ルルリアは力を全身の筋肉に蓄積してゆく。
女性らしい柔らかさをもった二の腕も、瑞々しい色っぽさを振りまく太腿も、年頃のメリハリをもった胸元から腰のラインも、今は色気よりも殺気を放つ。
彼女の纏う錬気は肉眼でも確認できるかの如くに具現化し、それは金の眼も輝く狼のみならず今この場に居合わせた仲間達にすらビリビリとした物理的なプレッシャーすら感じさせた。
「……る、ルル……すごい」
立ち上がったはいいが、未だにヴァンの背中にへばりついているデイジーがごくりと生唾を飲み込む。
狼はもう既に自分に対してなんの興味も示していないのがわかる。
ルルと狼、二人を隔てた向こう側で風牙も矢を下ろしていた。
だが彼も気を抜いている訳ではない。
ルルリアのやろうとしていることは無謀以外の何物でもないのだ。
「あのバカ。タイマン張る気なのか……無茶しやがって」
ヴァリオンが吐き捨てるように呟く。
だが、確かにこのパーティーメンバーではルルリアが最も爆発力があるのも事実。
どうにかしてデイジーをこのエリアから離脱させなければ自分は戦闘に参加出来ない。
あの狼、古龍並みの覇気と重圧を纏っている。
ルルの着ているボーンU程度では抗えない存在感だろう。
それでも立ち向かおうとするルルリアは勇気があるのかはたまた無神経なのか。
ふいに、狼の咽が大きく膨らむ。
直後ソレは大きく口を開き、強靭な肺臓で圧縮された衝撃波を放つ。
殆どノーモーションに近いその攻撃は地面をガリガリと削りながら大気を貫きルルリアに迫る。
叫び声と同時に撃ちだされた必殺のブレスが猛スピードで走り敵を食いつくそうとする。
「だぁッ!」
一瞬である。
順手に構えていた左手を逆手に持ち替える。
だが右手は順手のまま。
ルルは両足を踏ん張り、奥歯をギリと噛み締め、左の利き腕を振り上げ右腕を体に引き付ける。
丹田を芯とし、渾身の力で無双刀の琥珀色に輝く刀身を扇状に振り降ろす。
虹色に軌跡を描いた切先が、狼の撃ちだした螺旋の渦をばっさりと切り裂く。
歪み無く切り込まれた斬撃は地面に一筋の亀裂を残し、なんの躊躇も無くその攻撃を殺した。
背中を大きく狼に向け、肩越しに『獲物』を見据える太刀使い。
ごり、といういやに響く音を立て無双刀を地面から引き抜くと、ルルリアは狼に向かってちょいちょい、と人差し指で挑発するのだった。
ルルリアの見下した視線が気に障ったのか、狼はその力強い四肢で地面を蹴り、生意気な態度を取った小娘目掛けて突進した。
たん、と小気味良くジャンプしてその大柄な図体ごとルルリアに襲い掛かる。
前脚に見える鋭い爪が、ぎらつく牙が彼女に向かって殺気を放つ。
「ヴァン!」
無双刀を斜めに構え、相手の攻撃を直に食らわないようにギリギリで見切るルルリア。
狼のターゲットは完全にルルリアに絞られ、ヤツは今まで陣取っていた入口から洞窟内部に入りこんでルルを攻めている。
死神の爪を刹那の見切りで避けながら、ルルリアはヴァリオンに声をかけた。
今ならデイジーをこの洞窟から離脱させられるはずだ。
「すまん!」
ルルに一言を返し、ヴァリオンはデイジーを小脇に抱えて光明が差し込む出口に向かって走る。
いくらルルリアが無双刀を装備しているとはいえ、相手が相手だ。
しかも先ほどの攻撃には怒気が感じられた。
いくらなんでもルルリア単身ではキツすぎる。
だけど、俺はコイツを、デイジーを護りたい…。
「ちょ、ヴァン、とま、止まって!よ!わた、やだよ!」
ヴァリオンの太い腕に運ばれながらデイジーは抗議の声を上げた。
自分が足手まといなのは解っている。
だけど、こう露骨に邪魔者扱いされて黙っているほどディズはおとなしい娘では無かった。
戦闘が激化する洞内から全速力で撤退するヴァリオンの右脇でじたばたと暴れるデイジー。
新米ハンターとはいえ、みんなから戦力として見て貰えないことは彼女のプライドをいたく傷つけていた。
確かに、さっきまで自分が恐怖していたことを認めるのにやぶさかではない。
ボウガンに弾が残っていたのに撃てなかったのはあの狼の迫力に負けたからだというのも認めよう。
ヴァンの背中に隠れて、しかも彼の体を離せなかったほど怖かったのも事実だ。
そのせいでヴァリオンは戦いに加われず、ルルリアと風牙さんの負担が増えた。
それもよくわかっている。
でも、こんな風にお荷物扱いされて、しかも他人に連れられて逃げるなんてありえない。
彼に抱えられたままの状態でぼかぼかとヴァリオンの太ももと殴るデイジー。
その両の瞳に悔し涙が滲み、彼女の拳は段々と威力を増していった。
わたしが何のためにハンターになったと……。
「思ってるのよッ!!!」
搾り出すように叫ぶデイジーをヴァリオンは優しくおろした。
そしてそのままディズを不器用に抱きしめる。
自らのミラバルカン装備で彼女を傷つけないように細心の注意を払いながらヴァリオンは彼女を引き寄せ、その混乱し激昂している愛しい娘を落ち着かせようと務めた。
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