「違うんだ、ディズ、違うんだよ」
ヘルムのバイザーを上げ、ヴァリオンは直にデイジーを見つめる。
彼女は恐怖を怒りにすりかえ、自らを保とうと必死だ。
自ら好きだと公言した相手に対して射るような視線を向け、怒髪の形相。
背中に回されたヴァンの腕を振り解くことはしないが彼の腕を強く掴み、締め付けられた自分の心をそのまま表していた。
「わ、わたしだって戦えるッ!もう大丈夫だから早く行かないとあの子が、ルルが危ないでしょ!?ねぇ、ヴァン!早くしないとあの狼がルルを殺しちゃうッ!私たちが行かないとッ!ねぇっ!!」
自らの台詞を自分の耳で聞き、ディズの混乱と焦燥は頂点に達する。
ヴァリオンの腕を揺すりながら声を張り上げる彼女の言葉はルルリアの安否を盾に、自分自身の存在意義を必死に擁護しようとしていた。
ぱんっ、と乾いた音が周囲に響いた。
その音は木々に反響し、いやに耳に残る。
デイジーの声にかき消されていた風が、さわさわと木立を揺らして時が凍っていない事を周囲に伝えた。
ヴァリオンが背にしている洞窟の入口からかすかに剣戟音が聞こえ、ルルリアと風牙が戦闘中であることを思い出させた。
じんじんと左頬が痛む。
でも、その痛みは不快なものではない。
デイジーはヴァンを見上げた。
穏やかで、でも意思の強固な、頼れるはしばみの瞳。
彼の虹彩がふと揺らぎ、ヴァンが自分を気遣っている事が理解できる。
「……ごめん、なさい」
「ああ。大丈夫か」
ヴァリオンの張ってくれた頬を手のひらで感じる。
じんわりと広がる意識はヴァリオンの優しさか。
そう、ハンター達は遊びで狩りをしている訳じゃないんだ。
引き際を見極めるのはある意味、狩猟を成功させることより難しい。
どんなに屈強な狩人もあっさりと命を落とす。
それが彼ら、いや自分達身を投じた【モンスターハンター】という世界なのだから。
「今は分が悪い。お前はここで待機していてくれ。頼む」
「手が必要になったら呼ぶから」と付け加えヴァリオンはディズに背を向けた。
デイジーはもう抗わない。
役立たずなのは明白なのだ。
自分が居るだけで仲間の動きが鈍るというなら我慢せねばなるまい。
もっと、チカラがあれば……。
血が滲むほど硬く握った拳を振り上げることすら出来ないデイジーは悔し涙をぼろぼろとこぼす。
ルルの力になりたい、と思っていた。
ヴァリオンの背中を護りたい、と思っていた。
なのになんだ、逆に守られて、助けられて……情けない…。
ヴァリオンが洞窟の入口に駆け込み、その背が見えなくなると同時にデイジーは嗚咽を漏らす。
泣き声を抑えることが出来なくなる。
へたり込んで地面に向かって涙をぶつけるディズの背を慰めるのは密林に吹く湿度の高く温い風だけだった。
◆
びっ、と前髪をかする鋭い爪。
はらはらと散る銀糸を目のはじっこで見つつ「今のはちっとヤバかったな」と思う。
あと数センチで顔面がえぐられるとこだった。
ぶんぶん、と交互に振り回される狼の両腕を寸での所でかわしながらルルリアは相手の隙を待つ。
大振りな攻撃が多い飛竜種と違い牙獣系のソレはコンパクトに鋭く襲い掛かるからやっかいだ。
それに牙獣連中の目も気に入らない。
視線のギラつきが生々しくリアルに迫ってくる。
トカゲ野郎のどこか空ろな目の色とはまた異なった恐怖を植えつける彼らの眼差しはそれだけで十分な脅威になる。
「やっかい、だよ……っとに、さ!」
がちんっ、と頭上で合わさった歯牙の音を聞き流し、ルルリアは無双刀を突き上げる。
ぞりり、と刃が肉を削ぐ手ごたえが伝わり、無理な体勢から繰り出した一撃がまぁまぁ上手くいったことを知る。
きゃん、と小さく鳴いた声が案外可愛く聞こえるも、続けて放たれた咆哮はえげつない純度の怒りをはらんでいる。
ヴァンはまだ戻らない。
デイジーがなにやら暴れていたようだからなだめているンだろ。
おアツいことで。
と分かってはいてもそろそろ自分ひとりでコレの相手をするのも億劫になってきた。
風さんは風さんで自慢の弓が全然中らない。
色々と射掛けてはいるがことごとくかわされ続けている。
「……中てる気あんのかな、もう」
何度目かの容赦ない執拗な体当たりをかわし、風牙に聞こえないようにブツクサ言って見る。
言ったところで事態が変わる訳もなし。
依然、狼の攻撃対象はルルリアに固定され、いい加減彼女は息が切れてくる。
それも最もなこと。
相手の攻撃は一発一発の攻撃力が半端ではないことは一目瞭然。
先刻、イャン・クックの亡骸を乗せた台車にヤツの右の前脚が引っ掛かった。
その腕の一振りで台車ごとクックの体が三つの塊にバラされたのだ。
「あんなの、一発でももらえるかっての」
独り言が多くなってきたルルリア。
内容は正直、強がりもいいところだ。
お遊戯のダンスとは桁違いに磨り減る神経を勇気付け、ルルは視線を相手に向け続ける。
いつまでも続くかのように思える、命を削って舞うロンド。
「ルルっ、待たせたッ!」
その時太い声が洞窟に響き、甲高い抜刀の金属音が続けて聞こえる。
闇夜の様に黒い鎧に幾筋もの緋色が引かれたミラバルカンの装備が力強く走ってくる。
ヴァリオンは背中の重い大剣を抜いたそのままの勢いで狼に切りかかった。
不意を突かれた狼が振り返る間もなく、ヴァリオンの振り下ろしたグラムブレイドの刀身がちょうどソレの太もも辺りを捉える。
ぞぶり、と深く肉に食い込む刃。
ぎゃん、と痛がり叫ぶ銀毛の狼。
たたらを踏んでよろめくヤツにヴァリオンの渾身のぶん回しが続けざまにぶち当たる。
きゃうーーん!
甲高い悲鳴と共にごろごろと転がった狼はしかし、戦意は全く失っていない。
それどころかなお一層怒気を濃くしていた。
ぎりぎりと牙を鳴らし、爪を地面に突きたて、体中に垣間見る鋭い棘を逆立てている。
「さすがだね、ヴァン」
「お前がヘイト持ってってくれてたからな」
ルルの右に立ち、さりげに妹分を気遣いながらヴァリオンはヤツを睨む。
もう何度目かになる遠吠えにびりびりと振動する空気を感じながら、ハンター達は体制を立て直した。
風牙もソニックボゥに麻痺薬の入ったビンを取り付け、サポートに回るアイコンタクトを寄越す。
だが、ヤツの方が一瞬早く動いた。
勢いづけて飛び上がった巨体が回転し、狼の背中から強烈な速さでトゲが撃ち出される。
先刻の針の弾丸の比ではない。
明らかに特殊な切り札。
勢い良く回転し、周囲の空気をねじり込みながら迫るトゲの砲弾。
ルルとヴァンは左右に分かれ、それぞれヘッドダイビングでそのとんでもないジョーカーを避ける。
いや、何だ今のとんでもない攻撃は!?と洞窟のあっちとこっちで顔を見合わせる。
その時である。