「おぅ。スケベな青年」
嬉しそうなニヤリ顔でアシュレーがシンバに声をかける。
彼はパートナーのユゥナと甘味でもつついていたのあろう、往来に面したカフェテラスのテーブルでのんびりしたふうでくつろいでいた。
シンバはそんなアシュレーに苦笑を返すと「副団長なら知ってるだろう」と質問することにした。
「あん?お前の部屋?あぁ、どうだったっけなぁ。ちっと待ってろ、聞いてくるから」
そういって、咥えていた煙草を灰皿にこすり付けるとオープンカフェの生垣をその長い足で越え、通りを気だるそうに【リューシェ】の詰め所に向かってゆく。
一応団の上級幹部のはずだが、彼は下の者に対しても案外腰が軽い。
一見無愛想でキツそうな印象を受ける時もあるが、その実、アシュレーの面倒見の良さには定評がある。
大人なハンターなのだった。
「シンちゃん、こっち。座ったら?」
ユゥナがニコニコと手招きしている。
柔らかな栗毛をふわふわしたカジュアルボブに整え、狩猟装備から可愛げな服装に着替えている彼女はさすが、イイ女な装いだ。
誰とでも気兼ねなく話す彼女を頼る団員も多く、慕われているお姉さん的な彼女。
が、しかし。
彼女のその招きになんの警戒心を抱かずに席に着いたシンバを、ユゥナの黒目がちな瞳が悪戯っぽく捉える。
「で、ルルのおっぱいどうだった?やわらかかった?舐めたり吸ったりしてどうだった?」
「ぶッ!…な、なんスか、いきなり!」
テーブルに両肘を付いて、拳にあごをのせる可愛らしいしぐさをしながら発した台詞はなんともドセクハラ発言な彼女に、シンバはめんくらう。
「だってアレ、私が見ても羨ましいくらいなんだよ?男の子ならまず、食いつくンじゃない?」
全く悪びれた様子無く笑顔を見せるユゥナ。
だが、そのにこやかさを一皮剥くとなんだかとても黒いモノが見えそうな気がしてならないシンバ。
このあたりそういうニオイに敏感に気付ける洞察力は大したものだが。
「い、いや。アレはルルが大げさに言っただけで、俺はそんな大それた事は。はい。そこまでは。はい」
あくまでもぼやかしておかないと、後々大変な事態になると直感したシンバは適当に言葉を濁す。
あくまでも誤魔化そうとするシンバをじーっと見つつ「ふぅん、そなんだ」ととりあえず相槌を打つユゥナ。
なんだか、その視線が全てを見透かしているようで脂汗を呼ぶ。
夕方にかかり、風もいくらか涼しくなってきたオープンカフェのテラス席。
本来はとても爽やかな佇まいの場所なのだが、シンバはとても居心地が悪い。
ユゥナの態度はあくまでも普通だ。
だがそれがかえって怖い。
注文をとりに来たウェイトレスに「ブレンド一つ」と返事を返すのが実は精一杯の居心地の悪さ。
「ここのオリジナルブレンドって美味しいよねぇ♪」
シンバのそんな思いを知ってか知らずか、彼女はいつもどおりだ。
そんなまま、何分経っただろうか。
話題を振るのはユゥナばかりで、シンバはそれを受けてなんとか会話を続けているだけだった。
正直、運ばれてきた飲物の味なんか全く分からなかった。
彼女が振ってくる内容が内容なだけに、シンバは気が気ではない。
「ルルのお尻ってカワイイよねぇ。おっぱいもいいけど、アレも気になるでしょ?」
「いや、まぁ」
「ああいう子供っぽいコほどエッチ好きなんだよ?早くヤっちゃえばいいのに」
「いえ、そんな」
「調教しちゃえよ、シンちゃん専用に」
「なんつーこと言うンですか」
「ルルのアソコって毛薄いからヤバいわよ?あ、見たんだっけ?」
「見てないです」
「やっぱホントは襲っちゃったんでしょ?」
「やってないっス」
「いいからいいから、あ、今度は私も混ぜてね♪」
「なんでですか」
「あ、3P想像したろ。やーらしー♪」
『アンタの思考の方がやらしいよ!』と思っても口には出せないシンバである。
そのピンク色な針のむしろな話題をどうにかこうにかやり過ごしているシンバに救いが来る。
「おー、すまん。またせた」
長身のアシュレーがやっぱり気だるそうに帰ってくる背中にはローナとボルドーの姿。
『んげ!』
リズロッテ団長はまだしも、ボルドーがこの場に現れたことをシンバはかなり面倒に思う。
あの説教をまた聞かされるのはもうごめんだ。
アレは拷問に近い。
ユゥナのエロ親父的ノリの会話がやっと終わったと思ったら今度はガチ説教魔がお出でなすった……厄日過ぎる。
とはいえ、それを顔に出すわけには行かず、彼はそれぞれに挨拶をするのだった。
「……シンバ今、『げぇ』って思ったでしょ?」
ユゥナが小声で耳元にささやく。
「普通にしてれば美人なのにあなたは今悪魔のような微笑を浮かべてますよ」
「真実の姿を移す鏡をお見せしましょうか?」
などとやり返すことなど出来るはずも無く、シンバはぷるぷると首を振るに留まった。
そんな彼を見て、ユゥナはくっくっと楽しそうに含み笑いするのだった。
「そういえば、シンバのアパートが必要だったのよね。まぁ、空き部屋はあるから大丈夫だけど。やっぱりルルのアパートのそばがいいよね?」
ローナ団長が素の表情で問題発言をする。
なんだ、その俺とルルリアをセットにするのが決定事項のような言い口は。
案の定、ボルドーが意味深な咳払いをし、アシュレーとユゥナが笑いをかみ殺していた。
「あら?何か間違ってるの?あなたたち付き合ってるのよね?さっきも楽しそうだったじゃない」
ローナという天然なキャラクターが混ぜ返す先刻の騒動。
アレをどうみたらそう解釈できるのか。
いや、確かにアイツとそんな関係になりたいとは思っているけど。
「いや、まだそんなイイ関係じゃないですから。残念ながら」
ぽりぽりと頬を指で掻きながらも団長の言葉にまんざらでもないシンバ。
どっちにしろシンバがあんな目にあわされてもルルリアのことを憎からず思っているのは事実なのだ。
そんな彼の思いを感じ取り、アシュレーとユゥナのみならずボルドーまでもが優しげな表情を浮かべた。
「まぁ、どちらにしろルルが入ってるのは女子用アパートだからな。お前達が同棲したいってんなら規律のある管理宿舎より町で部屋を借りるのが手っ取り早いと思うが?」
規律、の部分でボルドーを親指で示すアシュレー。
その雑な扱いにティーカップを傾けながらボルドーは片目でジロリと彼を睨む。
「達って、括らないで下さいよ。ってーか、そんなの思ってもいませんって!」
アシュレーの揶揄にシンバは顔の前で手をぶんぶんと振る。
その顔も真っ赤だ。
こういう反応をするから皆に弄られるのだと解っていてもつい、慌ててしまう。
「……君はルルリアのためにわざわざ猟団移籍してきたと聞いたが、事実なのか?」
カップをソーサーに戻したボルドーが真面目な口調でシンバに問う。
話題がちゃらけたレベルで無くなったのを感じたか、それぞれが思いのある顔でシンバの答えを待った。
「はい。自分がアイツの側に居たいのは軽い気持ちじゃない、と思ってます」
しっかりした口ぶりで答えるシンバはなるほど、皆の言うとおり好青年に思える。
言葉だけではなく、その瞳に宿る輝きもまた彼の思いの強さを表し、ボルドーは内心で彼の評価を上げた。
聞けばガンランスやランスといったガード武器をメイン武装にしているとのこと。
あの突撃大好き娘のサポート役としては適任かもしれない。
「そうか。ならもう細かく詮索はすまい。君達が良い関係を築けるように見守るとしよう」
そういってまたカップを傾ける年長者。
ピシリと伸ばした背筋のおっさんに、アシュレーが煙草に火を点けながら「さすが真面目ですねぇ」と目を向けた。
それに「当然だ」と返し、ウェイトレスに紅茶のおかわりとチーズケーキを注文するボルドー。
「ボルドーが許してくれたらもう公認だよ、よかったねぇ、シンバ」
ローナがなぜか嬉しそうに握手を求めてくる。
ユゥナがメニューリストから分厚いピザを注文したのを受け、アシュレーは「ここで晩飯食うのか?」とその相方にこぼしていた。
ごつい指にちんまりしたフォークを持ち、ふうわりとしたフロマージュフランのチーズムースを口に運ぶ槍使い。
「んむ、美味である」とかなんとか言いながら何度も頷き、甘味を口に運ぶボルドー。
のほほん団長はといえばユゥナが注文したピザに手を伸ばしているところだ。
直径六十センチはあるラージサイズのソレを舌鼓を打ちながらもりもりと消費する女性二人。「1ピースだけなら食べていいよ?」とユゥナがシンバにピザが乗った大皿を突き出した。
なんだろう。
このもの凄く緩い場の雰囲気は。
さっきまで幹部に囲まれて戦々恐々としていた自分がおかしく思えてくる。
生地がクリスピーで、バジルの香りが爽やかなチーズてんこもりなピザをかじった時、ふとアシュレーと目が会った。
自身もサラミを加えつつ彼はニッと目を細め、小さくGJサインをくれた。
そうか、わざわざローナとボルドーを連れて来てくれたのはこういうことか。
以前から見知っていたとはいえ、入団したのはつい最近。
ちょっとした歓迎会をしてくれているのか。
そう思うとボルドーの厳しい雰囲気も頼りがいのあるもののように思えてくるから不思議なものだ。
これからこの【鋼鉄のリューシェ】という猟団でやって行ける気がしてきた。
もちろんアイツと一緒に……。
ぱきん。
シンバがコーヒーカップに手を伸ばしたとき。
ソレは触れる前に二つに割れた。
刹那に硬質な音を僅かに発て、陶器の器が縦に裂ける。
内包していた赤黒い液体が、ぱしゃりと広がり、丸いテーブルに広げられた薄いグレーのクロスに染みが広がった。
「どうした」
「熱くないか?」
「あらら」
「拭くもの、拭くもの」
皆の声が遠く聞こえる。
なぜだろう。
凄く……良くないことが今起きた……そんな気がする。
ユゥナが濡れタオルを差し出すが、シンバの心はここにあらず。
鋭利に割れたカップの断面をじっと見たまま、彼は得体の知れない不安を感じていた。
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