ヴァリオンは焦っていた。
自分はそれなりに腕の立つハンターだと自覚していた。
そう自負できるだけの事は成し遂げてきたつもりだった。
だが、これほど自分の無力さを痛感したのは今までにない。
師から受け継いだ大剣は切れ味も鋭く、威力も申し分ない。
だが、このイャン・クックだったモノにはまるで歯がたたない。
ガヅン……ッ!
渾身の力で振り下ろすも、その鋭利な刃はクック・ゾンビの鱗一枚剥がすことすらままならない。
試しに音爆弾を投げつけてみたが、そんなものまるで意に介さないゾンビ共。
「まぁ、な。脳みそが動いてないんじゃあ……なッ!」
ぶつぶつ言いながら体をかがめ、伸び上がる勢いと共に大剣を振り上げる。
どんな生き物でも腹周りってのは比較的柔らかいものだが。
がちぃん!
蛇腹状の鱗が、またもやグラムブレイドの斬撃を弾く。
ヴァンの両腕の筋肉が盛り上がり、天も裂けよと放った渾身の打ち上げはクックの体を少し地面から持ち上げる程の威力、だがそれも相手にとっていくらもダメージにならない徒労に終わる。
だが不本意な結果にため息をついているヒマなどない。
自身のすぐ後ろに新手のゾンビが迫っていた。
生気のある息遣いが感じられない代わりに、不気味に打ち鳴らす嘴が噛み合うカツカツという音が聞こえる。
冗談と思いたい程硬くなった鱗が軋む金属音。
その合間にぴちゃりぴちゃりと垂れ流す血液とも髄液ともしれないオイルのような体液が洩れ落ちる音が生々しい。
四頭。
この不気味におどろおどろしい、まさしく『怪物』が四頭、立ち上がっていた。
残りの二頭は『まだ動かない屍』だった時に狼の一撃で既にバラバラにされ、原型をどうにかとどめている上半身のみでうぞうぞともがいていた。
「どうすりゃ、いいんだよ」
この混沌を超越した状況で、ほんの僅かに救いなのはクック・ゾンビの統率が無いということと攻撃が鈍いということぐらいだ。
だが狭い洞窟の中で四頭のゾンビがウロウロしているのは既に救いなど無い。
見た目もグロテスクでニオイもキツい。
ああ、なんだってこう……こんなことになったんだ!!
装備の硬さ、防御力の高さではヴァリオンが一番秀でている。
彼はとりあえず動く四頭のクックに手を出し、ルルリアと風牙が幾らかでも自由に動けるように立ち回る。
思考力の全く無い動く死体共はヴァンの動きにつられ、わらわらと彼を追う。
「うっぷ、当分、夢に見そうだ」
白目を向いてよたよたと迫るゾンビ。
嘴の蝶番が外れてだらりと下あごが垂れたヤツだの、さっき風牙が射抜いた矢で目玉を刺したままヨタついているヤツだの、『生前』受けた傷から骨やら臓物やらがはみ出たヤツだの。
デイジーが今ここに居なくて本当によかった。
アイツにはコレ、刺激が強すぎるだろう。
彼の脳裏にふと、ディズのふくれっつらが浮かぶ。
それもちょっと可愛いと思ってしまうのはアレだが。
状況が状況だけについ【油虫扱い】したからな、後で思いっきり埋め合わせしてやらないといけないだろう。
と、ヴァンはゾンビに囲まれながらのん気なことを考える。
がちり。
と右足を何かに掴まれた。
見下ろすと、上半身だけで這いずって来たクック・ゾンビが脛部分にがっちりと噛み付いている。
ミラバルカンフットはそんなにヤワではない、が。
かかか、かかかかか、かかかかかかかかかっ
狂ったように繰り返される嘴の振動。
外そうにも外せないそのおぞましさに、ヴァリオンは柄にも無く恐怖を感じた。
思わず動きを止めてしまったヴァンの頭上にいくつも影がかかる。
しまった、と舌打ちする間もなくヴァリオンはクック・ゾンビの緩慢だが重い攻撃を何度も受けてしまう。
「ヴァン兄ぃっ!!」
四頭のクックに囲まれ、見えなくなったヴァリオンの最悪の結末が脳裏を掠め、ルルリアは悲鳴に近い声を上げ助けに向かおうとする。
だが、彼女の行く手を例の狼が阻んだ。
金色の眼差しをルルに向け、ソイツは確かに、ニヤリと哂った。
その時ルルリアは自覚した。
自分がキレた、と。
その紅い目の端で捕らえた映像は風牙がクックに対して射掛けているところ。
ゾンビの体の比較的柔らかいところを縫うように射抜いているように見えるが、相手は結局のところ「死体」だ。
痛覚どころか触覚すら無いだろう。
そんなの相手じゃはっきり言って、弓なんか無力だ。
いくら風牙が凄腕だろうが、元々弓の威力などたかが知れている。
コイツで……全てブッた斬る他、無い。
彼女はぎりり、と無双刀の柄を握り締める。
そして眼前の狼に向かって自らの魔眼を解放する。
武器を持ったまま【龍化】……しかも、自分の意思で……。
初めてだ。
初めて、自らの中に居る【もう一人の自分】に自ら語りかける。
慎重に狼の気配を探りながら薄く眼を伏せ、意識を半分だけ自分の中に潜らせた。
ぎしぎしと軋むチェーンに縛られて、ソイツは玉座に縛り付けられている。
黒く淀んだ闇を銀色に輝く聖なる鎖が戒めている。
ルルリアの呼びかけに、ソレは薄く眼を開く。
漆黒の中に浮かぶ金色の隙間。
その瞳の黄金の輝きは銀の戒めを稲色で侵食する。
「ちょっと、あんた」
『……ラ……シイ……カ』
「ええ、力が欲しいわ」
『ニ……ヲ……ナエ……カ』
「”贄”なんて、あたし一人で十分でしょ!」
『……イヤ……ヲ……ルカ』
「ああ、もう!がたがた言ってないで、さっさと光れよーッ!!」
脳内を駆け巡る鎖のじゃらりじゃらりという音に思考をかき消され、ルルは苛々と吠える。
だが、今に限って【龍化】しない。
早くしないと、ヴァリオンが……ッ!
クック・ゾンビがそれぞれ、ヴァリオン【だった】モノを咥えている。
がじがじとその大きな嘴で玩びながら、ヴァンのパーツをすり潰してゆく。
逞しい腕、厚い胸板、力強い太もも。
赤銅色に焼けた頼れるハンターの部分がどんどんと赤黒く、土色に変わってゆく。
腹から毀れた内臓の鮮血がそこかしこに染みを作っている。
そして、今なお優しく微笑んでいるようにみえる首部は既に半分がそのあるべきところに無い。
鋭嘴からこぼれ、じめじめした泥に埋もれ、クックの足がそれを踏みつけている。
ぐちゃぐちゃ、ぐちゃぐちゃ。
それはもう、ただの肉片ですらないモノ。
「い、やぁぁぁぁあぁああぁあぁッッ!!!」
視てしまった。
それはそう遠くない未来のヴィジョン。
ルルリアは思わず叫び眼を開け、現実を確かめる。
ゾンビが群がる中に、グラムブレイドの輝きが見える。
奮闘するヴァリオンの声はまだ元気そうだ。
「勝手に……殺すなッ!バカルルっ!……ちくしょうがっ!!」
さすがである。
今のルルリアの泣き声の原因がなんであるか、兄貴は全てお見通しだった。
だが、実際はちと分が悪かった。
がつんがつんと四方から迫られ、大剣を盾代わりにしても防げない攻撃が多くなりつつあった。