「縦に裂けるのは食用……でも、たいがいタテに裂けるよね、キノコって」
大きな木の根元に群生している派手なピンク色のキノコを見ているデイジー。
口を尖らせながらしゃがんで地面をほじくり返している。
仕方の無い事だが、彼女は完全に拗ねていた。
「どうせ未熟者ですよ初心者ですよ役に立ちゃしませんよ、ふーんだ」
びっしり生えているキノコをひとつずつ引っこ抜いては細かく裂いてゆく。
菌糸の繊維がさっくりと解けていくのがなんだか無性に気に食わない。
無抵抗に裂けてないで少しは抗ってみろよと無理な事をぶつぶつ。
向こうに見える洞窟の中からは戦闘中の音が響いてくる。
自分のハンターランクとマッチしない戦いが続いていると思うと悔しさともどかしさが胸を締め付ける。
自分の気持ちが整理出来なくて「ああ、もう」と鼻をならして文句を言ってみても、なんの解決にはならないのだ。
『い、やぁぁぁぁあぁああぁあぁッッ!!!』
唐突にルルリアの叫び声が洞窟から響いてくる。
ルルのあんな悲壮な声は聞いた事が無い。
ディズはほんの少しだけ躊躇した後、火竜弩の安全装置を解除する。
そして小走りに洞穴の入口に向かった。
事態が動いた。
ソレぐらい気付けるさ、私だって【モンスターハンター】なんだし。
ダメージソースとしては役に立たなくても、なにかの切欠を作ることぐらいは、出来るはずよ。
入口近くまで来た彼女は異常なニオイに気付く。
なんだか、腐った卵のようなニオイというか、とにかく腐臭が中からする。
自分が追い出されてから異様な事態が起きたのは明らかだ。
「ヤな、予感がする、なぁ……」
じわりじわり、と洞窟を通り戦音が続くさっきまで自分もいたフィールドに戻ってゆくデイジー。
岩盤の中を続く黒い通路を通って風が吹き抜ける。
その流れは中での出来事を微かに連れてくる。
あれ以降、ルルの絶叫は聞こえてこない。
でも、戦闘の気配が消えたわけでもなかった。
◆
「う、おぉらぁぁッ!!」
ヴァンはもうゾンビ達を斬ろうとはせず、剣の腹でクックの横っ面を叩き、とりあえず連中の輪を崩し活路を作りたかった。
ばっかんばっかんと顔面を叩いても一向にひるみもしないゾンビ達にあらためて身震いする。
「ヴァン!」
妹分がなんだか血相を変えてこっちに来ようとしている。
あいつの頭の中で俺はどれだけ酷い死に方をしたか知らないが、俺の事であれだけ取り乱すルルリアも久しぶりに見る。
いつもは生意気なくせに、なんだかちょっと可愛いじゃないか。
しかしルルリアとヴァリオンの間には例の狼、オルガロンが立ちはだかる。
狼は二人を合流させる気はないとばかりにルルリアに向かって突進し、その牙で、爪で、尾で彼女を攻め立てる。
一撃一撃を避けるのが精一杯のルルリアはどんどん焦ってゆく。
じめついた洞窟の地面を転がりながら狼に向かって牽制の斬撃を放つが、それは気もそぞろな、いわば魂の無いただ武器を振っただけの行為。
「ヴァンがピンチなのに、自分が助けなきゃいけないのに!」と、気ばかり逸ったルルリアの、まさに失敗。
がきり。
無双刀の凛とした剣気すら曇らせるルルリアの焦燥。
そんな隙をオルガロンは見逃すはずがなかった。
気合いが乗れば岩をも両断する太刀筋を狼の鋭い牙が噛み留める。
ぎりりぎりり、と強靭な顎が虹の刃紋を咥え込み頭を上下に振る。
「え、ちょっ!……きゃぁっ!!」
まさか得物に噛み付かれるとは考えもしなかったルルリアが狼の動きに翻弄され太刀をもぎとられてしまった。
太刀を引っ張られた勢いで地面に引き倒された彼女が目を上げると、狼がその金の眼差しでルルの不甲斐なさを嘆いていた。
その瞳に哀しみの色が浮かんだ次の瞬間、オルガロンはとんと軽やかに跳び上がる。
そしてその自重を持って加速させた自由落下の衝撃を、がっちり咥え込んだ無双刀の柄に叩きいれた。
ぱっ……きぃぃいいぃい……んっ
幾代も受け継がれ、その持ち主を支えた稀代の名刀……【三千大千世界無双刀】
多くの強敵を切り伏せ、幾多の戦いにも決して負けることの無かったその業物は今、その雅に鍛え上げた刀身を砕かれた。
刃渡りの中ほどから綺麗に、そう……綺麗に響き割れる。
炎王龍の緋色の柄巻きが空中でくるりくるりと真円を幾度も描く。
それは半身を失った刃が流す虹色の血潮と混じりあい、美しい軌跡となってルルの瞳を焼いた。
「……え……?」
欠けた破片がきらきらと舞い、薄暗い洞窟の中に不自然な輝きを散らす。
半分になった刀身が作る円は弧を描き、ひゅんひゅんと空気を切り裂きながら最後には地に突き刺さった。
ざん、と地べたを切りつけた無双刀の片割れを、ルルリアは信じられないものの様に見つめる。
ぼう、と自分の愛刀をただ眺める事しか出来ない彼女は今何が起きたのか、まるで理解できていなかった。
狼は咥えたままの無双刀の切っ先部分を無造作に放る。
その唾液に塗れた刃はきゃりん、と声高に鳴き、墓標のように大地に突き刺さる片割れの刀身にぶつかり弾かれた。
強力な武器を破壊した代償に切れた口肉を一舐めして、オルガロンは勝ち誇った雄たけびを響かせる。
その暴力的な勝ち鬨は洞窟の内部の大気をびりびりと揺らし、音爆弾になんの反応も示さなかったクック・ゾンビ達の動きを一時ぴたりと止めさせた。
ルルリアは無双刀の成れの果てを凝視する。
あれほど気高い剣気を放っていた名刀は、見るも無残に真っ二つ。
狼の唾液は泥土を集め、琥珀色に美しい波紋は見る影も無い。
アレは、一体どういうことなのか。
彼女は自分の武器が、母の刀が殺されたことを……受け入れられずにいた。
洞窟の淀んだ空気、湿った土。
ろくに日の差さない根暗な空間にひょろひょろと生える羊歯植物。
どれを見ても無双刀が眠るには適していない場所。
よろよろと立ち上がろうとするも、しかしルルリアは自分の膝に力が入らない。
どうにか這いずって死んだ刀に近づこうとする。
天井の岩盤が崩れて一部だけ陽光が照らすスポットに半分だけ照らされて虹色の刀身が横たわっていた。
ぶるぶると震える腕を伸ばし、土埃に汚された鋼に触れる。
感じない……あの鋭くも頼りになった剣の魂が、全く感じられない。
ボーンUアームのグラブの赤い染め布が無双刀の泥汚れを拭い、剣の色だけは蘇る。
だが、かの刀は、ルルリアの呼びかけに応えることは、無かった。
ぼろぼろとこぼれる涙。
直に触れてみて、やっと理解できた。
ああ、無双刀は……死んだのだ。
己の力量の至らなさで、得物を破壊されたという事実はルルリアを現実から遠く引き離す。
彼女は今が生死を賭けた戦闘中ということも忘れ、愛刀を胸に掻き抱き嗚咽を漏らし始める。
そのルルの愚行はゾンビの包囲網をどうにか抜け出し、仕切りなおしていたヴァリオンを戦慄させた。
「ルルッ!避けろッ!!」
咆哮覚めやらぬ狼が、地面にへたり込んで女々しく泣いているルルリアに向かって勢いをつけて大地を蹴る。
岩を砕く爪、鋼を折る牙、それらがあと瞬き一度程でルルリアを蹂躙する。
思わず声を上げたヴァリオンの耳に、狼の唸り声に続いてその顎骨と歯牙が立てるがちんという硬質な音と、肉と骨が千切れるばつんという生々しい音が重なって届いてしまった。
ぶしゅう、と血飛沫が舞い、鮮血がそこかしこに飛び散り、きな臭い鉄の匂いが広がった。
「か、風……牙、さん」
ルルリアが尻餅をついたまま目の前の状況に硬直する。
狼の口に、その切断面から赤い液体がしたたる腕が咥えられている。
その手指は矢を掴んだまま、しかしやがて弛緩しぽとりと矢を取り落とす。