鍛冶工房。
そこは猟団やギルドとはまた違う意味でハンター達にはなくてはならない場所だ。
モンスターの力は強い。
初心者の登竜門、または狩りのイロハを教えてくれる先生とも言われる中型の鳥竜種である【イャン=クック】
ベテランになれば、このモンスターはもう寝てても狩猟出来る、いや、出来なきゃモグリだ。と、言われてしまうくらい馴染みのある存在だが、腕の立つハンターでも年に数人はそのやさしいクック先生を相手に大怪我をして帰ってくるくらいなのだ。
それくらい、相手によって防具や武器をきちんと調えなければ、この厳しいモンスターハンターという業を行っていくのは難しい。
自らの体や命を守る防具や堅いモンスターを狩る性能の良い武器を作るために、ハンターたちは鉱石を採取したり、実際にモンスターから素材になりそうな部位を剥ぎ取ったりと自ら材料を集め工房に持ち込む。
その素材を腕利きの職人たちが加工し、ハンターたちの細かい要望に応え続けることによって技術が向上され、更に質の良い装備が作成されるようになる。
余談だが、工房では武装だけではなく生活用品の製作や修繕も行っている。
職人こだわりの鍋釜は軽く丈夫で、しかもコンパクト。
なにかと荷物がかさむ狩猟時の炊事にはそういった細かなケアも欠かせない。
そういった、自らの運命に直結した仕事をしてくれるため、とかく、ハンター達は工房の職人たちとの個人的なパイプをとても大切にしている。
時には職人のご機嫌をとるために一献奢ったりもするくらいなのだ。
この都市にも、沢山の工房が店を構えている。
その中でもヴァンとルルが贔屓にしているのがここ【ガルデニア工房】
厳つい頑固親父が数人の弟子と共に鎚を振るっている。
実はこの親父、職人肌な見かけに似合わず、ガーデニングが趣味で、物凄く可憐な花ばかり育てていたりする。
ついでに花言葉とかも好きらしく、工房の天井から垂れ幕に気に入りの花言葉を綴り、吊り下げている。
今日のは……“恋の苦しみ”……どうやらアネモネの花言葉、らしい。
「……さっぱりわがんね」
ルルリアは、げんなりした顔でその垂れ幕にぶっとく筆文字で書かれた花言葉をじとっ、と見上げる。
自分はそっち方面にさっぱり関心が無いのを棚にあげつつ、このごっつい親父のどこから恋の苦しみなんていうイメージが出てくるのか、と悩む。
目の前にはカウンターの向こう側で、歯並びの良いがっしりした体つきの初老の男性がにこやかに出迎えてくれている。
「百歩譲って“濃いのが苦しい”じゃないかな。ぷふっ」
聞こえないように小さく笑ったつもりだったが、ガルデニア工房の主人の耳にはその揶揄がしっかりと届いていたらしい。
「やかましい。そういうお前も人の事は言えないだろうが。おっぱい娘」
またか。
ここでもまた胸の話か。
今日はもう、いい加減に胸の話は止めて欲しい。
『ならそんな格好でうろつくな!』と、頭の中でヴァリオンが吼えている。
「ああ、もう!ほっといてよ!それよりパパガイ親方、あたしの太刀、メンテ終わってる?」
頭の中の兄貴分と目の前の花言葉親父、両方同時に突っ込みを入れ、ルルリアは強引に話題を切り替える。
工房の主、パパガイ親方はルルの言に頷きを返し、弟子に一振りの太刀を持ってこさせた。
厚手の綿布に包まれてソレはルルリアの前に置かれる。
彼女は布を解き、久しぶりに我が手に戻った愛刀をしげしげと見やる。
それは彼女の母、ナァルの使用していた戦鋼刀であった。
『これはとても良い太刀なんだよ。ルゥルが大きくなったら、受け継いでもらうからね』とナァルは幼い娘に微笑みながら言っていた。
その言葉の通りその太刀は、予定より少し早いがルルリアの愛刀として彼女を支えていた。
護布を全て解くと、柔軟な朴の木に【蛇竜ガブラス】の滑らかな最上級の皮を巻いて拵えられた鞘が現れた。
漆黒の滑らかさを持つ鞘身と鐺(こじり)には【風翔龍クシャルダオラ】の鱗を使った装飾があしらわれ、冷ややかな鋼色に光る。
鯉口と柄頭には希少鉱石の【アミノタイト】が金色に輝き、柄巻には【炎王龍テオ=テスカトル】の極上に輝く緋色のたてがみが使われている。
ルルリアはその緋色に輝く柄に手をかけ、ゆっくりと刀身を抜いていく。
棟が鯉口をこする僅かな音が聞こえ、周囲にこの太刀が持つ剣気が流れ出す。
時を重ね、多くの戦いをくぐり抜けてきたこの太刀の名は【三千大千世界無双刀】という。
しゃりん、という涼やかな音を響かせ、その業物はガルデニア工房の中に琥珀色の刀身を現した。
刀身の地金には希少な鉱石が用いられ、刃紋は虹色に輝く。
多くの古龍の鎧を切り裂いてきた切っ先はますます研がれ、己が触れる物を容赦しない。
棟と鎬地(しのぎじ)には古龍の硬い骨が用いられ、鋼と一体になって切れ味の命を支える。鍔の地には【祖龍ミラルーツ】という存在するのかしないのか分からないくらい幻の古龍の堅鱗が使われ、その霊気たるや言い表すことが出来ない圧倒的存在感を持つ。
遥か東方より伝えられたこの刀は、天災と扱われるほど強大な力を持つ古龍達の素材が少しずつ用いられた、まさに神殺しのナァルが振るうにふさわしい、この世に二振りとない珠玉の品だった。
ルルリアは冷たく濡れる刃をしげしげとみやったあと、つとその物打に左の人差し指を走らせる。
触れるか、触れないかくらいの淡い接触だったが、彼女の指先には緋紅の筋がすぅ、と現れた。
「さすが、だね。この手懐けられない容赦なさ」
「だけど、そこが頼れるんだよね」と続け、彼女はひょう、と太刀を振るう。
鍛冶場の熱気がさっと切り裂かれ、その剣圧の威力にたたらを踏んでいたパパガイの弟子の一人が口笛を吹く。
もう一度、ルルリアは刀身を撫で、切っ先を鞘に収める。
庵は抵抗なく滑り、ぱちんと乾いた音がハバキから聞こえて無双刀は一寸の眠りについた。
「いや、いつ見てもキレイな刀だよな」
パパガイが心底、感嘆する。
「武器職人としちゃあ、ソレを拝めるだけでも冥利に尽きるってヤツだぜ」と続け豪快に笑う。
そう彼は言うが、彼が居なければこの最高級の太刀だってその真価を発揮し続けるのは難しいだろう。
どんなに優れた刃物でも使っていけば必ず刃毀れするし、切れ味だって落ちる。
しかも相手は大根や葱ではない、一癖も二癖もあるモンスターたちだ。
狩猟現場で一時凌ぎの研ぎ出しは出来るが、それはあくまでもその場だけの応急処置でしかない。
激戦を終えた武具は、本格的なメインテナンスをしなければ直ぐに劣化してしまう。
所謂、強いモンスターの素材を使った武装ほど使用耐性が高いのも事実だが、カタチ在る物はいつかは必ず滅するもの。
だが、その壊れ行く定めの物でも大切に扱うならその信頼に応えてくれるのもまた事実。
そのジレンマはパパガイを含む多くの職人達によってかなり軽減されている。
その中でも、この花言葉大好き親父パパガイ親方は、劣化した武具を見捨てることなく質の高いメインテナンスを行う繊細さを持っている非常に腕の良い鍛冶職人だったりする。
初見では取っ付き辛そうな頑固親父に見えるが、いや、実際頑固親父なのだが、常連になってみると案外おちゃめで気の利くオッサンなのだ。
その証拠に、彼は今、ある物をルルリアに渡そうとしていた。
ルルは無双刀を背に担ぎ、胸元で縛り紐を結んでいた。
ガルーダスーツに太刀の下げ緒からの紐が食い込み、図らずもまた彼女の胸は強調される。
ルルリアのその様子を見て鍛冶場の奥のほうで職人たちがうんうん、と頷き親指を立て合った。
やっぱり、もうちょっと着るものを選んだらどうかね、ルルたん。