ヴァリオンは自分の部屋でアェスレーゼンを壁に立てかけ、考え込んでいた。
見た事も、聞いた事も無い……【意思を持つ武器】
赤い光の姿になった時も驚いたが、クック・ゾンビを全て切り伏せた後いつのまにか鋼板状に戻ってしまったのも不思議だった。
光状の時は切れ味も攻撃力も、今まで目にしてきたどんな強力な武器をも凌駕している。
師匠がコレを持っていた理由。
師匠がコレを自分にくれた理由。
師匠がコレを【解放】したところは、見た事が無い。
師匠はコレを使っていたのだろうか?
『あたりまえじゃろう。グラムはわしの使い方をよっく理解しとったぞ』
まただ。
コイツは自分の思考に一々突っ込みを入れてくる。
居丈高で一言余計なジジイ口調。
『ジジイとはまた敬意が無いのぅ。しかも先からコレだのコイツだの……まったくグラムの弟子とは思えん馬鹿モノじゃのぅ』
これみよがしについた溜息がヴァンの頭の中に広がる。
正直、ウザイ。
「一つ、聞いてもいいか」
とりあえず頭痛を我慢しながら口に出して見る。
『なんじゃ、言うてみぃ』と上から目線の声で促され、ヴァンは切り出した。
「あんた、一体何なんだ?」
『・・・』
予想に反してアェスレーゼンは沈黙する。
全くの無言ではない、なにかぶつぶつと考えているようだが。
コレを機にと、たたみかけるヴァリオン。
「俺はあんたみたいな剣の話は聞いた事が無い。あんたみたいな凄い力があれば俺達ハンターの間で話題にならないわけが無いからな」
『・・・』
「あれだけ堅かったあいつらの鱗がまるで粘土かなにかみたいだった。あんな切れ味は逆に危なくて仕方ない」
『・・・』
「それに、あんたなんで話せるんだ。正直、不気味なんだが」
『ぐだぐだうるさいのぅ。わし等は特別なんじゃ。平凡なハンター共が知らないのは当然じゃろ』
尊大なのは変わらないが、やや真剣味を帯びたアェスレーゼンの口調。
ヴァンは無言で続く言葉を待った。
『わし等は古来から在った。歴史の節目ごとに人類を護る為に、な』
「節目?」
『うむ。うねり、と言ってもよいの。今はおヌシらが優勢じゃが……どうじゃ?先の狂怪鳥が大量に発生したらどうなる』
ヴァリオンの脳裏にクック・ゾンビのおぞましい姿がよみがえる。
アレがこの街に、いや世界中で発生するようになったら。
ガラにも無く、ぞわりとした寒気が彼を襲う。
デイジーやルルリアの寸での姿がフラッシュバックし、その姿が一般の、ハンターでない人達が襲われているヴィジョンと被る。
『まだ怪鳥で良かったのだぞ?もし【三ツ刺】の棘が轟竜あたりに刺さってみろ。おヌシはお嬢とあの娘を天秤にかけることすら出来んかったはずじゃ』
アェスレーゼンの言葉は徐々に重みを増している。
もしかしなくても……これから大きな事件が起きる事をヴァンに感じさせていた。
『ヴァリオン。おヌシが今、わしを目覚めさせたのは重畳じゃ。イコンガザルの目覚めにはまだ時がある。出来ればもう一つ二つ、わし等を探して欲しいところじゃが』
「……イコン、ガザル……?」
『世界の輪から外れたモノ、じゃ。そのうちおヌシにもわかる。それよりもおヌシの回りでペルフを持ってるやつはおらんのか?』
「ペルフ……って?」
ヴァンのオツムはこのいきなりな展開と新情報で爆発寸前だ。
もともと何かを深く考えるのは得意なほうではない。
勢いに任せた判断は得意だが、ロジックとか計算とかそーいうのはダメだと自覚している。
そこにきて自分の常識を軽くひっくり返すこの妙な剣の突拍子の無い話。
師から受け取った時の姿に戻ったアェスレーゼンをあんぐりと口を開けて見ることしか出来なくなっていた。
『……まぁ、良い。わしも急いているようじゃ。おヌシの【選択】がわしの予想と違うたのでな。少々、干渉し過ぎた。必要な時にはわしを呼べ……いつでも応えてやろうぞ』
そう言ったきり、アェスレーゼンは沈黙する。
幾ばくか輝きを増したようにも見える鋼に触れて見る。
『汚い手で触るでない』とか言われるかとも思ったが剣は無言だった。
「……選択って、なんだよ?」
問いかけばかりのヴァリオンは答えをもらえない。
そりゃそうか、答えなんて自分で見つけるものだ。
だがアェスレーゼンは【呼べ】と言った。
それは【呼ぶべき時】がある、ということだ。
「なんだか、その意味が大切な気がする、な」
グラムブレイド、もといアェスレーゼンを持ち上げ、壁面の剣掛けのタツジンブレイドと交換する。
武装としての豪華さは無い。
だが、意思を持ち、目的があり、意味を示す武器などほかには無い。
ヴァンはこれに敬意を示す事に決めた。
尊大で口うるさいが、積み重ねた歴史は自分より多いのだ。
こん、こん。
タツジンブレイドに厚い綿布を巻いて物入れにしまった丁度その時、誰かがドアをノックした。
「どうぞ」
そう言ってから、鍵を掛けていたことに思い当たる。
剣と会話しているところなど見られたくなかったから用心していたのだった。
あわててカギを開けようと手を伸ばした先で、かちゃりと錠が自然に回る。
そして、おずおずと扉をひらいて顔を覗かせたのは、そう。
ヴァリオンの部屋の合鍵を持つ唯一の人、デイジーであった。
「ディズ」
「ども」
いそいそと入って、後ろ手で扉を閉めた彼女。
いつもとなんだか、様子が違う気がする。
というか……。
「おまえ、まだ入院してなきゃいけないはずだろう?勝手に出てきちゃダメだろうが」
左腕には包帯が巻かれ、顔には絆創膏やらガーゼやらが目立つ。
淡い桃色のカッターシャツに薄く透ける包帯の影。
例の狂怪鳥に食いつかれた傷は案外と深かったらしく、デイジーとルルリア、それに多量の失血で意識不明だった風牙は狩猟後直接病院に搬送されていた。
それも王都のかなりしっかりした病院に、だ。
今日も午後の面会時刻には出向こうと思っていたわけだし。
「だって。ドクターの手つきがヤらしかったんだもん」
ぷぅ、と頬を膨らませヴァリオンに文句を言うデイジーは、とりあえず元気そうではある。
密林から高速の気球で帰還している最中、ゴンドラの中で目覚めたディズはヴァリオンでなくルルリアにぴったりくっついて離れなかった。
ルルの腕を掴み、木製のベンチで二人で寄り添っていたその間ずっと彼女は涙ぐみ、混乱と恐怖を必死に打ち消そうとしているようだった。
そんなディズをただ見ていることしかできなかった自分が不甲斐なく思い出される。
「しかしだなぁ……ちゃんと治療したほうが後々のためだぞ?」
そのヴァンの言葉は丸無視して、デイジーは壁に落ち着いているアェスレーゼンに近づき、そっとその刀身に触れた。
「ねぇ、ヴァン。この大剣、私にくれないかしら」
唐突で脈絡の無い言葉。
その若く美しい肢体にちょっとだけ不似合いな舌足らずな声を持つデイジー。
魅力的なやや甘い鼻声でねだられるとソレは凶器だ。
そして彼に背を向けたまま、包帯のない右手がアェスの鋼をつぅ、となでる。
その艶かしさすら覚える彼女の動きはヴァリオンの視線を惑わせた。
「いや、お前ナニ言ってるんだ。」
「ダメ?」
刃に走らせた右人差し指を、くるりと振り向きざまに滑らせたディズ。
さっくりと裂けた指皮にじりじりと赤い雫が浮かび、彼女の白い肌を犯す。
だがそんな傷など意に介さず、ディズはヴァリオンにねだり続けた。
不自然な笑顔と不自然な動向。
ルルリアの自由な思考と対比して遥かに常識的なデイジーが見せる初めてのゆらぎ。
ヴァンの腕を掴み、がくがくと揺らしながら大剣の譲渡をねだるカノジョの指先の血液がヴァリオンのシャツの袖を染めた。
おかしい。
デイジーの瞳の奥に見える何かが、ヴァンにそう確信させた。
「まてまて。ほら、話は聞くからちょっと手ぇかせ」
だが彼はあくまでも普段の自分を演じる。
普通では無いデイジーの悩みというか叫びというか、ヴァンは自分でも珍しくそういった機微に気付いた。
俺もコイツのカレシっぽくなってきたってことなんだろうか?とちょっとだけニヤリとしてしまうヴァリオン。
デイジーの右の手首をちょっとキツめに引き剥がし、有無を言わせないまま絆創膏を指先に巻く。
「今度は大剣の練習でもすんのか?」
探るような彼の言葉に、急に押し黙ったデイジー。
彼女は今しがたバンソコを巻いて貰った指先を左手でギュッと握り俯いた。
振り子時計のテンプが時を削り取る音だけがこの部屋を支配する。
窓外では人が行きかう気配があるものの、今この部屋は流れに取り残された落ち葉のようにベクトルを失っていた。