「る、ルルリアさん?戻ってきたのですか?」
その声にふりふりと揺れるツーテールでだけで答え、ルルはさも当たり前のようにベッドにもぐりこむ。
おそらく、新たにベッドメークされているであろう寝台を無遠慮に使い、上掛けを頭まで持ち上げてしまった。
本気で寝入る事は考えていないのだろう、枕の上でもぞもとと動く銀髪が落ち着かない。
アクラコサージュが髪を巻きこみ、ルルリアのトレードマークのショートツインテールがよれてしまう。
それは彼女の心の中に渦巻く複雑な思いをあらわしているかのようにもみくちゃになっていた。
「やっぱり具合が悪くなったのですね。今、先生をおよびしますから」
ルルの返事を待たず、看護士がぱたぱたと部屋を出ようとして慌てて窓を閉めに戻ってくるせわしない彼女の動きを見ると、ルルリアがここをどうやって抜け出したか、なんとなくわかる気がするからこわい。
とりあえず身体の位置が定まったのか、ごそごそ動くのを止めているルルリア。
そしてシンバは意を決して声をかけた。
「びっくりしたな」
「・・・」
沈黙は肯定か、それとも否定か。
「まぁ、あいつらは一応さ、ほら。す、好きあってるわけだし」
「・・・」
ベッド脇の陳腐な丸イスに腰を下ろし、シンバはじっと、ルルの何かを待った。
「あーいうコトやっててもまぁ、普通だよな」
「……ふつうなんだ」
かけ布団に阻まれてくぐもった声が返ってくる。
なんだかやけに沈んだ声だ。
今まで聞いた事の無いトーンは布団の綿を通してもハッキリとわかる濃さの違和感。
「ルル……泣いてる、のか?」
「泣いてないっ!」
泣き声だ。
間違い無く、今、ルルリアは涙を堪えている。
嗚咽が漏れるのを我慢している。
兄貴が恋人を求める姿が衝撃的だったのか?いや逆もありえる。
親友のあまりにもオンナをさらけ出した姿がショックだったのだろうか。
「ヴァンはさ……」
シンバが言葉を探している間にルルの言葉が紡がれる。
「ヴァンはさ、わたしのさ」
上掛けをぎゅっと握り締め、ぶつ切りの言葉を絞り出すルルリア。
「あこ、がれだった……んだよね」
ルルリアが、何を言おうとしているのか、シンバは気づく。
今まで秘めてきた、いやこらえてきた想いが、切っ掛けを得てあふれ出ようとしている。
「ちっちゃい、とき、からさ」
布団というフィルターがあるにもかかわらず、ルルの言葉は直接シンバの耳に届いていく。
「いっつも、一緒で、さ」
「強くて、優しくて、カッコよくて」と、いつもヴァリオンのことを罵倒している妹の言葉とは思えない単語がぽんぽんと羅列する。
正直、シンバは耳を疑っていた。
「あの人のこと、ずっと好きだったんだ。わたし」
遂に放たれるトドメの一言。
シンバは開いた口が塞がらなかった。
だって、どう見ても、ルルリアはヴァンをそんな風には……いや、そういや以前よくアイツの首にぶら下がっていた覚えがある。
ヤツの腕やら腰やらにまとわりついて歩くなんてのは普通に目にしていた。
その時は過剰なスキンシップだな、程度に思っていたが、そういうことだったのかッ!?
いやいやいや、だって兄妹だろ?好きだのなんだのそんな感情持って良いのかよッ!?
「……ヴァンはお父さんのお弟子さんだよ。ほんとのお兄ちゃんじゃないよ」
「なん……だとッ!?」
ゆれるビードロのような瞳が自分を見ている。
だが、その潤んだ視線はシンバに向けられながら別の男を想って濡れていた。
それにくわえて衝撃の事実を告げられた。
それじゃ、何か?お前たちは突き詰めれば全くの他人、ということで……ファイナルアンサー?
「……ふぁいなる、あんさー」
「なんてこった」
丸イスの上で頭を抱えたシンバ。
ぶつぶつと何かを呪詛のように呟く彼を、ぎりぎり目の下まで上掛けを下げたルルが横目で見る。
「なんかマズったかな……?」と自分のカミングアウトをちょっと後悔していた。
シンバは当然自分達の関係を知っていると思っていた。
シンバですらこうなら、デイジーも……知らない、かもしれない。
もし、わたしとヴァンの血が繋がってないって分かったら、ディズは。
と、虫の良過ぎる想像をルルは唇を噛んで振り払う。
ヴァンの事は自分がハッキリしなかっただけ。
ディズに『気持ち』を聞かされた時に正直に話せなかった当然の報い。
それにデイジーとヴァリオンはもう、自他共に認める恋人同士だ。
そこにいまさら割り込んで混ぜ返すなんてこと『わたし』には出来ない。
「……『あたし』だって無理、だよ」
ぶつっと呟いたルルにシンバの混乱しきった顔がおもむろに向けられた。
「なぁ、ヴァンはおまえの気持ち知っててディズを選んだのか?」
不遠慮に心をえぐるシンバの言葉。
それはルルリアのかろうじて保っていた理性を蹴飛ばすには十分の威力だった。
「そ、そんなの、言えるわけないじゃないッ!」
「ずっとちっちゃい頃から一緒なんだよ!?」
「わたしのダメなところとか良くないところ全部知ってるんだよ!?」
「これまでずっと、ずっと迷惑ばっかりかけてきたんだよ!?」
「そ、それに……わたしあの人を、こ、殺しかけたこともある!」
「そんなわたしが好きって言ったって、本気にされないよっ!」
「ディズみたいに綺麗じゃないしっ!料理も出来ないし!」
「仕方ないじゃないっ!気づいたら好きだったんだから!!
「アンタになんか、わたしの苦しみがわかるわけないっ!!」
がばっと上掛けを跳ねつけて体を起こし、涙ぐみながらあらん限りの声でまくしたてる彼女をシンバはなんだか悲しそうな顔で見つめる。
誰かが言ってた。
ルルリアは悩みなんか無い脳天気な女だと。
物事を深く考えない勢いばっかりの女だと。
乳丸出しの恥ずかしい格好をしても平気な、羞恥心の欠片もない女だと。
違う。
ルルはただ、不器用で臆病な女の子なだけだ。
自分が内包する闇の力に怯えて、必要以上に他人を意識する悲しい運命を背負っている女の子なんだ。
俺は知っている……その過剰な自己防衛は時に仲間や身内にさえ向けられるということを。
それは悲しく、切なく、ルルリア自身も気付いていない深層の哀歌。
本当は誰かにすがりたい時ほど彼女は周囲を遠ざける。
あの野郎、何が保護者だ。
お前が一番、ルルリアをわかってやれてないじゃないかッ!!
俺は……アンタからコイツを奪うぞッ!!
「ルルリア、もうヴァンのこと想っても仕方ないよ」
その落ち着いた声色に、シンバを睨んでいたルルの目がたじろぐ。
いつになく彼の言葉は彼女を揺さぶった。
シンバは照れもせず、真剣な眼差しで目の前にいる強がりの得意な女の子を見据える。
「アイツ、もうデイジーしか見えてないから」
ぞぶり、とシンバの言葉がルルリアの心に刺さっていく。
それがどうした、俺はコイツのそんなヴァンに向いた心をぶっ殺すとさっき決めたんだ!
「結局、ヴァンはおまえをわかってやれなかったんだ」
「ちょ、なんであんたがそこまで言えるのよっ!」
がっ、とルルが色めき立つ。
自分とヴァリオンの絆でも否定されたように感じたんだろう。
当然だ。
ソレを否定したいんだ、俺は。
「ルルの想いが届いていれば、あいつはディズなんか受け入れなかったハズだろ」
「そ、それは、あたしがディズを後押ししちゃったから…」
段々と声に力がなくなるルルリア。
それに対しシンバはずっと同じ冷静なテンションで淡々と言葉を紡ぐ。
「ヴァンがおまえをどう見ていたか、はっきりしたじゃないか」
「……な、なんでよ」
紅い瞳が揺らいでいる。
ルルリアの触れて欲しくなかった部分をシンバは鷲掴みにしてサディスティックに傷つけている。
「血が繋がってないならおまえを選んでもいいはずだぜ?」
「で、でも」
「結局、ヴァリオンにとってルルリアは妹なんだよ。妹分じゃなくってさ」
「え?」
伏せ気味だった目を上げ、大きく見開いた驚愕の表情。
絆創膏の残る指先が口元に寄せられ、不安を紛らわそうと唇を弾いた。
先刻さんざんクシャクシャになった銀髪の輝きも失せ、鼻頭も真っ赤。
彼女はもう泣き出す寸前だった。
「まぁ、タイプは違うけど同じ歳だろ。デイジーとおまえ」
「ということは、年齢的なもので相手にされなかった訳じゃないだろ」
「見た目はあんまり関係ないな。ルルもディズも両方可愛いから。うん」
「当然、スタイルも同じだ。ぶっちゃけアイツもおまえも両方とも申し分ない」
ふふん、とわかった様な鼻息でルルリアを見下したようにニヤリと口の端を歪めるシンバ。
それに対して太ももあたり雑に乗っかっている上掛けをギリ、と握り締めてルルリアは俯いたまま彼に鋭い視線を向ける。
「サイテー」
「ふん」
そのルルの視線をせせら笑い、シンバは少し言葉を溜めた。
長い睫毛を伏せがちにして俯くルルリア。
いつもの明るいルルリアは時に演技だって知ってる。
本当の彼女はどうなんだろう。
…何言ってる、そんなのどうでもいい。
俺はあの【龍化】した時の金の瞳までひっくるめてコイツにヤラレっぱなしなんだッ!この確信さえあれば十分だろう!
「なぁ、ルル」
「んだよ」
顔すら動かさず、ジト目だけ寄越すルルリア。
自分が蹂躙したルルの恋心に向かって届くよう願いながらシンバは言葉を続けた。
「女の幸せって、わかるか?」
「知るか。どうせエロいことなんだろバカ」
先ほどの二人の行為を思い出したのか、頬に朱を走らせる彼女に穏やかな微笑を送りながらゆっくりとかぶりを振る。
「愛してくれる人と、結ばれること……さ」
「は?」
さっきまでの人を小バカにした口調ではないシンバ。
彼が急に真顔で紡いだ台詞にルルは毒を抜かれる。
コイツはなんだかスゴク恥ずかしい事を今、口にしたんじゃないのか?という思いと、なんだか急に拍動を早めた心臓を無視できない自分とが葛藤する。
「男は、愛することで幸せを掴むんだ」
「ちょ、え?なに?」
自分を見つめるシンバの実直な瞳がやけに気になる。
その視線が無言で伝える内容がなんとなく解る気がしてルルリアは焦った。
知っている。
シンバはあんまり冗談を言わないヤツだ。
いつでも真っすぐで本気だ。
狩りでもなんでも、彼はいつでも。
「ルルリア」
「は、はい」
シンバは自分にも、いつも真っすぐ向き合ってくれていたのを……。
「俺は、君を愛しています」
わたしは、知っていた。