「これ!赤くてかわいい!」
「スカーレットクィーン、か」
パパガイの手からリストをひったくり、一つのガンランスを指差しながらシンバに突きつける。
ルルの指がつついていたのは【スカーレットクィーン】という火属性のガンランス。
火力を重視した口径の大きい砲門に、まさに突き刺すことにのみ特化した太く鋭い針がセットになっているややクセの強い代物。
銃身がラメの効いた真紅に塗られた艶やかな一条だ。
ルルリアでなくとも目を引く目立つガンランスの一つに数えられるだろう。
だが、とりあえずリストを見ながら【ガンランス初心者】のルルリアにもっと扱いやすい物を選ぼうとするシンバであったが、彼のその気遣いを速攻で踏みにじった彼女は声高に言い放つ。
「親方、スカーレットクィーン一丁ッ!」
「おうよ!」
キラリと白い歯を輝かせたパパガイはGJサインを出した右手をそのまま手を広げてルルに突き出した。
「紅蓮石。たらねぇぞ、ルル」
その言葉にパパガイ親方の出した手のひらとゴツイ顔を交互に見比べ、ルルはにっこりと笑った。
「おまけしてよ♪」
「ダメだ♪」
これまたにっこりと笑顔のパパガイ。
素材も金額も、誰か一人にサービスするなら顧客全員に対して同じ扱いをするというのがこの頑固親父の信念。
いくら仲の良いハンターが相手であろうとビジネスはビジネスと捉える信頼のおける職人であった。
しかし、敵もさるもの。
「なにもぉタダでぇ、まけて貰おうとは思ってないよぅ?」と呟きパパガイの前掛けの胸倉を掴んでカウンターに引き寄せると自分も体を伸ばして親方の耳に唇を近づけた。
「……おっぱい、揉ませてあげても、いいかもよ?」
「しかも、ナ・マ・で」と耳元に囁く小悪魔。
トシを重ねた男やもめがその誘惑に一瞬だけその体を硬直させた。
「馬鹿。ハンターなら素材くらい自力で揃えろ。そしたら腕ふるってやるから」
しかし彼は、ルルの手を優しく振りほどくとその銀髪に手を乗せてぐしゃぐしゃとかき混ぜながら穏やかに言う。
「その取引条件は中々に魅力的だがな」と、がははと笑うパパガイは大人だった。
「ちぇ」と唇を尖らせたルルはそれ以上食い下がらず、シンバの手からリストを取り上げるとそれをカウンターに返す。
気分を害したわけじゃない。
失礼な申し出をした自分を何も言わずに許してくれたパパガイに視線で感謝してガルデニアを出る。
「それじゃ、火山地区に行って紅蓮石掘って来るか」
工房のドアを閉じると同時にシンバが言う。
パパガイとの頭の悪いやり取りを聞いていたにもかかわらず、彼はそれをたしなめない。
ルルリアはふいに自分が色んな人たちに気遣われていることに気付く。
自分はどうだろう。
周囲の人たちの為に何かしたことがあっただろうか。
シンバは自分を愛している、と言ってくれた。
好き、ではない。
「好きという気持ちはとうに超えた」と照れながら伝えてくれた。
わたしは、どうだろう。
彼のことを、愛せるのだろうか?
思考が螺旋下降していく。
代わりにマイナスな感情が鎌首をもたげ、不安な思いがちろちろと舌を見せる。
急に脳裏に思い出されるデイジーの幸せそうな顔。
自分が抱える『闇』はいつか皆を巻き込むのではないか。
ヴァリオンは自分の味方だと思っていた。
だから彼を『巻き込んだ』としても構わない、とどこかで思っていた自分がいたことに戦慄したのはつい最近。
今は違う。
ヴァンはもう彼一人の物ではない。
デイジーの幸せの源でもある。
兄と親友の素敵な関係、それは悲しくも喜ばしい事実と認識している。
兄の幸せは妹の喜び、いままで散々迷惑をかけてきたあの人の笑顔は本当に嬉しい。
ディズにしても同じだ。
初めて出来た友達、お互いにじゃれあって言いたい事も言い合えるそんなステキな関係をくれた彼女の幸せを祝福してあげたい気持ちは確かに在るのだ。
わかっている。
わかっているの。
でも、心の奥底でなにかがくすぶっているのも感じるの。
ルルリアは複雑な思いをどうにか整理しようと自分の感情に白黒つけたがっていた。
だがそれもまた、どうしてか遅々として進まない。
『わたし』は一体、何がしたいのだろう?
「大丈夫だって」
不意に、柔らかな声を受け取った。
シンバの言葉にはっとして彼を仰ぎ見る。
彼の瞳はいつもどおり。
その微笑も普段と変わらない。
けど、彼の声には不思議と安心を感じさせた。
先の病室での衝撃的な一言からこっち、無意識のうちにシンバの言葉を聞き漏らすまいとしている自分がいることは薄々気付いていた。
ルルリアの心を思いのほか強く揺さぶっていたシンバの言葉は、彼女の今までの思考傾向を変えてしまう程の影響を与えていた。
シンバの素直な言葉はルルの無垢な部分を刺激し、この数時間で急激にルルリアを大人にしつつあった。
無論、それは彼も彼女も意図したものではない。
まさに、シンバの気持ちがルルリアに伝わった、ということの表れ。
求められる喜びと他人の気持ちを汲み取る事、それはルルリアにとって新たな世界。
元来の性分はそう簡単には変わらない。
だが、思いというものは不確かで移ろう物。
今のルルリアの思いはこれまでになく素直な境地にあった。
「大丈夫って、なにが」
「いっぺんに抱え込んでも何も解決しないよ。一個づつ、やってこうぜ」
「一緒に、さ」と小さく続け赤面する彼のその仕草に、ルルは自分でも不思議なくらいほっとした。
落ち込んでいたマイナスな思考が急激にいつものテンションに戻ってゆくのがわかる。
そうか。
わたし、まんざらでも、ないんだ。
テレテレとしながら人差し指で頬をかくシンバを横目で見上げ、改めて自分の思いを整理する。
うん。
嫌いじゃない。
もしかしたら……好きなのかな?
「……わがんね♪」
「な、なんだよ」
急に見つめられて、それで嬉しそうな響きで投げつけられた言葉にシンバのハートが強く跳ね上がる。
ルルリアの温度が急に変わった。
それは、もしかしなくても自分が求めたグラフを描いているように思う。
きっとルルの中で答えが一つ、出たのだろう。
さっきまでも上滑りなテンションだったが、ここに来て彼女の存在がより強くなった。
ルルリアは、自分を受け入れてくれた、と確信できる。
それはうぬぼれでもなんでもない、事実としてシンバは感じ取っていた。
「シンバ」
「ん?」
左隣で並んで歩くルルリア。
思い返すに、コレは珍しい。
今までのルルの歩調は自由で気ままなものだった。
時に早く、時に遅く。
立ち止まり、いなくなることが普通だった。
だが、今はどうだ、シンバの隣を意図的に選んでいる。
「……ありがと、ね」
そう言ってふわりと微笑む彼女の精一杯の返事に胸の高鳴りが増してゆくシンバ。
その笑顔に確信を込めて思う。
自分は、彼女を護れると、愛せると。
そしてルルリアも思う。
今までの不安を抱えた自分を捨てたい。
これからは、己が力を他人のために使いたい。
いや、使えるようにしなければならない。
一人ではないのだ。
少なくとも、自分には猟団の仲間がいる。
世話焼きな兄貴といいたい事を言い合える友達……ということはアレが、ディズが自分の姉貴になるのか?
急に笑い、ふきだしたルルリアを訝しげに窺うシンバと目が合う。
この人もいてくれる。
こんなわたしを、愛してくれるという、シンバが。
そうだ、わたしも願おう。
わたしも、人を支えたい。
愛したい、と。