『やだなぁ、アレきっと熱いンだろうな』とやけに冷静な自分。
…………。
加速度を増し、ぐんぐんと落下してゆくはずの自分が、なにかにひっかかったのか空中に静止している。
左の手首が強烈に締め付けられ、痛い。
「る、ルル……そっちの手も、よこせ、ほら」
シンバである。
欄干の手すりに自分も必死に掴まりながら、離してたまるかと決死の表情でルルリアの手首を捕まえていた。
いくら小柄なルルとはいえ、人をひとりぶら下げるのは中々に骨が折れる。
気球の不安定な揺れも相まって、シンバは結構大変だった。
でも、それでも彼は引きつった笑顔を彼女に向け続けた。
我に返ったルルリアが残った右手で自分の手首を掴んだのを確認し、持ち替えてお互いにしっかりと手を握り合う。
ええい、ここでコイツを引き上げられなきゃ、さっきまでのいい雰囲気が本気で無駄になるじゃないか!とシンバは頑張る。
ゆっくりと上がってゆく目線の先で、シンバが額に汗を滲ませている。
「なんだろ、もしかしてあたし……重い?」と悠長な事を考えられる自分が可笑しい。
なんだかんだ言って、きっとあたしはシンバを信頼しているのだろう。
この握った、握り合った手を、この人は決して離すことは無いのだろうと、確信している自分がいた。
外装のでっぱりに足をひっかけ、欄干を掴んだルルリアは自力で甲板に帰還する。
「はぁ、やれやれ。危なかった」と脳天気に両手についた埃をパンパンと落とす彼女をシンバが抱きしめる。
今までに無いくらい、きつく抱きしめる。
「え、ちょ」
「よかった……」
シンバが滲ませる涙を見て、ルルリアは今更ながら思う。
自分に降りかかった死の危険を、この数秒で散るはずだった人生を救ってもらったことに。
そしてそれは、当然や必然ではなく、シンバの必死な行動によって護られた事に。
「……うん、ありがと」
「よ、かった」
銀色の柔らかな髪に顔をうずめて泣きはじめたシンバの背に腕をまわし、自らも少しだけ力を込める。
彼がさっき掴んでくれた手首が痛い。
でもそれはルルリアの心にじんわりとした暖かさも運んでくれる痛みだった。
なるほど、愛されるのも悪くない。
これが、女の特権か、うん。
「……悪く、ないね」
抱き合ったままの良いムードの二人に、切羽詰った言葉がぶつかる。
「お二人とも、いい雰囲気のトコ悪いけどニャ」
「そろそろ手伝ってくれニャいかニャ!」
「元はといえばアンタらの性ニャんだからニャ!」
周囲のネコ達からやいやいと飛ばされる野次を受け、我にかえって気球の姿勢を整える作業に加わりロープを安定させるシンバとルル。
考えたらまだ全然、危機を脱しては居ないではないか。
それでも互いに顔を見合わせてふき出してしまうルルリアとシンバ。
結構危ない目にあった気もするけど、なんだか一気に距離が縮まったような気がする二人だった。
◆
「で、アイツら修理も手伝わないで行っちゃったンかニャ」
「オスの方はともかく、あのメスの方は絶対役に立たニャいニャ」
「それもそうだニャ」と相槌を打ったネコがフン、と鼻を鳴らす。
酷な環境からやや離れた静かな湖。
火山活動のなれのはてであるカルデラ湖畔に設置されたハンターズギルドの係留柵に繋ぎとめられた気球のデッキでのやりとり。
件の事件からどうにか墜落は免れ、なんとかコントロールしつつ予定の地点にたどり着けたのは奇跡かそれとも偶然か、はたまた当然か。
終わってしまえば何のことは無い。
ただ操舵ハンドルが壊れただけ、である。
こうして地表近くに下りてしまえば後はソレを修理すればよいだけのことである。
ネコ達はああ言ったが、実はシンバは修理の手伝いを申し出ていた。
それを断ったのはかわいそうにも毛のコゲた操舵ネコでもあるリーダーネコだった。
「ハンターさんにそんニャことさせたらギルドネコの沽券にかかわるニャ」
とかなんとかプライドめいた事を口走っていたのが彼の貧乏性を表している。
そういや彼はさっき空中ではルル達に手伝いを強いていたが、アレは彼のプライド的にどうなんだろう?
そんなわけで、通常であればハンターをフィールドまで送り届けた後はスタコラサッサとギルドに帰る気球だが、修理が済むまで帰還はお預けとなっていた。
◆
「…火山、か」
「うぅ…シンバ、根に持ってる?」
ここでそんな風に上目遣いをするなんて、ルルリアよ。
それはズルいってものだ。
ルルリアと一緒に火山に来るとどうしても思い出してしまう、あの『裏返った彼女』。
金色に光る体と瞳、それにありあまる殺意。
あの時、黄金に凍った視線で掴まれたのどを無意識にさする。
「や、うん、根に持ってはいないよ。お前のこと、怒ってないって言ったろ」
「うん…、でも、ごめん」
しょんぼりと下を向いてしまう彼女を見て、なんだか自分のほうが悪い事をしたように思ってしまう。
とりあえず、今回は狩猟ではない『採掘』のために来たんだ。戦う相手が居なけりゃルルだって『暴走』することはないだろう、と思う。
隣を歩くルルリアをちらっと横目で確認する。
今の会話で普段の明け透けな脳天気さは無くなってしまった。
が、しかしなんだ、その格好。
ルルは基本的にロングヘアに分類されるその銀髪を纏め、ドスビスカスと七色たんぽぽを加工した装備であるメルホアの髪飾りで留めている。
全身、『メルホアシリーズ』のルルリア。
なんだろう。このやけに「女の子らしい」格好のルルは。
メルホアは見ての通り、採取系で素材を揃える防具。
それはドスビスカスの花だったりエールナッツの殻だったり、七色たんぽぽという存外に派手な色彩を放つ草だったり。
それらを紡いで織り成してこしらえる、鎧というより服は、彩りも華やかなワンピースだったりする。
花びらを模したフレアスカートがふうわりと広がって、袖口なんかもこれでもかというくらいにフラワーなカンジ。
優しげな赤、いや紅赤色と、淡い黄色、いや菜の花色の取り合いはそれはもう見事なまでに性別を強調する。
いやさ、それはシンバの偏見かもしれないが、赤や黄色のふわふわの服って、男には似合わない気がしないかい?
「なによぅ」
「い、いや。うん。カワイイな、と思って」
「う?…そうでしょ?あたし結構メルホアって好きなんだ。でもパパガイがさ、もうちょっとセクシーな色に染め直してやるって言うんだよね」
「紫色も嫌いじゃないけど、やっぱ赤い方がカワイイよねぇ」とにこにことのたまう彼女にシンバは生返事を返す事しか出来ない。
オレハ、オマエガ、カワイイッテ、イッテンノ。
メルホアシリーズの魅力についてべらべらとしゃべるルルは既に普段のテンションを取り戻している。
まぁ、そんなふわっふわの装備の背中には真っ黒で太い、無骨なガンランスが無遠慮に引っかかってなんだかそのロリなイメージ(ヘンな意味じゃねぇよ)を台無しにしているが。
それでもルルがガンスを持ってきた、自分とのクエストに。
それは素直に喜ばしい。
きっとのんびりと散策できるこの『採掘クエスト』を利用してガンランスの練習をするつもりでもあるのだろう。
よし、なら自分も取っておきの必殺技を見せてやらないとな!
いや、しかしなんだ。
そのガンランスが気球での一件の元凶なのだが。
というか、弾丸を装填したならフィールドに着くまで安全装置を解除すんな、素人ガンランサーめ。
まずは基本から教えてやらないといけないのか。
と思ってよく見ると、トライファイアのロックレバーはものの見事に外されている。
というかレバー自体が無い。
「な、ルル。お前、安全装置のレバー、どうしたんだ!?」
「ん?取った。すぐに撃てないし、邪魔なんだもん。びょーんって伸びてて」
お前は絶対にガンランスを使うべきじゃない。
というか持ってもダメだ。
近づくな!
「えー。だってあのレバー、おっぱいに当たるんだもん。しかも、ちょうど…や、やっぱいい」
「ちょうど?ドコに?当たるんだ?」
あ、ものすごいジト目でにらまれた。
「シンバって時々凄くエロいよね」
「エロい!?オレが!?」
かなり本気の真顔で頷かれた。
あ、でもそうか。
前科あるもんな…。
そういえば俺はルルのおっぱい、見ちゃったんだよなぁ…。
「…触っただろ。見ただけじゃねぇだろ」
「はいすいません。反省しております」
話がおかしな方向になってきた。
修正しておかないとルルリアの怒りがぶり返す。
それは勘弁してほしい。
「そ、そうだ紅蓮石、何個必要なんだっけ?」
「……。言っとくけど、あたしそこまでバカじゃないからね?これからもそうやって事あるごとに誤魔化すなら、アンタとの事考えるから」
いーっ、と犬歯を主張して威嚇されるまでもない。
重々承知しております。
「んで紅蓮石四つだよ」とにっこりするキミのそのさっぱりした切り替えの早さも魅力的だな、とか思う自分は結構末期症状だなと思った。