そして頭を下げるシンバの礼の言葉を聞かず、つかみ合いになりつつあったカノジョと妹の間に割って入り二人をこづくのだった。
「デイジー、大人気ないからよせ」
「えー?私が悪いの?」
端正な顔を膨らませてデイジーがヴァンにぶーたれる。
「あたしがガキだってのかよー」
なぜかルルリアもぶーたれる。
今の今まで低俗で頭の悪い口げんかをしていた二人が急にタッグを組んでヴァリオンに噛み付く。
「大体、ヴァンがルルの面倒を見なかったのが悪いんじゃない」
「そうだそうだ。ヴァン兄があたしの面倒見ないのが悪い!……う?」
デイジーの尻馬に乗っかったのは良いものの、どうにも釈然としないルルリア。
小首をかしげてアホの子丸出しである。
ああ、もう面倒くさい。
ヴァリオンもそう気が長い方ではない。
短慮ではないがのん気でもないのだ。
「わかった、わかった。ルル、お前の好きなようにしろよ。でもシンバだって生きてるんだからな、あんまり振り回して早々に壊すなよ?」
「…なんて言い草だよ…」
オレはルルのおもちゃかなんかかよ。
先刻ヴァンに乱された髪に櫛を入れつつシンバがぶつぶつと文句をいう。
「それからディズ。俺たちの秘密をこんなとこであけっぴろげにするなよ。恥ずかしい」
と言って彼女の額にデコピンを一発。
ブロンドを真ん中分けにしているデイジーのデコは非常に狙いやすく、ベチンと良い音を立ててヴァンの指がヒットする。
「イテ!…ひっどい!なにすんのよ!」
薄赤くなったオデコをさすりながらディズが食って掛かるもヴァンはどこ拭く風だ。
カウンターに向かってジョッキを上げて追加を注文する。
「あーあ、ヴァン兄拗ねちゃった。」
ルルが肩をすくめて「つまんね」と続ける。
こうなると、彼はいくらイジっても面白くない。
そこでルルリアはヴァンのおかわりジョッキを持ってきたウェイターの袖を捕まえて壁に掛かった黒板に『オススメ』と書かれた定食を指差した。
「カジキマグロの刺身定食。ごはん大盛りで」
「あ、オレにもその刺身。単品で」
新しいビールに口を付けたヴァリオンも便乗注文する。
「かしこまりました」と下がろうとするウェイターの手からメニューを抜き取り、ヴァンとルルが次に頼む品を選び始めた。
帳面のあっちこっちを指差しながらあーでもないこーでもないと楽しそうな兄妹に、既に部外者になりつつあったシンバとデイジーは呆れて言葉がない。
「ルルの自由っぷりのモトがわかった気がする」
「わたしもわかった気がする」
そうこうするウチに追加注文が決まったのか先程のウェイターを呼びつけてソーセージだか揚げ物だかを頼むとメニュー帳を返してしまうヴァン。
ルルはルルで今度はクリームソーダの氷にストローで息を吹きかけ、穴を開けるのに夢中である。
「…デイジー。お前、きっと苦労するぞ」
「…あんたもね、シンバ」
小さく言葉を交わし、同時にため息をつく二人。
これまででわかっていた様な気もしていたが、この兄妹が一筋縄では行かない一面を持っていることを期せずして同時に目にしてしまってげんなりする二人。
そして自分たちの食事を注文するために三度例のウェイターを呼びつけるハメになってしまい、彼のやや引きつった営業スマイルに恐縮するシンバとデイジーであった。
◆
「じゃあなんだ?一週間プーかお前ら」
「プー言うなし!」
「狩りに出ないモンハンなんぞプーと変わらんだろ」
赤ら顔の兄貴分が吐き捨てる言葉に対し「だからそのプーってのやめてよ!」とルルが吠える。
だが期間限定であれなんであれプーになるハメになった原因を作ったのは自分であることも理解しているルルリアはそれ以上強気に出られない。
しかも自分だけでなく、今回はシンバまで巻き込んでいる。
それがまた、ちょっとだけ心苦しくもあるのだ。
「まったく、要領が悪いわねあんたも。ギルドネコは賢いんだから」
「あんたよりもね」と余計な一言を付け加えたデイジーの皿から生ハムを掠め取るルルリア。
ディズの文句が口から出る前に彼女のハムはルルの胃袋に飲まれてしまう。
もはや泥棒ネコ、メラルー並の域の早業である。
デイジーの軽口が原因か、生ハムが原因か。
女二人がまた互いに火花を散らし始め、ヴァンとシンバがやれやれと肩をすくめた時、そのシンバの首に後ろから腕が回された。
「やほー。シンバちゃん♪」
その声に、シンバの手からフォークが落ちる。
ソレは皿、テーブル、床とそれぞれ違う金属音を奏でていった。
ヴァリオンがジョッキを口に付けたまま、その声の主と脂汗を流すシンバを見比べる。
ルルの皿から半漬けになっているカジキマグロを盗ってやろうと隙を窺っていたデイジーが、その声の主と脂汗を流すシンバを見比べる。
なぜオレが脂汗を流しているかって?
なぜオレが脂汗を現在進行形で流しているかって?
それはルルリアさんが、凄く燃え盛った瞳の冷え切った凍える視線でオレを睨みつけているからです。はい。
「…どちらさんですか?」
「わたし?そうね、シンバちゃんの昔の彼女ってトコかな♪」
ルルの低いトーンの質問に、真逆の明るさで答える謎の女。
「ほぅ…昔の彼女さん、ですか」
「そ♪…なんだか皆さんがとても楽しそうだったからつい声かけちゃった♪」
ルルの低いトーンの返事に、真逆の明るさを持って応じる謎の女。
その間もシンバの首を後ろから抱きしめたまま、ニコニコと笑顔で彼に言葉をかける。
「久しぶりだねぇ、元気みたいで嬉しいよ♪」とかなり馴れ馴れしいご様子。
まぁ。
別に。
気に…。
なるぞ、ちくしょう。
誰だその年増。
少なくみてもシンバよりも上に見えるんですけど。
ねぇ、シンバさん。
その人、誰よ。
つか、ソイツ何よ?あぁん?
ギンギンと鋭い目力がシンバを射抜く。
ヘビに睨まれたカエル、ネコの前のネズミ、ウの前のアユか。
まさしくルルに睨まれたシンバであった。
正面に座るルルの上目遣いが怖い。
媚びる上目は可愛いけど、今のソレは明らかに異質だ。
というか、ルルだけじゃない、ヴァンもデイジーもなんだか冷たい視線をオレに向けている気がするのだが。
「向けてンのよ」
ディズのツッコミが痛い。
あ、はい。
んじゃ、ご、ご紹介しま…す。
「り、リーナ姉さん、です。キャッツの寮の向かいの洗濯屋さんの」
「リリーナさんですねよろしくですルルリアですよろしくです」
怖いです。
オレの台詞をぶった切った棒読みと、1ミクロンもズレないでオレを射抜き続けるその視線が怖いです。
「リーナ、です。よろしくね、ルルリアさん♪」
ここでやっとリーナはシンバの首っ玉を解放する。
が、姿勢を正したリーナの胸元を見てデイジーが小さく舌打ちした。
"ちくしょう、スイカかよアレ“
シンバの巨乳好きにも呆れる、ってーかヴァンはどうなのよ。
ちらりと見るとヴァンはリーナにはほとんど関心を示さず、やや冷めたソーセージをかじっているところだった。
"さすがダーリン♪動じないところがステキ♪“
「で、貴女がシンバちゃんの現彼女さん、で良いのよね?」
今度はシンバの頭にその胸を乗っける形で身を乗り出し、ルルに言葉を放るリーナ。
この人が自分を挑発しているようにしか見えないルルはビタ一文笑うことなく『それがなにか?』と、けんか腰に返す。
「やーねぇ、大丈夫よぉ。シンバちゃんとは完全に切れてるから。今更何もしないわよ♪」
ルルの敵意は十分に伝わっているのだろう、しかしリーナの方が上手なのは間違いない。
彼女はケラケラと笑いながら手をヒラヒラさせてルルをあしらう。
「シンバちゃんも変わらないわねぇ。やっぱりおっぱいが好きなんだ。結構おっきいコだねぇ」
「おい、リーナ!そんな言い方無いだろう!」
自分を刺し続けたルルの目に、ちらりとよぎった失意を見逃さなかったシンバがリーナを振り払う。
やや声を荒げたシンバにリーナが少し驚いた風に目を見開くも、すぐに笑顔を作ると彼女はその藍色の髪をかき上げた。