そんな仕草一つ取っても、まことしやかに女らしい人だとルルリアは思う。
悔しいが、自分には到底出せない色気がある。
いや、でもこのリーナという人は自分でも言っているじゃないか。
シンバとは既に関係ないと。
それに、自分がシンバのことを異性として意識し始めたのは最近、というか、今日の午前中のことじゃないか。
シンバの過去どころか、彼の性格や嗜好だって全然わかっていないのと同じようなもの。
彼の昔の女に出会う、こんなこと程度でイライラする資格など今の自分には無いに等しいのではなかろうか。
なぁ、あたしよ。
ならばここは一つ、大人なルルというものを皆に見せ付けてやろうじゃないか。
あたしだって、やりゃぁ出来るンだってばよ!
「ええ、彼ったらわたしの胸が好きで好きで仕方ないんですって♪ほんとに甘えん坊で困りますの♪」
手の甲を口元に寄せ、おほほほ、と上品ぽく笑うルルリア。
小指をちょっと立て気味にしているところがポイントらしい。
「あらやっぱり?シンバちゃんはほんといつまでたっても赤ちゃんなのねぇ」
リーナも同様ににっこりする。
あちらは堂に入った立ち振る舞いである。
ま、負けられない!
「この間だって…」
「まぁ、そんなに?」
「そうなんですのよぉ」
「あらあら、大変だったわねぇ」
「本当にカレったら…」
「まぁ、そんなことが?うふふ♪」
あー!やっぱ無理!…お願い!誰か、あたしを止めてぇ!
こんな自分でもアヤシイと思うお嬢言葉なんか使えないってば!
一生懸命テレパシーを送るも、シンバを含む三人それぞれがドン引きしているのが解る。
ああ、そうでしょうとも、そうでしょうとも!…でも、あたしだってなんでこんなことになってんのかわからないンだよぉ!!
くそぅ、やっぱり誰も助けてくれない。
これも日頃の行いのせいなのか。
頑張れ、あたし…。
「…あ、リーナさんごめんなさい、わたくしちょっと、お化粧直して参りますわ」
「あら、引き止めてごめんなさいね。ルルリアさん。また今度ゆっくり話しましょうね♪シンバちゃんを肴にして♪」
以外にもあっさり解放してくれるリーナさん。
実際、ちょっと話してなんとなくわかったけど、全然挑発なんかされてなかった。
きっとこの人、天然ってヤツがちょっと入ってるだけなんだろう。
ああ、だったらなおさらさっきまでの自分のとった態度が恥ずかしい…。
ばいばい、とにこやかに手を振るリーナに見送られてルルは店を出る。
後ろのテーブルには完全に取り残された三人がポカンと口をあけて事の顛末を見ていた。
い、今のルルは何だったのだろう。
いや、アレはルルでしたか?別の生き物だったンじゃね?
「いい子ねぇ、ルルリアさん。シンバちゃん良かったねぇ♪おしとやかでステキな彼女が出来て♪」
「お、おしとやか…?」
「お、おしとやか…?」
「…へっくしょ!」
くるりと振り向いたリーナ女史の毒の無い笑顔がどうしても正面から見られない。
シンバとヴァンが互いに顔を見合わせ、嬉しそうに微笑むリーナを横目で見ながらディズがくしゃみをして鼻をこすりあげるのだった。
◆
ルルリアは店内に戻ってこない。そりゃあれだけキャラに無いことをした後だ。
身内に顔を見られたくないだろうとは思う。
ルルだって恥ずかしいだろうしさ。
「…あのコ、お化粧直すって言って化粧室行かないってのも大胆よね」
ディズがグラスの氷をからからとまわす。
「あん?…ああ、なるほど。しかし、あのご婦人はソレすら解ってないようだが」
そう返しながら、ヴァンはカウンターに座るシンバとリーナの背中に目を向ける。
つい今しがた、数分だけシンバを借りたいとの彼女の言葉を受けたばかりだ。
「ちょっとだけですから」と言って二人はグラスを持ってカウンター席に移っていた。
まぁ、声のかけ方からしてちょっと不自然だったからな。
なんか、あるんだろうさ。
そう機微を読むヴァリオンは大人だ。
「…ね、ヴァン」
「んー?」
がたがたと椅子を寄せて顔と体を近づけてくるデイジー。
彼女はとにかく酒に強い。
下手すると自分より呑んべぇなのではないかと思ってしまうくらいの酒豪だ。
だから、そんなディズの内緒話はシラフの時と変わらず意味を持っている。
「ルル、ほんとにシンバと突き合うのかな?」
「ランスとガンランスでやるんかな?」と含み笑い。
「付き合う、だろ。ヘンな誤植で意味を混ぜ返すな」
「ふふ。私の勝手な意見、口出ししていい?」
「…ああ」
てへへ、と舌を出すディズ。
そして顔を切り替えてからの本題か。
食えない女だよ、お前も。
了承はしたものの、今日の酒は非常に不味い。
一口目からルルリアの爆弾発言を無理やり肴にさせられたようなもんだ。
酒が美味いわけが無い。
これでもオレがずーっと面倒みてきたンだ。
アイツはオレにとって妹であり家族であり、下手すると娘みたいなモンである。
それを、なんだ。
奪われるっつーか、さらわれるっつーか…。
いくらシンバを一目置いてるって言ってもソレとコレとじゃ、問題の程度が違う気がするンだ。
いやシンバが嫌いってわけじゃない。
ヤツはあれで腕も立つし真面目でイイヤツだとは思うよ?ルルのことを好いてくれてるわけだし、良いとは思うよ?でもなんか釈然としねぇ。
「…ね、聞いてる?ヴァン」
「う?…あ、ああ。すまん、聞いてなかった」
「もぅ、ショック受けすぎだよ」
そうかもしれない。
自分でも動揺しているのが解るよ。
『あたし、シンバと付き合うから』
さっきからずっと耳に残っている、あいつの台詞だ。
それも、しれっと言い切りやがった。
それも、オレの目を見ながら、だ。
あんな顔、見たくなかったよ…。
あいつ、迷いの欠片も見えなかった。
「だから…ねぇ、そんな落ち込まないでよ。ヴァン…」
落ち込む?オレが?
「ヒドイ顔してるよ…。なんか、泣きそうな顔」
泣く?オレ…が?
「…あのコらしいよね。いきなりで、唐突で。結論から入るの」
「でも、すっごく嬉しそうな、とっても楽しそうな顔してた」
ああ、それはオレも感じたよ。
あのやろ、ここ一番の笑顔で発表しやがった。
オレだってあんな顔見ること少ないってのに。
「だからさ、ヴァン。私たちが一番に喜んであげようよ」
「お兄ちゃん、って立場からすると複雑かもしれないけど…」
「でも、シンバって結構イイヤツだからさ。きっと大丈夫だよ」
…そう、かもな。
「うん、そうだよ」
…そう、かも…な。
でかい背中を小さく丸め、ヴァリオンが肩を震わせる。
男の意地か、嗚咽を漏らすのだけは、歯を食いしばり断固として我慢しているようだが、膝の上でかたく握り締めた拳にはたはたと熱い雫が落ちる。
それはルルリアを思う家族の情愛か、はたまた悔し涙か。
ヴァリオンの密やかな男泣きをデイジーは穏やかな表情で見守る。
さり気なく彼の背をぽんぽんとあやしながら、ディズはヴァンの愛の深さをあらためて知る。
なんだかんだ言いながら、この過保護な兄はあの自由奔放な妹のことが心配で心配で、そして、大好きなのだ。
いいな、兄妹って。
絆が目に見えて羨ましいな。
デイジーはいつになく素直にそう思えるのだった。