「じゃじゃーん!ここでリーナさんの恋愛力アップ講座ぁ♪」
「…は?」
カウンター席で声高に言い出したリーナ。
シンバのグラスの下に敷かれたコースターを抜き取ると、白紙部分にペンを走らせる。
いそいそと作業を進めるリーナにシンバはあっけだ。
「はい、それじゃはじめます!イエスノーで答えるにゃ♪」
「朝ごはんはしっかり食べる?」
「昼ごはんは抜く?」
「晩ごはんはお肉が食べたい?」
「おやつは必ず甘いもの?」
「夜食にお酒は付き物だ」
とても嬉しそうなリーナのテンションに中てられ、シンバも律儀に答える。
一通り二十問くらいだろうか、リーナの「♪」まみれの質問をこなしたシンバである。
「で、リーナ。これがなんの意味あるのさ」
後ろのテーブル席でヴァリオンとデイジーがなにやらイチャイチャしてる気がしてならない。
あいつらもホント、空気読まないっていうか、肝が太いというか。
とりあえず心の中でヤツらにツッコミつつ、深刻そうな表情でコースターに書かれた自身の回答を見つめるリーナにも突っ込む。
彼女は、ゆっくりとこちらを向くと、もったいぶって口を開いた。
「…シンバ。あなた…」
「な、なんだよ」
「あなたを…」
「う、うん」
重々しい間の取り方にごくり、とシンバの咽が鳴る。
「…調理器具に例えると…」
「う、うん…え?」
「急須の中の漉し網、ですね♪」
「…へ?」
「急須の中の漉し網のあなた!あなたは縁の下の力持ちでしょう!」
きらりーん☆という効果音が聞こえて来そうな笑顔のリーナ。
「あなたが無ければ、急須の中のお茶葉はお湯のみの中に流れ出てしまいます!」
両手でコースターを持ち、嬉々として診断結果を読み上げるように述べる。
「熱いお湯の中でひしめくお茶葉に目詰まりしながらも、素敵なティータイムの為に頑張れちゃう♪」
「みんなの笑顔のためにはなくてはならない存在でしょう!」
彼女は、屈託無く笑いながら諸手を打ち本当に楽しそうだ。
確か、俺の記憶が間違ってなければ三十路超えなんですが、この人。
相変わらず年齢を感じさせないというか、若い気満々というか…。
ちょっと、トシ考えろよ。
なぁ、姉さん。
「でも油断は禁物です。すぐに洗わないと乾いたお茶葉でカピカピになって茶渋でヘンなアクまみれになっちゃうかも!」
「…なんだよ、それ」
それじゃモ○ゲーの無茶診断だよ。
「そんなあなたの将来は…」
他愛無い酒の席での余興。
思い返せばリーナはこういった占いや性格診断をよくやってくれた。
なら後ろのテーブルでなんかごそごそやってる二人も巻き込んでオカシい占いでもやってもらったほうがよかったんじゃないの。あの二人が自重するような結果のヤツを仕組んで。
「間違いなく『黄金の龍』に不幸にされます」
リーナの声色が急に変わる。
今までの明るさを装った口調では無い、本来の口調に戻る彼女。
先刻リーナが出てきて、ルルと絡んだときからずっと感じていた違和感。
その人当たりが良いそれは昔の彼女には無かったものだった。
「…なんだよ、それ」
レモネードはいくらも残っていない。
リーナは初めから何も飲んではいない。
シラフな二人。
つまりはそういうことだ。
彼女は、シンバのこれからを"視た"のだろう。
だから、ルルリアを“追い出した"のだ。確かに彼女の職業は洗濯屋の看板娘。
しかし、別の顔は本物の占い師。
それも“透眼のリーナ"と呼ばれた彼女は事実を視る事が出来てしまう。
実はリーナもまた苦しみと闇を抱える身。
シンバとの過去で彼女が自分を許せた経緯は機会が有れば語られよう。
だが、今、シンバの心に住み着いているのはアイツなのだ。
過去に好きあった者同士とはいえそんな甘い雰囲気になるハズも無く、シンバもまったく望んでいない。
そんな彼の心も“視える"のか。
リーナは表情をわずかに曇らせる。
そして彼の責めるような視線を受け止めながら、親指に乗せたコインを弾いた。
それはまだ彼らが付き合っている頃、事あるごとに繰り返された戯れ。
「裏」
シンバが呟くと同時にリーナがぱしん、とコースターを打ち下ろし、カウンターとの間にコインを挟む。
コインの目を確認するとリーナは小さくため息をついた。
「…悲しい、事実よ」
耐えられる?と呟く彼女にシンバは目を逸らさずに頷く。
「薄々、知ってるよ。俺も」
「…そう、なんだ」
リーナの方がつと目を伏せる。
沈黙が流れる。
それはリーナの迷い。
シンバは一言も語らず彼女の言葉を待つ。
「…私が視たのはね、紅い瞳の黄金の鱗の龍よ」
「あかい、ひとみ…」
真っ先に浮かぶルルリアの顔。
だが、続けられた彼女の台詞にある“黄金の鱗"というワード。
あの日、自分の前に現れた『龍化』した金色のルルリアが、無邪気な顔で笑うルルの肖像を塗りつぶす、食い荒らす。
散り散りになるルルの姿に、彼は想像だと理解しつつ戦慄する。
「街が燃えてた」
「人が傷ついてた」
「…それに」
ぽつぽつと言葉を区切るように話すリーナ。
そして少し溜めた後。
「あなたが、泣いていたわ」
「それが一番大きなヴィジョンだった」と続ける。
「だから約束を破ってあなたに話しかけたの」
「…そうか」
リーナの手元のコインはレウスの刻印、つまり…「表」。
ルールを曲げてまで忠告、いや警告してくれた彼女の心配が良くわかる。
それほど酷いヴィジョンだったのだろう。
「泣くくらいなら、止めればいいのよ」
「それは、出来ない」
彼女の気遣いを、少々強めに振り払う。
彼の言葉にリーナはとても悲しそうな顔を見せた。
そんな彼女に『ありがとう』と笑いかける。
余計にしゅんとしたリーナを慰める言葉を掛けず、シンバはそっとカウンター席を後にする。
立ち上がった彼の裾を摘まみ、リーナが未練のようにシンバを留めようとした。
「初めて、自分から好きだって言えた相手なんだよ。ルルリアは」
シンバの言葉にリーナの指先が僅かに揺らぐ。
「リーナ姉さんのことも、好きだったけど。オレはもうアイツの方が」
シンバがワザと紡いだ『ねえさん』という言葉に、リーナの指がそっと彼を解放する。
「そう……じゃ…がんばってね。シンバ」
閑静な店内のさざなみのようなBGMにかき消されそうなささやき。
シンバが去るより早くリーナは背中を向けてバーテンにグラスをもらう。
シンバはそんな彼女の後姿に、拒絶された過去を思い出してほろ苦い感情を思い出す。
そう、結局またリーナに辛い役目を押し付けた。
あの時も、そうだった。
無言でシンバを排除するような態度をとるリーナに、シンバはあらためて感謝する。
リーナが言うのだからこれから先、なにかが起きるのは間違いない。
その時、オレは泣くほど苦しむことが定まっているらしい。
「紅い瞳の黄金の龍…か」
口の中で反芻しながらヴァリオン達のテーブルに戻る。
なんだかヴァンの目がはれぼったいような気もするが、リーナの視たモノの方が懸念される。
自分の役割は一体、なんだろう。
視線だけカウンターに向けるとそこにリーナの姿はもうあらず、中身の入ったショットグラスだけがポツンと残されていた。
思わずきょろきょろとリーナの姿を探すシンバに、彼女とどんな浮気話をしたのか根掘り葉掘り聞いてくるヴァンとディズに真相を隠すことに決め、彼らにバカ話を振りつつ誤魔化すシンバ。
ヴァリオンがやけにつっかかってくるのをメンドクサく思いながら彼が思うのはやはりというか、当然というかルルリアのことだった。