轟々と燃え盛る炎。
崩れ行く建物、走る地割れ。
逃げ惑う街の人々。
傷つき倒れてゆく仲間、ハンター達。
愛嬌のまるで消え去ったモンスター達。
むせ返る血のニオイ。
眼前に広がる阿鼻叫喚は、そう。
夢だ。
リーナの言葉が、自分を惑わしている。
信じないわけじゃない。
アイツの視たモノは、これまでに外れたことが無い。
だけど。
自身の瞳が周囲の地獄絵図よりも信じたくないモノを捉える。
ソレは翼を広げる。
小柄な身の丈を覆うかのように広げられた翼膜。
ちりちりと大気を震わせながら舞う、細かな鱗。
ソレは大地を蹴り飛ばす。
めしり、と踏み込まれた足跡を残し、中天に飛び上がる黄金の体躯。
敵意をありありと浮かべ、左腕に光る剛爪を振りかぶった。
オレは、ソレを止められない。
オレには、ソイツを止める力が、無い。
がばりと跳ね起き、伸ばした右手で何かを掴もうとする。
「…ちく、しょう」
薄っぺらいかけ布団を握り締め、リーナの感覚に感応しかけた自分を苛む。何が黄金の龍だよ。
アレは龍なんかじゃない。
…ルルリアだ。
ヴァリオンが言っていた。
制御出来ない力は災害でしかない、と。
自分は災害となったアイツを、止める役目を…果たす、と。
その『役目』がヴァンから自分の肩に移っている事に今更ながら気付く。
「そういう、ことなんだよな」
嫌な寝汗で背中がびっしょりだ。夢見が悪いなんてものじゃない。
ふと、部屋の隅に立てかけてあるデッドウィングスペシャルに眼が留まる。
その砲門から放たれる弾丸が、竜撃砲の炎が、いつかアイツの金の鱗を傷つけなければならない時がくるのだろうか。
「冗談じゃない。なんでオレが自分のカノジョ…を」
彼女か。
そうだよ。
「俺がアイツを信じなくてどうすんだよ」
決めたじゃないか、自分で。
「どんなになっても、俺はルルの味方でいるって」
ぶつぶつと独り言を呟きながらシンバはベッドから降りる。
寝汗でベトついた体をタオルでふきあげる内に彼らしいポジティブな思考回路もようやく暖まってきてくれる。
いくらリーナが視たとはいえ、それは断片的なヴィジョンだ。
ルルリアが反転して街を襲うってシーンは確かに衝撃的だ。
でもリーナは『黄金の龍』としか言って無いじゃないか。
だからもしかしたら俺達の知らない新種の飛竜とかがいて、街を襲うのかもしれない。
きっとそうだ。
そう、考えよう。
そして、それに備えようじゃないか。
ルルリアと一緒に。
…その未来こそ欺瞞だ、と呟く自分がいるけど。
でも、シンバは無理に笑みを浮かべる。
冷静で冷酷な自分を必死で押さえ込み、シンバは鼻歌を吟じつつ下半身にタオルを走らせた。
「もしかしたら、ルルから使用許可が出るかもしんねぇもんな。息子よ」
わざとらしく下卑た笑いを唇に浮かべつつ、念入りに汗ばんだソコを拭く。
だったら朝風呂でも行って洗って来いというのだ。
「ねだるな、勝ちとれ。さすれば与えられん!」
体中を拭いたタオルを高く掲げ、シンバは英雄のように宣言する。
自分しかいない部屋の中で、独り言を言いながら何役もこなすシンバの心はちっとも落ち着かない。
必死に自分を励まし、保とうとするが、どうしても…。
かちん。
「ん?」
かちん。
ルルリアの部屋と違い、シンバのベッドは窓とは逆サイドの壁に置かれている。
宛がわれたばかり、と言ってよい部屋にはまだカーテンが無い。
彼は朝日の爽やかさは好きだがその直射で目覚めるのは好まなかった。
だから寝台は窓から対面の壁にぴったりとつけられている。
かちん。
今度ははっきりと見えた。
下から小石が投げられて窓ガラスを弾いた。
窓辺に近づき、カギなど掛けていない木製の窓を開き見下ろした。
「あ。やっと来た」
そこには案の定、ルルリアがいた。
彼女は左手を振りかぶった体で動きを止め、シンバが顔を出した事に嬉しげに微笑んだ。
と、同時にその手に持っていた石ころをポイと放り捨て、返す手のひらをこっちに向けて振った。
いやまて、まて。
いま捨てた石はどう見ても野球のボールサイズだろ。
小石じゃねぇよ、そりゃ石ころGだ。
なるほど。
今日の俺はツイているらしい。
ルルにガラスを破壊される前に気付けたのだから。
おーい、と自分を呼ぶルルリアの瞳の色がノイズのように自分の意識をかき乱す。
『…私が視たのはね、紅い瞳の黄金の龍よ』
リーナの言葉がリフレインする。
「…うるせぇよ」
口の中だけでリーナを荒々しく否定する。
俺は、ルルが好きだ。
ルルリアのこと、信じなくてどうして好きだと言える?
「おぅ!今行くからちょっと待っててくれな!」
「あいよー♪」
どす黒いネガティブなヴィジョンをくびり殺し、シンバはルルに向かって笑顔を向けた。
それを受けて返してくれたルルリアの顔もまたほころんでいる。
自分たちの時間は、まだ。
本当に始まったばかりなんだ。
とめないで、ください。
とまらないで、ください。
手早く着替えを済ませながら、なぜかシンバは涙が溢れ出してくるのを押さえられなかった。
◆
びっくりした。
びっくりした。
シンバ裸だったよ。
はだかだったよ。
ドキがムネムネしている。
違う。
胸がドキドキしている。
窓を閉めてひっこんだ彼の姿がやけに脳裏に焼きついている。
男の裸なんて、まぁ見慣れてるとは言わないけど、そんな珍しくもないのに。
ここに来る以前はヴァンとテント暮らしだった訳だし、そりゃぶっちゃけて言えばヴァンの股にぶらさがってるソーセージだって見たことあらぁ。
てやんでぇ。
だから。
だからシンバの上半身が裸だったくらい、なんちゃないハズなのに。
「バカじゃないの、あたし」
左手でパチンと頬を叩く。
昨日のリーナさんとかいうあの人の言葉のせいだろうか。
意識し過ぎているにも程がある。
程があるったら程があるんだよ!
柄にも無く、ルルリアの心臓は女の子だった。
今までそんなこと、殆ど感じたことは無かった。
それでも彼女のハートはうぶな高鳴りを覚え、ほっぺたはピンク色に染まる。
「…うぅ。なんかすっごく悔しいっス」
先程シンバの部屋に投げ込もうとした石ころを蹴飛ばす。
サンダル履きの爪先にじんとした痛みを感じたがそれでなんとか上気した顔をごまかせそうだ。
「いつつ…ちゃんとした靴買おうかな」
無駄に痛みが増してくる足先を持ち上げ、ルルリアはひとりごちる。
あんな重い石を彼の部屋に投げ込もうとしたのか、あたしは。
なかなか常識はずれでイイじゃないか。
そうこうするうち、玄関の観音扉が開かれてシンバが出てくる。
軽く息を弾ませているところを見ると、結構急いで支度してくれたようだ。
なんだかそういった細かいところが嬉しく思う。
寝起きだったのかちょっとばかり目がはれぼったいというか、そんな気がする。
「やぁ、待たせた。すまない」
ニカッと歯を見せるシンバの顔が直視出来ない。
自分の顔がまた赤くなってゆくのが自覚できる。
まったく、自分のチョロさ加減が嫌になって来る。
「ルル、どうした。顔が赤いぞ?」
「なんでもない、なんでもないよ。大丈夫」
「そうか?」と首をかしげるシンバに石ころを蹴飛ばした言い訳をすることも忘れ、ルルリアは顔の前でぶんぶんと手を振った。
ちくしょう、なんだかイヤに…カッコよく見えるじゃないか。シンバめ!
「で、どうするよ。今日から俺達一週間プーだぜ」
「プー言うなし!」
ニヤリとする彼の足を踏みつける。
大げさに痛がる彼のリアクションを見て思う。
そんなに強く踏んではいないつもりだが、シンバめ。
でも、おどけた彼の調子にいくらか気がまぎれたのも事実。
こほん、とルルリアは一呼吸置いて切り出した。
「お願いがあるの。シンバ」
「ああ、いいぜ」
「…返事、早くね?」
ズルいよ、コイツ。
ズルすぎるよ。
また染まり始めたほっぺたを彼に見られないように不自然に後ろを向くルルだった。