「お待たせ、って何、なに!?」
更衣室から出てきた彼女を出迎えたのは一人の女の子だった。
このガルデニア工房の紅一点、パパガイ親方の一人娘のデイジーがそのやや太めの眉を吊り上げ口をへの字に結び腕組みして立っている。
開口一番、彼女はルルを怒鳴りつける。
「なんであんた一人なのよ!」
いきなり訳がわからない怒声を浴びせられ、さすがのルルリアも目を白黒させる。
デイジーはややタレ目がちな瞳を吊り上げ、ルルをきっと見据えるもルルリアが解っていない事に気づきテンションをやや落としてさらに言葉を続けた。
「なんでヴァリオンは一緒じゃないのよ」
不機嫌な語調であからさまに不満を見せるデイジー。
流れるようにキレイなブロンドを三つ編みにして、鍛冶師の前掛けを着けているルルリアと同い年の少女。
ルルリアとはいい喧嘩仲間でもある。
そしてヴァンとルルがガルデニア工房を利用するようになった切っ掛けを作ったのが、他ならぬこのデイジー嬢であった。
デイジーは脇に大きな布包みを立てかけていた。
おそらく、先ほどパパガイが言っていたヒプノック希少種の素材を使った大剣だろう、とルルリアは推測する。
それにしては、ちょっと長過ぎる気もするが。
「ヴァンならまだトゥトゥに居るんじゃないかな。コレ欲しくて、先にあたしだけ来ちゃったから」
自分が酒場を出てきた理由を思い出し、ルルリアはその負の感情を悟られないように勤めて明るく、背中の無双刀を肩越しに親指で指しながら答える。
デイジーはその言葉にフンと鼻をならし「今はあんたに用はないの」と言い捨てて布に包まれた大剣を抱え工房を出て行こうとする。
「……あ、あんたの名前で呼び出しても、いい?」
と、ドアの前で立ち止まり、目線だけ寄越してデイジーは言う。
「私の名前じゃ、出てきてくれないかもしれないから」と小さく続けている。
その頬はまるで熟れたイチゴの様に真っ赤に染まって彼女のヴァンに対する想いを如実にあらわしている。
「うん。いいよ。でもディズが呼んでもヴァンは出てくると思うけど?」
そのデイジーの淡い想いを汲み取りつつ、ルルは微笑みながら答える。
その言葉にちょっとだけ笑顔を返し、デイジーは小さく右手を振ってトゥトゥに向かった。
娘が出かけたドアを見やり、親父であるパパガイは豪快に言い放った。
「ヴァンのヤツもアレでかなり鈍いからなぁ、ウチのディズの気持ちに気づくのはいつになるんだかなぁ?」
「がはは」と豪快に笑い、今度は目の前に居るヴァンの相棒の小娘に視線を移し親指をビッ!と立てた。
自分の作ったエッチな防具を着ている、実の娘と同じ年の少女に向かって「超似合ってるぜ!おっぱい娘!特にその【下乳】がいい仕事してるぜ!」とセクハラ上等な発言をする。
工房の職人も、やんややんやと騒ぎ始め、親方の偉業を称え始める。
「マイクロ当て布最高!」だの「あの【下乳】は神!」だのという賛辞を両手を挙げながら頷き受けるパパガイの尻をルルリアは思い切り蹴りあげるのだった。
◆
駄賃代わりに一回揉ませろとか寝言をいうスケベ親方の右顔面に無言で左フックを捻じり込み、工房の扉を力任せに閉めてのしのしと通りを行くルルリアに一人の男性ハンターが声を掛ける。
「よう、ルルリア。どこ行くんだ?」
黒いロングコートに銀板の装飾が施された防具を装備し、背中に【ショットガンランス】を担いだ背の高い青年が笑顔で呼び止める。
体つきもがっしりと逞しく、御面相も鼻筋が通ってなかなかカッコ良い。
凛々しい眉毛と優しそうな藍色の瞳がルルリアを捉え、彼はニカッと爽やかに笑顔を彼女に向けた。
その声に立ち止まり、つかつかと彼の前まで近づくとルルは思い切りその爪先を踏みつける。
めしッ、という鈍い音が響き、この可愛そうな青年はうずくまる。
ただ声を掛けただけでこの仕打ちは余りにもひどい。
ルルリアは悶絶する彼の前に立ち、ふんと腕組みしたまま痛さで声も出せない彼を見下す。
「き、機嫌が悪いな……いつつ。なんか、あったのか?」
挨拶もなく無言で行われたひどい攻撃にめげる事無く、引きつった笑いを向ける彼はドンドルマ市第二ギルドの専属猟団【ブラックキャッツ】に所属するハンター。
ふくれた顔でそっぽを向くルルに、左足の痛みを我慢しつつご機嫌を取る彼の名はシンバという。
事ある毎にルルリアにちょっかいを出してくる懲りないヤツだ。
別に軟派な男という訳ではないが。
「あんた、このカッコ見てどう思う?」
じとっ、とシンバをみやり、ルルは一言問いかけた。
やけに機嫌が悪い。
これは余程の事があったみたいだ。
いや、しかし、ルルリアの格好はマズいだろう。
青白いガルーダベストの珍しさもさることながら、彼女自身の持つ体の魅力はそれ以上だ。
鎖骨、おヘソ、太もも、それに胸に股間…どこを見ても男の生理現象を抑えるのが難しい。
というか、無理!
でもやっぱり一番は【アレ】に目が行ってしまう。
「え、や、も、揉みたい、かな?」
正直に答えたシンバは立派だ。
賞賛に値する。
だが、それは今のルルリアに対しては逆効果。
左足に続いて右足を思い切り踏みつけられてシンバはその場で悶絶する。
金具の付いたメラングリーヴのカカトで爪先を潰される痛みを耐える事は容易ではない。
そのままズカズカと去っていこうとする彼女に必死に追いすがりながら彼は準備していた用件をやっと切り出した。
「な、なぁ。午前中狩り行ってたんだろ?昼飯は食べたか?」
わざわざ速度を上げて歩くルルリア。
歩幅の差でどうにかその速さについて行きながらシンバは彼女を食事に誘う。
「奢るからさ」と屈託なく歯を見せるシンバにルルリアはちらりと横目で視線を向け「よし、いいだろう。ついてってやる」と偉そうに頷き歩みを緩める。
シンバはお気に入りの彼女が自分の誘いに乗ってくれた事を喜び、足を踏みつけられた痛みなど忘れてしまったように小躍りするのだった。
【キャッツ】が溜まり場にしている酒場に来るとシンバは周囲の仲間達に勝ち誇ったように満面の笑みを向ける。
誘っても【たまにしか】首を縦に振らないルルリアを今日は引き連れている。
今日は勝ったのだ。
嬉しそうなシンバにキャッツの仲間達が親指を立ててGJサインを送る。
どうやらここでもルルはある意味有名人のようだ。
シンバの向かいに腰を下ろすと、早速彼女の周囲には男性ハンター達が群がる。
各自がアルコールを持ち出しているところが下心が丸見えだが。
「あ、わたしお酒呑むとコレ、振り回すらしいンですよぉ♪」
「しかも無意識の内に」といいながらルルリアはズラリと無双刀を抜いて魂散る刃を露にしながらにっこりと最上級のスマイルを振りまき、周囲に群がった野郎共を可愛く威嚇する。
その可愛さより怖さが目立つ微笑みに波が引くように人垣が消え、ルルとシンバが残された。シンバはすでに慣れっこで、ルルリアがそういう行動に出ても動じていない。
「付き合ってる年季が違うんだよ、年季が」と勝ち誇っている。
ルルリアとシンバは、もちろんヴァリオンもだが、彼女がこの国に来て以来の付き合いとなる。
ルルリアとヴァリオンがまだ猟団に所属する前、一時期三人でパーティを組んでいた仲だ。
その時からシンバは彼女を気に入っていて、所属する猟団を違えた今でも、なにかといっては彼女の周囲に顔を出していた。
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