「…ゴホン、あーゴホゴホ。エヘン」
「おねぇさまったら♪」
突如、ベンチの背もたれ部分から上がった咳払いにルルとシンバは互い近さを認識してベンチのあっち端とこっち端に飛び退る。
その顔面は赤いペンキをぶっかけたように真っ赤。
「そんな照れるぐらいならこんな目立つとこでキッスなんかすんなよ」
「おねーさま、それキツい」
ニヤニヤとした顔で腕組みしながら見下ろす青髪。
その隣で常識的な事を口走りながらもやっぱり口元の薄笑いを隠しきれない赤髪。
マリアとミオである。
あっけにとられているシンバの耳にルルの舌打ちが届く。
「うっせぇなぁ。何しに来たんだよマーちゃんとミっさん」
照れ隠しが丸見えの突き出した唇。
照れ隠しきれていないその染まった頬のままルルリアはマリアに食って掛かった。
「別にぃ?ルルがその男となんかイチャついてるって聞いたから見物にきただけ」
「イチャ…いちゃついてなんかいねーよ!だれがシンバなんかと!」
おいおい、そんな強く否定しなくてもいいじゃないか。
ここ三日結構いい雰囲気だった気がしてた俺のワクワク全否定かよ。
「まぁまぁ、邪魔しちゃってごめんなさいルルさん。私たち消えますから」
「どうぞ続きを、どうぞどうぞ」とにこやかに薦めるミオ。
「「できるかッ!」」
意地の悪いミオの一言にルルとシンバの声がハモる。
「出来るかっ!…て言うってことは、ねぇ?」
「ですよねぇ?…なぁんかする気だったと」
「なぁにする気だったのかなぁ?」
「やぁん、おねぇさまったらぁ♪」
いやーなまったりした笑顔を貼り付け、マリアとミオが顔を見合わせる。
ワザとらしく口裏を合わせ、二人は『ねー♪』とルルとシンバをからかい続ける。
きゃいきゃいと楽しそうな女二人組みと対象的にわなわなと腕を震わせながら顔を上気させるルルリア。
もちろん、その染まったほっぺたは先刻のシンバとのキス未遂によるものでは、無い。
半分くらいは照れりこ残っているとは思うけど。
突如、シンバの耳に『ブチン』というルルのナニかが切れた音が聞こえた。
「…うる、さい。うるっさぁい!わかったよやってやんよ!やりゃいいんだろっ!」
「みてろこのヤロー!」と吠えたルルは急に立ち上がりシンバの前に立つ。
未だにベンチの座面からはがれない尻を意識していたシンバ。
それはこのルルリア一味の女の子たちの輪に入る必要を感じていなかったシンバを急に巻き込むハリケーン。
ルルの決意じみたその眼差しはしっかとシンバを捉えていた。
そして…。
「え、あ、どしたの、かな?ルルリアさ…んぶっ!?」
「なッ!?」
「えぇッ!?」
シンバの言葉が言い終わらぬうちにルルリアは彼の顔をその両手で掴む。
思っていたより柔らかい手のひらで思った以上に力強く、ルルはシンバの両頬をホールドする。
正直、予想は出来た。
シンバはルルリアの取るであろう行動を正直、予想していた。
だが、ここまでいきなり、唐突に、真っ向から来るとは思わなかった。
小柄なルルの背丈と、ベンチに座ったままのシンバの背丈。
がっちりと彼の顔を固定し、ルルの狙いは一直線に定まる。
若干、ルルリアは屈むとためらうことなくシンバの唇に自分のソレを重ねた。
柔らかな彼女の唇の感覚と、勢い余ってぶつかった前歯同士が起こす感じたことの無い痛み。
その相反する衝撃にシンバの脳みそはスパークする。
まさか、ルルリアがやけっぱちともいえる行動に出るとは予想していなかったマリアとミオも素で絶句してしまったのだが。
「突拍子の無いコトをやるヤツだとは思っていたけど、これは…」
「いや、ここでヒくとかおねぇさまも大概ですけどね…」
二人の眼前ではやったはいいけど離れるタイミングがわかっていないルルリアがシンバの口に吸い付いたまま眉毛を八の字にして困っている。
シンバも驚きに目を見開いたまま固まっている。
二人とも至近距離すぎる位置で見つめあったままフリーズ状態。
せっかくのキスシーンだというのに甘さもムードもヘッタクレもありゃしない。
こういうところがホント、ダメップルだっていうのだ。
「…いや、つーか、さっさと離れりゃいいのに」
「というかルルさん、男とキスなんかよく出来ますね…」
ぶちぶちと好き勝手な感想を言う二人に対してルルはキレる。
「ぷは。ってあんた達が茶化すからやったンだよッ!」
ヒールこそ低いものの、光沢のあるオレンジ色のミュールをガツンと石畳に打ち付けルルは地団太を踏む。
その勢いのままマリアの胸倉を掴みぎゃあぎゃあと言い合いを始めてしまった。
当然、気の強いマリアも負けてはいないもので食って掛かってきたルルリアにがっぷり四つで迎え撃つ。
「あー…ここ、見事に山の手なんだけどな…」
自分たちが周囲から大いに奇異の視線に晒されていることを理解しているシンバは小さくため息をつく。
先程の情緒の無いキスを思い返しても蘇るのは嬉しさより前歯の痛みが先に来る。
あんなやっつけなキスなんて初めての経験だ。
まぁ、ルルを相手に一筋縄で行くとは思ってはいなかったけど…。
「はぁ…」
今度は深々とため息を吐き出すシンバの口元をミオがじーっと見つめる。
「ねぇ、あなた…それ自分でつけてるの?」
怪訝な顔で、というか露骨に嫌な顔でシンバから一定の距離をとりながら彼に問うミオ。
男に対してはかなりそっけない彼女のその視線はシンバの口元、というか唇。
「え?なにが?」
といいつつシンバは指先で自らの唇をなぞると指先がキラキラとグロスで光る。
「…なんだこれ?」
まじまじと指先を確認したシンバの顔がまた急激につかまれ、その口元が布で強引に撫で付けられた。
うぐうぐと目を白黒させるシンバを尻目にルルリアがこれ以上ないほど顔を真っ赤にして彼の口というか顔をごしごしと削る。
「へぇ、あんたリップグロスなんかもってたの」
「なぁんだ。ルルさんのグロスか♪」
「ッ~!」
その二人の言葉に、いたずらのバレた少女のように俯いてハンカチを握り締めるルルリア。
シンバはここに来て今更ルルのメイクに気付くのだった。
今までは化粧なんぞしたことの無いはずのルルリア。
そっけないほど自らのことに無頓着だったルルリア。
そんなルルがメイクアップする理由。
そんなルルが女の子らしい服を着始めた理由。
その変化の原因は、おそらくたった一つ。
その理由に気づいたシンバが徐々に紅潮を取り戻してゆく様子に気付いてさらにルルリアは赤面してゆく。
「シラけるなぁ…ルルっぺも普通の女だったのかぁ」
「カワイイですよ、ルルさん♪…頑張ってくださいね♪」
唐突に現れて場を混ぜ返したマリアとミオはこれまた唐突に場を去ってゆく。
捨て台詞とは思えないエールを残して。
去ってゆく二人の背中を見送るシンバ。
対照的に眼前に立ち尽くす女の子。
その余りにもガーリィな立ち姿に似つかわしくないデカいおっぱいの前でハンカチを縒りよりとしながら上目遣いで自分を見る彼女。
ここで、なにか気の利いたことを言わなければ男じゃない。
「…もっかい、ちゃんとキスしたいんだけど…」
その彼の言葉に一瞬で顔面沸騰したルルリアがツーテールがちぎれる勢いで首を横に振ったのは照れ隠しだと思いたかったシンバであった。