「…で、なにこれ?」
「えっと…み、『みーとろーふ』って書いてあった」
何枚も何枚も絆創膏が重ねられた指で料理の本を確認するルルリア。
その表情は、なにかを『やりきった』というモノと『やっちまったカナ…』というモノが半々。
『やりきった』という前者はアレだ。
『初めての手料理』というミッションをこなした、やりきったという充足感。
しかもソレはカレシに食わせるために作った、というオプション付きなわけで、ルルはとても満足していた。
初めてのことに挑戦して成し遂げられたことはなんでも嬉しいものである。
自分がはじめて轟竜ティガレックスを討伐した時の太刀筋や達成感を思い出して彼女はその時と同じくらいの喜びを噛み締めていた。
とりあえず、ではあるが。
自分は成し遂げた、のだ。
そして『やっちまったカナ…』という後者はアレだ。
まず、自分が作ったこの『物体』は食えるのか?という結論が出ているようで出したくないモノが出来上がってしまった事。
次に、ソレを果たしてシンバが食べてくれるのか?という不安。
なぜならば、コレが自分に出された料理だとしたら…自分は『食べたくない』という事実。
もうひとつ付け加えるなら。
シンバの表情がすごく複雑だったりする現状。
さっき、一緒にマーケットを回っていた時はとても嬉しそうだった。
わかっている。
自分も、なんとなく、いやさかなり楽しかった。
俗に言う『新婚さんみたいね♪』という気持ちってやつだ。
聞き及ぶだけでは『ケッ!』という感想であったものが、あんなにも甘酸っぱくそしてヤバ楽しいものだったとは思いもよらなかった。
だがしかし、現在の彼の表情はひきつった顔面に薄笑いを無理に作った唇が乗っかっている状態。
いや、わかるからこそ腹立たしいのだ。
あたしが作った『みーとろーふ』がご期待に添えなかったのはわかっているさ。
でも、自分が汗水たらして、手指に切り傷擦り傷ヤケド傷を負いながら作り上げた『ナニカ』に対する感情が、微妙…というかそれは明らかに『恐怖』じゃねぇのか?オイ。
それはいくらなんでもちょっと傷つくよ?あたしだって。
まぁ、そーいう感情を持たれても仕方ない『物体』が出来上がったのも…わかってるけどさ。
◆
眼前の彼女が唇を突き出し、眉毛をしかめ、目玉をきょろきょろとさせ視線を泳がせている。
ルルの落ち着かない心理状態を鑑みると、ボクは余計な言葉を出す事が非常にためらわれますよ、はい。
いや、わかります。
わかりますとも。
あなたは、頑張っていた。
とても、頑張っていた。
やりなれないことを(やったことすらないだろうことを)ボクのために頑張ってくれた。
それは、とても嬉しいヨ。
でも、でもさ?
教本を見ながら作っているのに…その教えに従わないってのは…どうかと、思うのですよボクは。
そりゃ確かに、魚より肉の方がいいといったのは俺だ。
だがそれは、ルルには魚より肉の方が『扱いやすい』と踏んでの事だった。
…甘かったよ…ルルの料理…いや『家事スキル』は…きっと…マイナス50くらいなんだな…。
呪いの段階だな…もう。
つーか、俺の部屋にはオーブンなんて無いのに、なんで『ミートローフ』をチョイスしたの。
ひき肉料理作るつもりならなんでブロック肉を買ったの。
ハンターナイフじゃひき肉作れないよ、それはただの剥ぎ取り行為。
なんとかって香辛料、入れすぎだろ?それ以前に塩入れたか?塩。
アレンジするって言って卵を入れるってまさか殻ごと肉に突っ込むとは思わなかった。
アレンジってのは物事を知ってる人がやっていいことをやるんだよ、ルルっぺ。
それ生卵だろって思わず言ったら『肉ごと焼けば中でゆで卵になるでしょ?』ときたもんだ。
それからソースにコショウ入れすぎだろ、それじゃケチャップなんだかコショウなんだかわからねぇ…。
というか俺の知ってるミートローフはそんな塊で出てこないぞ。
あ、ヤバイ来る。
その目つきは、ソレを俺に食わせることを決めた目つきだろ。
まて、もうちょっと待って。
死ぬには、もう少し、心の準備をする時間が欲しいよ。
◆
まったく、シンバも心の中では失礼な台詞をぽんぽんとよくもまぁ羅列するものです。
面と向かってルルに言えないことは考えない方がイイと思うのですがね。
とりあえず、往生際が悪いシンバであった。
好きな女が作ったモンなら、食って死ねッ!←
「ね、シンバ。とりあえず…出来たよ?」
出来たってお前…。
「わたし、結構頑張った、よね?」
うん、それは十分にわかってる。
「初めてだから、あんま上手くないかもしんないけど」
あんま…?
「もしかしたら、味はイイかもしんないからサ」
うん、それは絶対に無い。
「ど、どうぞ召し上がれ…?」
疑問系にすんなし!
「あ、ああ。うん。そ、そうだな。んじゃ…ルルもせっかk」
「あ、わたしはいいや。味見でお腹いっぱいだし」
ウソつけこのヤロッ!!!!
ずっと見てたけど味見なんか一回もしてないだろッ!!!
『自分で食えないと解ってるモノを俺に食わせるのかルルッ!!』
なんて言えるはずもなく、シンバは無理やり強引に食卓につく。
ひきつった笑顔をルルリアに向け、目の端に入ってくる強烈な存在感を放つ物体に対する拒否感をどうにか意識しないようにしながらソイツを受け入れようとする。
どんな物体Xであれ、コレはルルリアが自分のために作ってくれたものなんだ、とシンバは一生懸命にポジティビティな思考を繰り返す。
それに、作成過程は自分も見ていた。
絶対に手出し口出し無用と釘ゅを刺されていた手前、見守ることしか出来なかったが、一応材料は確認している。
そう、手順や方法や見た目はヒド…もとい、こ、個性的ではあったが、一通り食材を使ってはいた。
一応、そう捉えれば食えない物が入っていないこと『だけ』は確かなのだ。
なら、俺も男だよ。
ここは、愛するルルリアの心意気に応えようではないか。
俺は、一つ上の『漢』になるンだもん!!
ちくしょう!死んでやるッ!
とは言うものの、向かいの椅子に座って嬉しそうにこっち見てるルルの脳天気ぶりが引っかかる。
さっきまでは『ヤバいモノを作ったかもしれない』という若干ではあるが殊勝な意識が見え隠れしていたのに、今は皆無である。
コレ、美味いって言わないと泣くんだろうな…。
いや、比べちゃイケナイのは解ってるンだけど、リーナの食事は美味かったなぁ。
「…いまなんか失礼なコト考えたろ。あんた顔に出るからわかるんだかんね?」
両のほっぺたをブゥと膨らませ、ルルが下からシンバを睨む。
それに対して眼前で右手をぶんぶんと振る彼は小心者だ。
しかしすぐにケロリと表情を取り替えた彼女がにっこりと微笑み改めて自分の作品の皿を人差し指でついと彼の前に押し出す。
咽の奥で『うぐぅ』という拒否を生唾と一緒に飲み込み、シンバはナイフとフォークをそれぞれ手にするのだった。
彼が視線を落とすテーブルの上の大皿には生焼けの肉の塊。
だがしかし、そこかしこにはドス黒いコゲがその苦いニオイと共にありありと鎮座する。
それも荒挽き、といえば聞こえはいいが…荒すぎるその雑な賽の目の肉片。
いや、賽の目なんてキレイなものじゃあ無いよ?当然。
歯ごたえというか、食べ応え、というか、そういう類の表現すらしてはならない気になるそのミートローフだと主張された物体。
それは見た感じ、精肉屋の作業台のはじっこに積み上げられた『落とし』の部分を時間を無視して無作為に無造作にただ焼いただけとしか思えない。
本来であれば香ばしく食欲をそそるいい匂いのハズのソレは、ただただ味付けすらされてない、調理されていない生の動物のアブラ汁…。
その汁が漫然と混ざり合ったオレンジ色ともこげ茶色とも言える毒々しい色のソース…。