流る星に一つの願いを   作:ねむれすねむれす

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 書き終えているので、毎日8時15分と19時15分で投稿します。よろしくお願いします。


この瞳が覚えている

 

 

 

 流るお星さまは一つだけお願いを叶える。お願いが大きいほど、遠くの空にとどく

 

流る星に一つの願いを

 

 

 ―――――――――▼

 

 

 

 

 

「うっ……重いな……」

 

 八月二日。夏真っ只中で、特に今年は全国的に異例の猛暑を叩きだした日。夜になろうが蒸し暑さが迫りくるそんな日に、俺はとあるライブ会場で段ボールを運んでいた。

 

 段ボールの中にあるのは今日のライブで使った小物……バズーカ砲やポンポンやクジ引き用の箱など様々だ。一つ一つが軽量なのもあり、あんまり重くならないだろうと思っていたが、数が嵩んだのか結構な重量だ。腕が悲鳴を上げている。

 

 限界を迎えないうちに急いで会場の裏口から出ると、近くに止めてあったバンに段ボールを置く。ふぅ、とそっと息を吐いた。

 

「あ、牧野さん」

「うん?」

 

 一息つき汗をぬぐっていると、唐突に声を掛けられる。振り向いた先にいたのは、一人の少女だった。

 

 アメジスト色の瞳に、鼻筋の立った端正な顔立ち。ベージュ色の髪は後ろで結ばれくるりと巻かれている。白のトップスに紫陽花色のコート、緑のロングスカートという服装も相まって、上品という言葉が似合う少女だった。

 

「沙季、どうかしたか? 悪いけど、送迎ならもう少し待ってほしい」

「いえ、それは大丈夫です。ただ、私にもできることがないかなと思いまして」

 

 そう言った沙季は、段ボールが大量に詰まれているバンを見て、心配げな面持ちを浮かべていた。

 

「気持ちはありがたいが、大丈夫だ。沙季はライブ後で疲れているだろ? ゆっくり休んでくれ」

 

 今日は彼女が所属する月のテンペスト、そしてサニーピースの二つのグループでライブがあった。昼の部と夜の部、計六時間ほど。会場準備やリハーサルも含めればもっとだろう。それにこんな暑い日だ。屋内だったとはいえ、いつも以上に体力を失っていてもおかしくはない。

 

「それを言うなら牧野さんだって……」

「俺はいいんだよ。これが仕事なんだから」

「ですが……」

 

 俺の言葉に沙季は言いよどむ。気持ちは嬉しいが、彼女はアイドルで俺はそんな彼女のマネージャーだ。アイドルがステージ上で頑張る分、マネージャーとして裏方の仕事は任せてほしい。そんな想いだった。

 

「俺は大丈夫だから」

「……わかりました。失礼します」

 

 沙季は不満そうにしながらも、俺が折れないことを察したのか、楽屋へと戻っていく。

 

「さて」

 

 彼女たちの衣装含め、運び込むものはまだまだある。ステージの片付けこそ会場に任せているが、SNSでのコメントや、関係者への挨拶周り、今日のライブの総括等々、やるべきことはたくさんだ。

 

「牧野さん、一つ言い忘れていました」

 

 軽いタスクから済ませておこうとスマートフォンを手に取っていると、沙季が戻ってきた。俺が口を開く間もなく、彼女は言葉を続ける。

 

「今日、寮でみんなと打ち上げしようって話していたんです。牧野さんも来ませんか?」

「行きたい気持ちはあるけど……」

 

 やるべきことと、それに掛かる時間をざっと計算してみる。……やっぱり全てを終えるには遅い時間になりそうだ。

 

「ごめん、今日は忙しくていけそうにない。申し訳ない」

「そう……ですか。わかりました」

 

 沙季は頭を下げると、今度こそ、その場を後にした。

 

 

 

 

「もうこんな時間か……」

 

 全ての作業を終え、会場から帰るころには夜も更けていた。

 

 月ストもサニピもとっくに帰っており、今頃は寮で打ち上げをしている頃だろうか。どんなことをしたんだろう。明日聞いてみるのもいいかもしれない。

 

「今日は帰ろうか」

 

 そう呟き、俺も帰路につこうとして、ふと視界の片隅に今日のライブのポスターが映り込む。

 

 月スト、サニピのメンバー全員が笑顔で映り込んでいるポスターだ。今日のライブは祭りがテーマだったこともあり、浴衣風の衣装でみんな着飾っていた。

 

「……祭り」

 

 今日の祭りもすごかったが、俺にとって祭りと聞いて一番に思い浮かぶのは星見まつりだ。星見市の住民なら一度は行ったことがある祭りだし、俺ももちろん参加したことがある。

 

 そのなかでもやっぱり記憶に残っているのは、麻奈が星降る奇跡と呼ばれるきっかけになったあの祭りだ。祭りの中、麻奈も俺も無茶を通して行ったあのライブは伝説になり、多くの人の記憶に深く刻まれた。もちろん、俺自身も。

 

「……」

 

 気が付くと、俺の足は動き出していた。帰路を歩んでいた足が、別の方向を向いて歩きだす。電車に乗って辿り着いたのは、俺が生まれ育ち、そして麻奈やみんなの始まりの場所である星見市だった。

 

 

「ここは変わらないな……」

 

 駅から少し歩き、星見市の高台に辿り着いた俺は一人呟く。星見市の海岸沿いと街並みの灯り。今は暗くて見えないが、緑の木々も合わさってここは景色がとてもいい場所だ。

 

「……」

 

 傍にあったベンチに座り夜空を覗くと、そこには無数の星が散らばっていた。色も形も、光の強さもそれぞれ違うのに、不思議とどれもが目を奪われる輝きを持っていて、この空を静かに彩る。

 

 ……別に、星を見上げるのが好きというわけじゃない。嫌いでもなかったけど、あまりにも遠くにあるものだから、自分とは違う別の世界にあるものだと思い込んでいた。それがいつからだろう。気づけばこうして夜空を見つめる事が多くなっていた。具体的な理由はわからないけれど、ただなんとなく、それはあいつと出会って、別れたからだと思っている。

 

 彼女にマネージャーになってとお願いされた日、拙いながら共に駆け抜けた日、一生の別れになった日、そして幽霊となった彼女と再会した日、最期にお別れした日。一度たりともあいつの事は一度も忘れたことはない。今でも目を閉じれば彼女の朗らかな声が聞こえてきて、拗ねたように首をすんっと跳ね上げるような仕草が見えてくる。それは今日も例外ではなかった。

 

「麻奈……」

 

 彼女がいないことはとっくにわかっている。自分なりにお別れも告げたはずだ。だけど心というものはすぐに整理できないものみたいで、どこかで長瀬麻奈という唯一の存在を求めてしまっていた。

 

「……今日はな、月ストとサニピの合同ライブだったんだ。ライブは大盛況で、みんなも楽しそうだったよ」

 

 そんな寂しさを押しのけるように、俺は今日のことをぽつりと口にする。一度口にすると、一日の思い出がすらりと脳裏に浮かび始めた。

 

「ステージ上のみんなは圧巻だったな。BIG4にもなって自信もついたんだろうな。パフォーマンスに磨きがかかっていたし、何より全員が笑顔でステージに立っていた。それを見ているとつい俺も楽しくなってきてな。気がつくと俺もコーレスに合わせてた。舞台裏だったのにな」

 

 その時のことを思い出すと、思わず笑みが浮かび上がる。ライブの進行を確認するのが俺の仕事だから、あんまりこういうのは良くないんだろうなというのはわかっていたけど、それ以上に彼女たちのライブが俺という存在を夢中にさせていたのだ。

 

「すごいよな。ここのステージに立っているときは駆け出しだった彼女たちがあんなに大きなステージに立って、大勢のファンを笑顔にさせているんだ。本当に立派になったよ」

 

 俺は目下に見えるステージを目にしながら呟く。星見市の高台のステージ。窪地の中央にあるあそこで彼女たちは始まった。

 

「……麻奈にも観てもらいたかったな」

 

 麻奈の妹の琴乃、麻奈の心臓を継いださくら、アイドルの先輩だった遙子さんや幽霊の姿が見えていた芽衣。麻奈のことを大切に想ってくれている人はいっぱいいる。だからこそ、麻奈にその姿を見てほしかった。見て声を掛けて上げてほしかった。

 

「……いや麻奈のことだからちゃんと見ていて、声を掛けてくれているのかもな」

 

 ただそれが俺には見えないだけで。

 

 その言葉はそっと隠す。口に出すと感情が漏れ出しそうだったから。

 

「すごかったよってたくさん褒めてそうだなぁ。もしかするとアイドルの先輩としてアドバイスを送っているのかもしれない」

 

 脳裏にその様子が浮かび上がる。琴乃は照れながらも満更でもないような表情を浮かべ、さくらは笑顔を浮かべながら逆に感謝を伝えてそうだ。すずは麻奈に褒めてもらったことに跳び上がって喜んでそうだな、その様子を芽衣が茶化して……。

 

 想像すると色んな光景が浮かび上がってくる。気が付くと自然と笑みが浮かび上がっていた。

 

「あぁ……」

 

 今の日常にもし長瀬麻奈が生きていれば。それはきっととても幸せなのだろう。今までの人生において、いや、これからの人生においても、これ以上ないくらい幸せなことなんだと思う。

 

「もし、か」

 

 叶うはずがないというのはわかっている。だけど、割り切れと言われて割り切れるほど、心は単純じゃない。むしろそう思えば思うほど、糸で胸が締め付けられるような思いだった。

 

「……」

 

 気が付くと、目元に涙が浮かんでいることに気が付いた。俺は思わず苦笑を浮かべ、それを強引に拭き取る。

 

「……いつまで引きずっているって話だよな」

 

 いつまでも泣いてなんていられない。今の俺にはやるべきものがたくさんある。

 

 ……でも今だけは。

 

 ポケットからスマートフォンを取り出し、同時にイヤフォンを耳に差し込む。

 

 聴くのは一曲だけ。そう自分に言い聞かせながら、そっと再生ボタンに触れる。

 

 

『この瞳が覚えている』

 

 

 麻奈の朗らかな歌声が耳に広がる。澄んだ音色が、まるで心の奥に直接触れてくるように、静かに全身を満たしていく。

 

 

『いつから 見慣れた景色

 隙間みたい なんだろうね 足りない』

 

 

 麻奈の声に緊張が抜けたからか、全身の力がそっと抜けていく。胸を締め付けていた糸がするりと解けていく。

 

 

『遠くに聞こえたはずのその声を

 探しているんだ』

 

 

 傷ついた心を麻奈の歌声がそっと癒してくれたような気がした。締め付けていた糸の代わりに、柔らかな安らぎが体を包む。

 

「……麻奈」

 

 思わず名前が零れた。理由はわからない。ただ、行き場を無くした感情が俺の代わりに言葉を告げる。

 

「ずっとそばにいたかった……」

 

 

『同じ輝きの下で

 つながれば良いなと 心から』

 

 

 眠りに落ちる寸前、薄れた視界に流星が下る。"もし"があるなら、この願いを叶えてほしいって心からそう思った。

 

 

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