「成宮すずですわ! 成宮と聞いてピンと来た人もいるかもしれないけど、正真正銘あの成宮家の令嬢ですわ!」
「……」
「……」
「……」
寮に来たすずは早々にそう宣言し、寮の空気を微妙なものにしていた。思い返せばすずと初めて自己紹介したときもこんな感じだったな、と苦笑いが零れる。
すずはブロンド色の長髪を揺らし、青い瞳を不満ですと言いたげに歪めて言葉を続ける。
「なんですの? そのうっす~いリアクションは! この町のあらゆる企業に融資している成宮家ですわよ!」
「聞いたことある……かも?」
「いかにも、お嬢様っぽい」
「すずちゃん、でいいですよね? 私、白石沙季です。今後ともよろしくお願いしますね」
そんな感じでみんなとも挨拶を行い、寮を案内する。知ってはいたがすずは一人暮らしはもちろんのこと、家事さえもほとんど知らないことばかりだ。大変だろうけど、これから頑張っていってほしい。
「と、まぁ寮はこんな感じだ。質問は?」
「設備のことは大丈夫ですわ。それよりも! ま、麻奈様もここに住んでいらっしゃられるの?」
「いや、麻奈は寮には住まないよ」
「どうしてですの!」
「そもそもこの寮はメンバーの自立心と結束を強めていくのが狙いだ。それに」
千紗と雫に目をやる。
「麻奈がいるとみんな委縮しちゃうだろ? そうなるのは避けたい」
「確かにそうかも……」
「推しと同棲、はNG」
「そういうことだ」
「むむむ、まぁ一理ありますわ。ここは牧野の顔を立てておきましょう」
「牧野?」
麻奈が彼女たちと一緒に住んでいる姿は見たい気持ちはあるが、みんなの気持ちや目的を考えれば現実的ではない。余計な負担を掛けたくないからな。
「まだありますわ! 私たちはいつデビューですの? 私がセンターとして輝くプランはもう立てておいでですわよね?」
「すずちゃんがセンターなのですか?」
「いやそんな話はしてない。デビュー日も……まだ未定だ」
プランとして前回と同じ日程を立てているが、この世界の彼女たちがどうなるのかがわからない以上、下手に口にするのは避けておきたかった。
それに今はメンバーが集うことが何よりの優先事項だ。
「む。何やら考えがあることは理解しましたわ。今は牧野に従っておきます。ですが! 私がセンターとなる……」
「その前にちょっといいかしらすずちゃん」
「なんですの沙季」
「その牧野というのは、牧野さんに許可をもらっているの?」
「牧野を牧野と呼ぶのに許可なんて必要ですの?」
「すずちゃん、ちょっとお話ししましょうね」
「え? え? な、なんですの。怖いですわ!」
そう言うと、沙季はすずを掴んで部屋を後にする。結局こういった力関係になるんだな。
「騒がしくてすまない。でも悪い人ではないんだ。千紗と雫も仲良くしてあげてほしい」
二人は顔を見合わせ、お互いに強く頷いた。すずは自信家なところもあるけど、それを実現させようとする挑戦心と行動力もある子だ。共同生活のなかでそれを理解し合えるはずだろう。
「あの」
「どうした?」
「メンバーは四人と聞きました。これで全員……ですか?」
「あ、すまない。直近でもう一人増えると思う。……そうだな、はっきり言っていこう。寮に住むのは十人になると思っていてくれ」
「じゅう、にん」
「そんなに……」
二人は途端不安そうな表情を見せる。千紗はアイドルとなったときに十人の中で競い合っていかないといけないことを考えての不安で、雫は十人と仲良くやっていけるかどうかが不安なのだろう。
「千紗、雫。安心してくれ。二人なら大丈夫だ」
「はい……」
「……」
二人とも自信なさげだ。だけど二人がちゃんとそれを乗り越えて立派になっていくことは知っている。未来の事は話せないけど、そのことを少しでも伝えたかった。
「千紗。誰かと比べる必要はないからな。自分の歩幅でちょっとずつでもいいから歩んでみてくれ。それがきっと大きな歩みになる。それに一人じゃないからな。疲れた時はみんなに相談してやってくれ」
千紗は顔を上げると、やがて小さく頷いた。
「雫。見知らぬ誰かが不安になる気持ちはわかる。だけど安心してくれ、みんな雫の夢を笑ったりすることはないから。千紗もそうだろう?」
「うん、笑わないよ」
「……わかり、ました」
雫の表情も少しだけ和らぐ。俺の言葉で気がまぎれたならよかった。
「すみません、今戻りました」
そうこうしていると、沙季とすずも帰ってきた。説教の声は少しだけ聞こえていた。目上の人に対する態度を説いていたみたいだ。
「牧野……さん。すみませんでしたわ。今後は気を付けますわ」
「あぁそのことなんだが」
丁度いい機会だ。言っておこう。
「みんな、そこまで俺に固くならないでいいからな。他所のスタッフさんとかには礼節はしっかりしてほしいが、俺に対してはそこまでしなくていい。沙季もな」
「で、ですが、やはり立場というものがあり……」
「気にしないよ。みんなが気兼ねなく接してくれるほうがありがたい」
「さすが牧野! 話がわかりますわ! ほら言ったでしょう沙季。私の方が理解できておりますわね」
「牧野さん、だからな」
「なんでですの! 先ほど気兼ねなく接しろって言ったばかりじゃありませんの!」
「それはそれだ」
「理不尽ですわ!」
沙季は渋々といった様子ながら首肯してくれた。沙季は初対面で失礼を掛けたからこそ、ちゃんとしようとしてくれていたのだろう。あまりそのことを引きずってほしくはない。
それにすずが寮に入ったから雰囲気も大きく変わる。すずに限らず今後も同様だろう。そのときにあまり厳しくしすぎてほしくない、というのも考えとしてあった。
……そういえば、前回はさくらがこういった空気を軽くしてくれていたように思える。気が付かなかったけど、色んな役割を担わせてしまっていたんだな。
「どうかしました……?」
「いやなんでもない」
いなくなって改めてさくらの明るさに救われていたことに気が付いた。なら、さくらがいない今は、俺が彼女たちの代わりを担わないとな。