その日のうちに、アルバイトから帰ってきた怜にもグループのことについて、寮のことについても話した。
怜も怜なりに厳しく当たってしまっていたことを気にしていたようで、お互いに謝罪しあい、これからについて話し合うことができた。
その翌日の朝、いつものように出社し、今日こそはスカウトを成功させようと芽衣と遙子さんに何を話すか算段をつけようとしていたとき、執務室の扉がガタンと開いた。
三枝さんは海外に行っているため不在。遙子さんも仕事の都合もあって、ここ数日事務所に姿を見せていない。沙季たちに何かあったのかと扉の先を見て、思わず固まった。
「え?」
扉の先にいたのは一人の少女。彼女はキャリーケースを片手に部屋の中に入ると、その黒髪をふわりと靡かせ口を開いた。
「ただいま! 牧野くん!」
麻奈は花が咲いたように笑みを浮かべた。
「な、なんで麻奈が!? まだ海外暮らしが続くって……」
「そうだよ。でもいったん区切りがついたから帰ってきちゃった」
「そんな連絡受けてないけど……」
「だってサプライズだもん。連絡したら意味ないでしょ?」
「……」
麻奈はいつもこうだ。こうやって俺の予期せぬことばかりしてくる。だけど、それが今はこれ以上ないくらい嬉しい。
「嫌だった?」
「そんなことないよ。麻奈に会えて嬉しい」
「よかったー。ちょっと見ない間に牧野くんが変わっていたらどうしようって思ってたから」
「そんなすぐ変わるはずないだろ」
「でも男子三日合わざればなんとやらって言わない?」
「良い時に使う言葉だからなそれ」
「そうなの?」
麻奈はキャリーケースを置くと、俺の傍に立つ。彼女は俺が付けていたモニターの画面をまじまじと覗き込んだ。
「ふむふむ。色々と悩んでいるみたいですな」
「……まぁな。今が頑張り時と思ってる」
「真面目なのは牧野くんの美徳だけど、頑張りすぎて倒れないようにね」
「気をつけるよ」
「ほんとにわかってる?」
「わかっているさ。以前倒れたこともあったしな」
「そうなの!? え、いつ?」
口に出して気づいた。そういえばそれは前の世界のことだったか。
「……ここに来てからじゃないよ。もっと昔の話だ」
「そうなんだ……。本当に気をつけてね。牧野くんがいなくなったら私も……困っちゃうから」
心配かけてしまった。麻奈も初めての海外で苦労があるだろうから、あまり不安にさせたくない。
「……麻奈が言える立場か?」
「あ、ひどーい! せっかく心配してたのに。それに私だって健康には色々と気をつけているんですー。もう無理しすぎるなんてことしませーん」
「なんて言って、また無茶するのが麻奈だろ?」
「無茶じゃないもん。やれるって思っているからやってるだけだもん」
それを無茶って言うんだけどな。その言葉はそっと飲み込んだ。それによりも気になることがあった。
「麻奈、事務所に来たってことは三枝さんも一緒か?」
「ううん、あのおじさんは海外に残してきました」
「あのおじさんって……後で怒られるぞ?」
「だって酷いんだよ三枝さん! 英語を学ぶ特訓だとか言って私ばっか会話させられるんだよ? もうしんどいよー。アイアムジャパニーズ。アイドントノウイングリッシュ」
「それは大変だな……」
麻奈はそのときのことを思い出したようで、げんなりとした表情を浮かべる。日本語が通じないというのは想像以上にしんどいらしい。
「……まぁおかげさまで少しの英語は話せるようになったんだけどね」
「そうなのか」
「信用してないでしょ」
「してるよ」
「疑い深い牧野くんのために、今ここで話してあげましょう。心して聞くように」
「はいはい」
「じゃあまず挨拶から、ハ」
麻奈が何かを口にしようとしていたとき、再び扉が開かれる。視線の先には、沙季、雫、千紗、すず、怜の姿があった。
「牧野さん、レッスンについて提案が……え!」
「あ」
「ま、まままままままままま麻奈様!?」
彼女たちは一様に驚いたような表情を見せる。すずに至ってはまるで天使を見たかのように目を見開いていた。
「もしかしてあなたたちが新人アイドル!? みんな会いたかったよー! あ、自己紹介が先だね。私、長瀬麻奈! よろしくね!」
「わわわわわわわたくししししししはははははははは」
「すずちゃん、深呼吸深呼吸」
「すぅはぁすぅはぁすぅはぁ」
「深呼吸が、早すぎる。意味がない」
「あはは、あんまり気を使わないでね。私とは普段通り接してくれて大丈夫だから」
「ですが、アイドルとしては先輩なので敬語は使わせてください。私は一ノ瀬怜です。よろしくお願いします」
「しっかりしてるね。よろしく! 怜ちゃんって呼んでいい?」
「大丈夫です」
「私は――」
唯一動じてなかった怜の挨拶をきっかけに、一人ずつ挨拶していく。最後に残ったのはすずだけだった。
「わ、私は、な、なりゅみや家のれいじょう、なるみやすずですわ!」
「すずちゃんね! よろしくね! あれ、どこかで会ったことあるような……あ! 星見まつりの時にいた子だよね!」
「お、覚えていらしてましたの!?」
「あの時の子が後輩となってやってくるなんて、なんだか運命感じちゃうね」
「わ、私はあのとき麻奈様に憧れて、ここに来たのですわ!」
「そうなの? なんだか照れちゃうね……」
麻奈はすずに慕われて恥ずかしそうにしながらも、笑みを浮かべていた。なんだかんだいって後輩ができて嬉しいのだろう。そんなみんなの様子を見れて俺も自然と笑みが浮かび上がってくる。
「私との挨拶はこれくらいに。みんな、牧野くんに何か用があったんじゃないの?」
「そうでした。レッスンのついて提案がありまして、デビューライブでは複数の曲を立て続けに流す形ですよね? なので練習でもそういった形を取りたいのですが、何か練習用の別の曲はありますか?」
「別の曲か……何かあったかな」
星見プロの全体曲もいくつか作ってもらっている。デビューライブでも歌う想定だから、それに合わせた練習もやってもらっている。だけどデビューライブの楽曲数には足りてない。
月ストとサニピのデビュー曲が歌えれば、悩むことはなかったんだけど。
「私の曲ならどう?」
「麻奈の?」
麻奈の楽曲なら確かに色々とあるし、参考資料もたくさんある。ただ麻奈がソロアイドルである以上、グループ用の振り付けがあるものは……。
「"Gemstones"前に私が無理言ってグループ用の振り付け作ってもらったでしょ?」
「あ、確かに」
いつか後輩ができたときに一緒に歌うんだって、麻奈が無理言ってグループ用の振り付けを用意していた記憶がある。そうか、あの曲なら。
「資料は……これだな。沙季、これを参考にしてくれ」
「はい! ありがとうございます!」
「牧野くん、まだ参考資料が足りてないんじゃない?」
「他に資料なんてあったか?」
「目の前に!」
あぁなるほど。麻奈の言いたいことはわかった。
「麻奈が大丈夫なら俺は構わないよ。後はみんなに聞いてくれ」
「ありがと! ということで、私も一緒にレッスン参加させてください!」
「え、そそそそそそそれは……」
「すずちゃんが言いたいこともわかります。ですが、私はまたとない機会だと思います。……みんなはどう思いますか?」
「いいと思うわ。トップアイドルの指導なんてそう受けられるものじゃないし」
「私も……見てみたいかも」
「頑張る」
「決まりだね! じゃあレッツゴー!」
すずは麻奈に見られることを気にしてたようだったが、多勢に無勢、押し流されるままレッスン室に連れて行かれた。助けを求めるようなすずの目はそっと背けた。今度お詫びとして焼肉にでも連れて行こうと思う。
「あ、そうそう牧野くん」
みんなが部屋を出てすぐ、麻奈だけがひょっこりと扉から顔を出した。俺が返事をする間もなく、麻奈は言葉を続ける。
「前話してたことなんだけど、琴乃も牧野くんと話してみたいってさ。スケジュールよろしく!」
……ほんとに麻奈は突然だよ。