夕焼けも少しずつ落ち始め、さっきまで鳴いていた鴉もいつの間にかいなくなっていた。
今度こそ静かになった公園で、隣に座った渚がぽつりと口を開いた。
「実は麻奈さん……長瀬麻奈さんとは知り合いで、何度かお話したことがあるんですよ」
「そうなのか」
初耳だった。未来の渚からもそういった話は聞いたことがなかった。
「はい。……実は牧野さんのこともその時にお聞きしていて、だからわかっちゃったって感じですね。勿体ぶっちゃってすみません」
「そうだったのか。……そっか麻奈からか」
思い返せばこの世界の相違点は全て麻奈から始まったものだ。麻奈が生きていたからこそ、色んな影響が各地に訪れる。良いことも、悪いことも同様に。
「麻奈さん言ってましたよ。自分のためにずっと頑張ってくれる頼りになるマネージャーだって」
「……そんなことはないよ。俺はずっとついていくのに精一杯で、それに肝心なところで失敗ばかりするようなやつだ」
「そんなことないと思いますけどね」
渚は目尻を下げ、そっと微笑んでいた。その笑顔が辛くて、思わず顔を背けた。
「それで、お話したい事なんですけど、芸能事務所のマネージャーとしての知恵をちょっと貸してほしいなぁって思いまして」
「……俺に出来る事ならなんでも」
「ありがとうございます。……私、今お友達との関係で悩んでいることがありまして」
「……」
感情が落ち着いたわけではない。でも渚の悩んでいることがあるのならしっかり聞く必要がある。気持ちを切り替え、渚の言葉に集中する。
「その子とは中学生からの親友でずっと一緒にいたんですけど、高校生になって学校が変わったからか会える機会も少なくなっちゃって……。それでも時々会うんですけど、なんだか自分の知らないところで性格が変わってないかが心配で……。どうしたらいいと思いますか?」
「そうだな……」
渚が話してくれたこととは違うかもしれないが、俺も高校以来の友達に会おうってなったときに性格が変わってないか心配になったことはある。だけど会って話してみるとそんなことは杞憂で前みたいに友達として話せた、なんてことがある。だけどそれでも心配ならば。
「その子に聞いてみるしかないんじゃないか? 直接は聞きづらいかもしれないが、学校での様子とか、どう思ったかとか、そういったところで理解していくのが良いと思う」
「なるほど」
「それでも心配ならば、渚の想いを直接伝えてみるといいと思う。素直に自分の思っていることをぶつけてみれば、相手も素直に返してくれるはずだよ」
「素直に自分の思っていることを……。わかりました。ありがとうございます!」
渚は元気よくお礼を告げた後、次はあなたの番ですね、と言わんばかりに俺を見つめた。
「次は牧野さんの番です!」
実際に口にした。渚は変わってなくてなんだか安心してしまう。
「そうだな……」
どう言葉にすればいのか迷った。未来のことは話せないし、なんて言えば良いのかわからない。
「好きに話してくれていいですよ。私は誰にも口は開きませんから」
俺が迷っているのを察したのか、渚がフォローを入れてくれる。……ほんと渚は変わらないな。
「……実は今日、こっ酷く振られてしまったんだ」
「彼女さんに、ですか?」
「あ、いや彼女じゃなくて、スカウトだな。アイドルにスカウトしようとして振られたんだ」
「なるほど、牧野さんはマネージャーですもんね」
「あぁ。……その失敗で俺が作ろうとしていたグループが作れなくなったんだ。そのグループは俺にとって宝だった。かけがえのないものだったんだ。それを俺は壊した。それが許せないんだ」
渚の話を聞いた後だから、少しだけ落ち着いて話せた。そのために渚は自分の話からしてくれたんだなとも気づいた。
「……こんなこと話されても困るだけだよな。ごめん」
「そんなことないです。話してくれてありがとうございます」
寄り添うようにそう告げ、渚は言葉を続ける。
「……事情を知らない私には掛ける言葉もありません。ですが聞かせてください。その壊したものは戻せないんですか?」
……芽衣、遙子さんの件に関してはまだチャンスはあるかもしれない。ただ、さくらの件に関してはどう対処したらいいかわからないし、琴乃とは完全に道を違えた。曲が消えたのがその証明だろう。
何より、俺自身がこれ以上続けるのが辛くなってしまった。
「無理だよもう……」
「それは誰かと話して判断したことですか?」
「……誰かと?」
「はい、麻奈さんでも事務所の人でも牧野さんを信頼してくれて大切に思ってくれている人たちがいるはずです。その人たちに聞いてみましたか?」
「……」
思い返せば、確かに俺はずっと一人で、月のテンペスト、サニーピースを再度作り上げるために奔走してきた。でもそれは未来の知識を知っているのが俺しかいないからそうやってきた。
「麻奈さんも言ってました。一人で抱えてしまって、無茶しすぎてしまうこともあるのが良くないって。ちゃんと相談しましたか? 一人で頑張りすぎたりしてませんでしたか?」
「……俺が一人で頑張るのだって、当たり前じゃないか」
だって俺は彼女たちのマネージャーなんだ。マネージャーがアイドルを頼ることなんて、できるわけがない。
「その当たり前で、失敗することになってもですか?」
「……」
渚の言う通りだ。一人でやってきて失敗したのなら、一人でやったのが間違いだったのだ。でも、未来のことを知らないのに、どうやって協力なんか……。
「説教みたいになっちゃってすみません。でもみんな相談してほしかったって思っているんじゃないでしょうか」
「それは……できないんだ」
「どうしてですか?」
どう話そうか悩んで、一つだけ確実なアイデアがあった。渚には悪いが、この方法が一番わかりやすいと思った。
「……渚だって、俺に琴乃との関係を聞かれたから不気味だろ?」
「えっと、なんで琴乃ちゃんのことを?」
未来の知識とはつまりこういう事なのだ。知るはずのない人物が、勝手に自分のことを知っている。不気味以外の何ものでもない。
「……ごめん。でもそういうことなんだ」
「……よくわかりませんが、牧野さんは私のこと知っているってことですか?」
「あぁそういうことだ」
渚の顔は見れなかった。彼女は今どんな表情をしているのだろうか。怖がっていたら、申し訳ないな。
「……ストーカーだったんですか?」
「そうじゃないんだ。ただ説明してもきっと信じてくれないと思う」
「うーん、だとすると心を読めるとか? 未来から来たとか、平行世界から来たとか?」
「……そんなところだ」
正直に話しても信じてもらえるとは思っていない。それっぽく濁しておく。
「じゃあ牧野さん、いくつか質問していいですか?」
「構わないけど……」
「一つ目です。私の進路先は?」
「え? ど、どこだろう。……わからないな」
「二つ目です。私が今考えていることは?」
「それこそわからないよ」
「三つ目です。私の性格は?」
「……常に誰かの事を思いやり、寄り添うことができる優しい性格、かな」
「ストーカーじゃないですか」
「違うって」
もしかしなくても、疑われているのか? いや、確かに一方的に知っている状況はそう判断されてもおかしくはないか。
「ふふ、冗談です。でもなんとなくわかりました。ずばり牧野さんは未来から来た。そしてその未来で私と話したことがある。違いますか?」
「……」
「なんて、そんなことあるはずないですよね。これも冗談です。話が逸れちゃいましたね」
渚は恥ずかしさを隠すように笑みを浮かべ、真剣な表情で言葉を続ける。
「でも確かに難しいですね。一方的に自分だけが知っている状態なら、相談なんてできないかもしれません。それこそ自分の状況を知っても問題ない相手くらいですかね……」
「そう、だよな」
「ちなみに、どれくらい知っているんですか? 私と琴乃ちゃんのこと」
「全部は知らないよ。だけど、中学生のときに出会って親友になって、中学卒業後も二人で星見高校に通って」
「えっと、違いますよ?」
「え?」
違うところがあっただろうか? 琴乃と渚が出会ったのは中学と聞いたし、学校も星見高校だったような。
「私は星見高校ですけど、琴乃ちゃんは電車でちょっと行ったところの別の高校に通ってます」
「……え?」
記憶違いか、とも思ったけど違う。琴乃は間違いなく私立星見高等学校に通っていた。ここでも未来が変わっている。なぜ?
「琴乃ちゃんも私と一緒の学校に行きたいって言ってくれたんですけど、麻奈さんのことを言われ続けるのが嫌になってしまったみたいで……。それで琴乃ちゃんが麻奈さんの妹であることを知らない別の学校に行くことになったんです。……私も寂しかったんですけど、それ以上に傷つく琴乃ちゃんを見たくなかったので」
麻奈のことを言われ続けるのが嫌になった。確かにそれは以前の琴乃もそう言っていた。だけど学校を変えるほどのものではなかったはずだ。……いや、待て。それは麻奈が生きていないときの話だ。もし麻奈が生きていてあの時より有名になって、その行為がエスカレートしていたとすれば。
「可能性はあったのか……。だとすれば、琴乃は俺と会ったときにはすでに変わっていた……」
それを言われて考えてみれば俺の言葉がどれだけ琴乃の地雷を踏んだかを理解できた。琴乃はきっと、麻奈の事を話されることを、何より長瀬麻奈の妹として見られることが嫌なのだ。それを俺は全く理解できてなかった。失敗は当たり前だったのだ。
「私が最初に話したのも琴乃ちゃんのことだったんですよ?」
「そうだったのか……」
確かに渚が親友なんて言う相手は一人だった。その時点で察するべきだった。
話し込んでいると、日はすっかり落ち、辺りは真っ暗になっていた。渚はまだ高校生だ。もう帰らせるべきだ。
「ごめん、話し込んでしまったな」
「いえ、こちらこそ。結局何も解決できなくて申し訳ないです」
「いや、色々と話せて随分と気持ちが楽になった。それに考えさせられることがあった。渚のおかげだよ」
「少しでもお役に立てたならよかったです」
そう言って渚は笑みを浮かべる。誰かのために一生懸命になれて、優しく寄り添える。……無理だとはわかっている。でも、俺はまだ割り切れそうになかった。
「渚」
「はい?」
「もし俺がアイドルにならないかって聞いたらどう答える?」
「私がアイドル、ですか……」
渚はしばらく黙り込み、何かを想像するように目を細める。やがて考えがまとまったようで、口を開いた。
「私にはちょっと難しいかもですね……。麻奈さんみたいになれるとは思わないので」
「……そっか」
なんとなく、そう答えるとわかっていた。琴乃が変わったように、渚もまた"変わったこと"がある。それを正しく理解しないといけないのだろう。
だから今はこれでいい。辛くて苦しいけど、この道しかないんだ。
「じゃあ失礼します」
「あぁ。じゃあな」
渚と手を振って別れを告げる。その背が離れるにつれて、寂しさが募っていく。今すぐにでも渚の背を追いかけたくなる。でも、それはもう許されないんだ。
「……ありがとう、渚」
渚と別の道を辿る。きっと俺は取り返しのつかないところまで来てしまった。ならば俺は……。
「あ、牧野さん!」
「ん?」
寮への帰り道、そこにいたのは怜だった。怜は俺の姿を見つけるや否や、走って傍に駆け寄ってくる。普段凛としている怜にしては珍しく息も切らし、焦ったような面持ちだった。
「どうしたんだ? 何かあったか?」
「……それはこっちの台詞です! ふらふらになりながら事務所を出て、そのまま事務所にも寮にも戻らず、連絡さえつかない。何かあったんじゃないかって、みんな心配していたんですよ!」
「え……」
スマートフォンを確認すると、確かに通知が大量に入っている。怜だけじゃない。沙季、千紗、雫、すず。全員からそれぞれメッセージが来ていた。
「……ごめん、気づかなかった」
「ごめんじゃな……こほん、ともかく何事もなくてよかったです。みんなにも連絡しておきます」
「悪いな」
怜はメッセージを送った後、俺の隣につく。どうやら帰りも一緒に居てくれるようだ。
「……何があったんですか?」
「スカウトに失敗しただけだよ」
「また、それですか。いい加減話してください」
「大丈夫、怜にもみんなにも迷惑は掛けない。……それに、もう終わったから」
「終わったって何がですか?」
「なんでもないよ」
「……」
探るような視線が怜から向けられる。だけど、これ以上答える気はなかった。
「牧野さん、よかった……」
「もしかして、って思ってたから、安心」
「大丈夫でしたか?」
「牧野のくせに心配掛けすぎですわ! 連絡の一つくらいちゃんと返すのですわ」
寮に帰ると、一足先に寮に帰っていたみんなに出迎えられた。全員で俺を探し回っていたらしい。一様に安堵したようなみんなの表情がとても温かかった。
「みんな、ごめん……。そのお詫びと言ってはなんだが、今日みんなでご飯食べに行かないか?」
「いいですわね! 牧野の奢りなら行きますわ!」
「もちろん、俺が奢るよ」
「話が早いですわ! ……沙季、行きますわよ!」
「……たまには息抜きも必要ですね。みんなで行きましょうか。千紗も雫ちゃんも大丈夫?」
「うん」
「大丈夫」
「怜ちゃんも、今日は大丈夫?」
「今日はオフです。みんなで集まるなら私も行きます」
「決まりだな」
行く場所は決めていた。昔十一人で打ち上げの度に集まっていたあの焼き肉屋だ。今の彼女たちは行ったことがないだろうが、喜んでくれると思う。
「今日はみんなで楽しもう!」
「なんですのそのテンション。でもその通りですわ! 毎日レッスンでしごかれているんですもの。今日くらい楽しみたいですわ!」
「でもすずちゃん、今日、途中でばてていた」
「雫だって一緒に倒れていたじゃありませんの!」
「あれは、休憩」
「二人とも一緒よ。……でもほんとにきつかったら言ってよね。調整するから」
「怜ちゃんデレモード」
「誰がデレモードよ!」
明日からもっと厳しくするからなんて言っている怜と、慌てて謝りだす雫。すずはその姿を見てほくそ笑み、怜に見つかり怒られ、千紗と沙季はそんな姿に二人で顔を合わせ笑みを浮かべる。
今日は楽しい日になりそうだった。