星見市の高台に行くには勾配の大きい坂道を登っていく必要がある。すずを探しに来たときもこの坂道を駆け上がったな、なんてことを思い出しつつ、俺はそれを登り切る。
「あれ?」
広場を越え、ライブ会場である窪地まで足を伸ばす。しかし、入り口からステージを見下ろして見ても、そこには誰の姿も見えなかった。
「ここじゃなかったか……?」
ステージというくらいだからこの場所かと思い込んでいた。場所を移動しようとしていると、スマートフォンに更に通知が入った。
"座席番号1番!"
「座席番号?」
もしやと思いステージ前の座席向かうと、そこには座席番号1という札が席に貼られていた。
「ここに座れ、ということか」
沙季たちの趣旨に合わせ、その席に座る。一番前の真ん中の席で、ステージがよく見える席だ。それと。
「……」
満天の星々も。高台のステージの真ん中に空いた隙間から、星々が眩しく照らしていた。
『本日は星見プロダクション新人アイドルプロデュース。スペシャルライブステージにご来場いただき、誠にありがとうございます』
そんな星々を見ていると、スピーカーから声が流れ始める。はきはきとしたこの声は怜だ。実際のライブステージのように、開始前のMCを行っているのだろう。教えてすらないのに、本当に彼女たちは勉強熱心だ。
『まだデビューもしてない私たちですが、一生懸命頑張ります』
緊張からか少し震えた千紗の声。
『でも、まだまだ未熟なので、少しのミスは目を瞑ってください』
自信なさげな雫の声。その言葉に笑みが溢れた。
『けれど! 最後まで全力でやり通してみせますわ! 星見市に降り立った新たなる新星の実力をとくとお楽しみくださいまし!』
気合の入ったすずの声。
『長らくお待たせしました。スペシャルライブステージ、これにて開演となります。……しっかり見ていてくださいね』
上品な、けれど真っすぐな沙季の声。彼女の言葉が終わると同時、ステージに薄いライトが照らされ、スピーカーから演奏が流れ始める。
心に響くピアノの音色と、柔らかく染み入るような優しいトーン。一音聞いてわかった。"Gemstones"だ。
そのメロディに合わせて、ステージに五人のアイドルが降りてくる。彼女たちは、白を基調にしたミニドレスを身にまとっていた。各所には各々のメンバーカラーの装飾がちりばめられており、首元には蝶が羽を広げるように、片側だけ輪を作ったリボンが結ばれている。
フィーリングハート。この衣装を着た沙季たちを何度も見たことのある。だけど、今日はなぜだかその衣装がすごく特別なものに思えた。
『名前をまだ持たない 小さな原石』
歌い出しは沙季だった。優しい歌声と共に静かに歩みを進める。まるで自分たちの事を歌うように、感情の込もった音色。いや、実際にそうなんだろう。沙季ならどんなときも歌の意味を想い歌詞を紡ぐから。
『儚く揺れる未来 どんなに迷っても』
そんな沙季を追うように二つの影が交差する。雫と千紗が手を繋いでいた。ステップはまだまだ覚束なく足取りが怪しいが、歌声は見事なものだった。エモーショナルな歌詞を静かに強く歌い上げる。彼女たちは時折下を向きそうになりながらも、前を向いて笑顔を浮かべようとしていた。
『哀しい色には 染まらないで』
二人とは対照的に、胸を張ってすずは歩いてくる。自信満々といった風だが、歌声はわずかに震えているし、なんなら足下に置かれているバミリを越えている。それでも表情には一切見せないのがすずらしくて、思わず笑みが零れる。
『自分の色を 探そう』
凛とした音色は怜だ。ステップは完璧だし、すずと違って位置を間違えることも当然ない。だけど彼女にもまだまだ足りないものがある。
怜だけじゃない。全員だ。全員、俺から見ればまだ足りない。歌もダンスといった見えるものだけじゃない。このライブ自体がまだまだ足りていない。だけど、それは仕方のないことなんだ。過去に戻っている以上、未来の彼女たちと全く同じパフォーマンスなんて出来っこないのだから。
それに、足りなくしたのは俺自身のせいだから。
思わず下を向きそうになる。だけどその瞬間、歌声が跳ねた。下を向きそうになっていた首が無理やり上げられ、視線がステージに釘付けになる。
その歌声は聞き覚えがあった。この三年間ずっと聞いて来た歌い方だ。同時に、声が聞こえてきた。
逃げようとしていた自分の手を握ってくれてありがとう、不安な時に背中を押してくれてありがとう、みんなと一緒のグループにしてくれてありがとう。
だけどそれだけじゃない。
今のメンバーじゃダメだと言われた激しい反発心や、自分たちを頼ってくれない怒りと悲しみ。今の自分たちを認めさせるために、今できる最高のパフォーマンスを見せようという強い覚悟も。
……これはきっと、みんなの想いだ。歌を通して、気持ちが伝わっているんだ。
そこまで理解して漸く、俺は彼女たちのことをちゃんと見れてなかったんだと思い知った。未来の彼女たちの姿ばかり幻視して、未来ではこうだったから今でもこうだと思い込んで、何も見えてなかった。結局俺は、何一つこの世界の事を見ることができていなかったんだ。
でももう失態は犯さない。これからは今を見て生きていく。
そう覚悟を決め、ステージに居る彼女たちを見つめ返す。俺の想いが伝わったのか、みんな笑みを浮かべてくれた気がした。
『ここは 遥かな旅の始まり
いつの日か誰かの光に なれますように
誓い立てた
夢の足跡 追いかけて
磨き合いながら 行けるよね
どこまでも 遠く 遠く』
ライブが終わった。歌声は止み、ピアノの旋律も優しいメロディも終息を告げる。
『聞いていただき、ありがとうございました!』
沙季の声と共に、五人で一斉に頭を下げる。それを目にして、俺は思わず立ち上がり拍手を送った。最高のライブを届けてくれた新人アイドルたちに、少しでも気持ちを返すための、とびっきりの拍手を。
頭を上げた彼女たちは、その音を聞いてか笑みを浮かべ、そして俺と目を合わせ驚いたような表情を浮かべた。
「ま、牧野さん?」
「泣いてる……」
「え?」
その言葉に頬に流れる涙に気づいた。そっか、俺は泣いていたのか。そんなことにさえ気づいていなかった。
「ごめん、みんなの歌がそれだけよかったから……」
「よかった……」
「麻奈さんに教えてもらった甲斐があったわね」
「やっぱり麻奈に教えてもらっていたのか」
「えぇ、以前一緒にレッスンしていたときがあったでしょ? あのときに教えてもらったわ。この曲と一緒にね」
「だから知っていたのか」
"Gemstones"は麻奈の歌だ。その歌声は俺が一番知っている。だからこそ、サビのあの歌い方が麻奈と同じだってことにはすぐに気が付いた。
「牧野を泣かせるほどとは、さすが麻奈様ですわね!」
「麻奈だけじゃないよ。すずもすごかった。立派だったよ。胸を張ってくれ」
「っ! ……ありがとう、ですわ」
「沙季、千紗、雫、怜もみんなすごかった。本当に最高のライブだった」
俺が言葉を掛けると、一様に安堵の表情を浮かべる。観客は俺だけだが、彼女たちにとっては今日が初ライブだったのだ。不安だったのだろう。
「あの、牧野さん」
「どうした沙季?」
「これで、えっと……いえ、らしくないですね。はっきり言わせてください」
沙季は覚悟を決めるように、真っすぐに俺と視線を合わせた。
「私たちは、牧野さんが見つめていたアイドルになれましたか?」
……見つめていた、か。沙季たちも俺が今を見れていないことにはとっくに気づいていたのか。申し訳ないな。でも、答えは一つだ。
「まだまだだよ。……でも、いつか成れる」
歌を通して、アイドルとしての想いは伝わってきた。その想いがあるのなら、変わってないのならば、未来の彼女たちのように確実に成れる。
「もっと頑張って、いつかそのアイドルに追いつけるように……いえ、追い越せるように頑張りますね!」
追い越せるように、か。それは強く出たものだ。未来の自分たちの壁は高いぞ? でも。
「応援してるよ」
「はい!」
沙季は勢いよく、そう言葉を返した。その返事に満足した俺は、撤収の準備を始めようとして。
「待ってくださいまし! 大切な話がまだ残っていますわ!」
すずの声に留められた。