「なんだろう?」
「えっと、ちょっと待ってくださいまし」
言葉を上げたものの何を話すかは決まっていなかったようで、すずは沙季と小声で話し始める。
「沙季、なんで締めようとしているんですの。話しづらくなってしまったじゃありませんの」
「あれは流れでそうなってしまっただけで……」
「言い訳ご無用ですわ。ちゃんと流れを戻してくださいまし」
「む。そういうならすずちゃんがやってもくれてもいいんですよ?」
「そ、それは、適材適所というものですわ!」
「……わかりました。私から言い出したものですからね」
全部聞こえていたが、小声でのミーティングは終わったみたいで、改めて彼女たちは俺を見据えた。
「牧野さん、私たちを信じてくれるのならば、正直に聞かせてください」
真剣な眼差しに背筋が伸びる。だけどどこか油断していたのかもしれない。その言葉を聞いたとき、思考が止まった。
「牧野さんは未来から来た。違いますか?」
「……」
言葉は返せなかった。そんなことを聞かれるとは夢にも思っていなかったから。俺が唖然としている間にも沙季は言葉を続ける。
「千紗と雫ちゃんから聞きました。私たちが"Gemstones"を歌ったものがすでに収録されていた、と。だけどこの曲はまだ収録さえしていないです。練習風景をこっそり録音している可能性も考えましたが、それはありえない。そうよね、千紗」
「うん、だって私、あんなに綺麗に歌えたことないから」
「……そんなことは」
「ない、私もそう。今の私じゃ、あそこまで歌えない。それに、あの歌には、私たち以外にも歌っている人がいた」
未来のスマートフォンのことを言われているのだとすぐに気づいた。どこかのタイミングでミュージックプレイヤーを開いたまま置き忘れて、それを彼女たちが聞いてしまったのだろう。
「知らない声、だったけど、なんだか胸がどきっとした」
「うん。なんだか聞いているだけで胸が温かくなるようなそんな声だったよ」
「そうか……」
未来の彼女たちの歌をそう思ってくれるのは率直に嬉しい。だけど、どうしても不安が拭えない。それを知って俺に何を伝えようとしているのか。
「まだあります。これも二人に聞いたのですが、元々は私たちは十人集まる予定だった。この十人というのは未来で集まっていた数じゃないでしょうか?」
「……そうとは限らないだろう?」
「いえ、おかしいのですよ。集まったメンバーを元にグループを結成しているわけではなく、元から十人を前提として動いている。順序が逆じゃありませんか?」
「グループを前提にスカウトしていたのはオーディションのときに聞きましたわ。だけど十人を前提とするならその時点で十人をオーディションで通さなければ辻褄が合いませんわね」
「私含め、オーディションではなく、スカウトは元から考えていた。とも考えられるけど、それはさすがに考えが甘すぎるわ。星見プロダクションのマネージャーである牧野さんがそんなことするとは思えない」
事前に考えはまとめられていたのであろう。すずと怜からも説明が続く。こう聞いてみると、よっぽど俺の行動は迂闊なんだなって気づかされる。
これから何と言われるのだろうか。やっぱり不気味に思われるのだろうか。……最悪、俺の事はそう思ってくれても構わない。だけど、今後の彼女たちのマネジメントができなくならないかどうかだけが心配だった。
「……勘違いさせてしまったら申し訳ございません。私たちは別に責めるつもりはないんです。例え未来から来ていたとしても、私たちをここまで導いてくれたのは事実ですので」
「……そうなのか?」
「はい、ただこれだけは伝えたくて」
そう言って沙季は、いや千紗、雫、すず、怜。みんなが俺を見つめる。
「私たちはもう大丈夫です」
「っ!」
感情が一気に高まり、涙が引いたはずの視界が再度薄れ始める。それは、その言葉は。
「牧野さん、行きたい場所があるのでしょう? 見たいものがあるのでしょう?」
沙季の言う通りだった。どれだけ失敗しても、どれだけ辛くても、それでも歩み続けたのは、麻奈が生きて月のテンペストとサニーピースがある。そんな世界を見たかったからだ。そのために俺はずっと進み続けてきた。
今の彼女たちをこれ以上振り回したくない。それも本心だ。だけど、俺の望みが消えたわけじゃない。この願いを消せるわけなんてなかった。
「だけどそれは!」
「
言葉を挟む間もなく、沙季は言葉を続ける。
「牧野さんは置いてくんじゃない。私たちに任せて行くのです」
「……任せて」
「はい」
沙季は一呼吸挟むと、片手を背に向ける。このステージを指さすように、ピシッと。
「今日のステージ。牧野さんは最高だと言ってくださいました。そしてこのステージを作り上げたのはここにいる五人です」
「……あ」
そうだ。"Gemstones"の振り付けも歌も俺は何一つ教えていない。それどころか、このステージさえ俺は準備していなかった。
同時に気がついた。今日なぜみんなが俺にステージを見せてくれたのか。
彼女たちは、自分たちの今の姿を見てほしかった。だけどそれだけじゃない。俺に大丈夫だと、心配しないでと伝えるためにここで歌ってくれたのだ。でも、だとしても。
「このステージを作り上げた私たちはまだ頼りないですか? それとも最高との言葉は嘘だったのですか?」
「そんなことない! みんなの想いが詰まった最高のライブだったし、それを成し遂げたみんなは本当に立派だった!」
「……それなのに、まだ信用できませんか? 任せてはくれないのですか?」
悲し気な声に思わず視線が上がる。沙季のアメジスト色の瞳には小さな涙が浮かび上がっていた。
……その目を見てはっとさせられた。信用するとは散々口にしていたが、任せていたことはあっただろうか。マネージャーだから、なんて言って全部自分一人でやってきてはいなかっただろうか。
「……私たちが未熟で頼りないのは事実です。今までだっていっぱい失敗してきました。ここまで歩んでこられたのもマネージャーがたくさん支えてくれたおかげです。でも、私たちは今ここに立っています。自分の足でこの場所を選んでここにいます。だから」
沙季は涙を払うように首を振って、顔を上げる。その瞳に悲しい色は消え、覚悟の光が映し出されていた。
「牧野さんも、自分の道を進んでください」
……いいのだろうか。俺はまだ自分の望みを優先していいのだろうか。
「当たり前ですよ。だって牧野さんは、
「……そうだな。そうだ。そうだった」
沙季の言う通りだ。俺は彼女たちのマネージャーで、俺が月のテンペストとサニーピースというグループを生み出したんだ。二つのグループを作ったとき、麻奈も言っていたじゃないか。俺のやりたいことは俺が一番わかっているでしょ、って。
俺は結局、我儘なんだ。自分の見たいもののため、信じたもののために、どこまでも突き通さずにはいられない。一つだったグループを二つに分けたのだって、俺の独断だ。ならば、目指す先は最初から決まっていたんだ。
「ありがとう、沙季。おかげで目が覚めた」
「いえ、私は何もしてません」
「すず、千紗、雫、怜もありがとう」
「人には逃げるなって言っておいて自分ばかり逃げているのはズルいから、ですわよ」
「私は、歌うことしかできてませんから……」
「私も、同じ。でも、気持ちがちょっとは伝わったなら、よかった」
「別に構わないですけど、これからどうするんですか? マネージャーを辞めて探しに行くんですか?」
「辞めはしないよ。でも、どうしようか」
もう一度集める覚悟はできたものの、現実的に考えれば現時点では正直詰みと言っていいだろう。何より琴乃との縁が切れたのが致命的になっている。
「あの、そういえばなんですけど、牧野さんって結局未来から来たんですか?」
「うん? あぁそういや返事してなかったな。そうだよ、未来から来た。具体的には一年と少しかな。それくらい先から来た」
「わりと最近……」
「……言われてみればそうだな」
随分と長い時間過ごしてきたような感じだが、時間にするとそうでもない。それだけ濃い時間を過ごしてきたからだろうか。
「もう一度過去に戻る、というのはどうでしょう?」
「やり方がわからないんだよな……」
「そうなのですか? じゃあなぜ牧野さんはここに……」
「それが不思議なんだよな……」
ずっと疑問ではあった。なぜ俺は過去にタイムリープしているのか。俺にそんな能力ないし、願いを叶える七つの球を集めた記憶もない。どうして俺はここにいるんだろう。
「うーん、じゃあ過去に戻る直前に何をしていたか思い出せますか?」
「直前か。……確かこの場所の展望台で星を見つめていたな」
「星、ですか」
「うん。……あ、後音楽を聴いていたな。あのときは確か、"星の海の記憶"だった」
「麻奈様の楽曲ですわね!」
「何か関係があるのかな……?」
「それはわからないけど、試す価値はあるかもですね」
「試す? 麻奈様の曲を私達で歌いますの?」
「違います。私たちが歌うのは別の曲ですよ。さ、そうと決まれば準備です」
「何の曲が、いい?」
「最近習ったあの曲ならいいんじゃない?」
「採用です!」
沙季は千紗、雫、怜にそれぞれ耳打ちした後、よくわかって無さげなすずを連れ、ステージ裏に入っていった。楽曲の準備を始めたのだろう。その間に他のメンバーは、先にステージに立ってバミリを貼りなおしていた。
……正直、俺もよくわからない。歌を聴くことが条件なら、この世界でも何度もその条件を達していることになる。それともこの場所で聞くことが条件とか? だとすればさっきの"Gemstones"で戻ってないのが変だ。
「準備できました!」
そんな声と共に、沙季とすずも帰ってくる。時間差で音が鳴るように仕掛けていたのか、二人がステージ上でポージングを取ると同時、曲が鳴り始める。
『Pray for you
心はもっと近くなる 何処にいようとも』
"Pray for you"。星見プロダクションの全体曲の一つで、沙季たちのデビューでも歌ってもらおうとしていた曲だ。明るいメロディだが、跳ねすぎず、落ちすぎず。前に向かって一歩ずつ歩んでいけるようなそんな楽曲だ。
『見慣れたはずの景色なのに
何故か今日は 輝いてる 足取り軽く
誰かに伝えたい衝動
隣見れば 同じ気持ち 笑みが連鎖する』
練習中だからか、完成度はまだまだだ。でも今はそんなことは関係ないのだろう。果たしてこの曲が、俺が過去に戻るのにどう関係するのか。
「すずちゃん、もっと!!」
「うぬぬ、わかりましたわ!」
楽曲の途中、沙季がすずに声を掛ける。動きに変化はなかったけど、彼女の歌が一段と感情の籠った歌声に変化する。
『思い出に するにはまだ 早いけど 誇らしい時間
君と一緒だった 喜怒哀楽全て』
「千紗、雫ちゃんも!」
「うん!」
「わかった」
『今を 生きる 明日を 望む』
「怜ちゃんもまだまだいけますよね!」
「こういうの苦手なんだけど……でも、わかったわ!」
『力になってるから』
沙季が一人一人に声を掛けていく。その度にみんなの歌のボルテージが一つずつ上がっていく。声を掛けるのも構わないし、結果として歌もどんどん良くなっているのだから問題ないんだけど、それに何の意味が……。あれ?
ふと、気が付いた。持ち上げた手のひらが徐々に透けている。
「うわ!」
思わず声が出た。手のひらだけじゃない。体が少しずつ透け出している。この透け方には見覚えがあった。麻奈の幽霊の透け方だ。ちょっと待った、俺は幽霊になっているのか!?
「え、だ、大丈夫?」
「雫ちゃん反応したらダメです。無視して今は曲に集中して!」
「わ、わかった」
いやいや無視しないでくれ、と声を上げそうになる。だけどその瞬間、サビのパートが近づき、メロディが上がった。
『Pray for you 新しい物語のページ開こう
Pray for you「立ち止まるなんて似合わない」』
五人の声が揃い、曲のボルテージが更に上がっていく。その度に俺の体はどんどん消えていくように感じる。まさか、本当にみんなの歌が俺に影響を及ぼしているのだろうか。歌の力で過去をも遡れるというのだろうか。
でも、ちょっと待ってくれ。この遡り方は心臓によくない! 本当に俺が消えているようで不安になる!
『Pray for you そう言う君の言葉が痛いほど解るよ』
「わかってないだろ!」
思わず声が零れた。……でも、なんとなく状況は掴めてきた。きっと俺はこれで過去に遡る。原理はさっぱりわからないけど、そういうものだという感覚が自分の中にあった。
なら、最後に伝えることがある。
「みんな、今から半年後くらいに川咲さくらという名前の少女が事務所を訪ねてくると思う。明るく優しい子だ。仲良くしてあげてくれ。それと、事務所の先輩に佐伯遙子というアイドルもいるだろう? 彼女とも対等に接してあげてほしい。きっと喜ぶから」
そして、後一人。
「麻奈とも、分け目なく接してくれると助かる。ちょっと……いや結構お茶目で、悪戯好きだったり、騒がしい一面はあるけど、アイドルが好きでひたむきな女の子だから」
みんな歌に集中しているのだろう。返事は返ってこない。でも、きっと聞いてくれている。
絵にかいたような優等生で、でもアイドルのことが大好きで常にブレない芯を持つ沙季。
引っ込み思案だけど、それは誰かを思いやっての行動で、いつも誰かのために尽くせる千紗。
口下手で笑顔が苦手。でもアイドルへの熱意が高くて、自身の課題に、仕事に一生懸命に取り組む雫。
大言壮語でトラブルも多いけど、誰よりも行動力があって、頼りがいのあるすず。
自他ともに常に厳しく冷たい印象を覚えるけど、その実は優しく、自分の目標にひたむきな怜。
彼女たちをここに置いていくことに全く躊躇いがなくなったわけではない。彼女たちに心に触れるたび、その気持ちが揺らぎそうになる。でも、今だけは強い気持ちを持ちたい。揺らがず、前に進みたい。だって俺は彼女たちのマネージャーだから。頼りない姿は見せたくない。
『だから迷わない 振り向かず行け』
「沙季、千紗、雫、すず、怜。ありがとう。俺はこの夢から逃げないよ。迷わず突き進んで見せる」
視界が薄れていく。声も徐々に出せなくなっていく。それでも、俺はこの言葉を贈りたくて、全力で叫んだ。
「みんな、任せた! どこにいてもずっと応援してるから! 頑張れ!!!!!」
『Pray for you 私なりのプライド 魅せてやる』
その五人の歌声を最後に、俺の意識は完全に途絶えた。
「消えた……」
「過去に戻れた、ということでしょうか……」
「きっと、そう」
ライブが終わり、ステージは幕を閉じた。五人がステージを降りると、客席にいたはずの唯一の観客はいなくなっていた。
「……ぐす」
「すず、泣いているの?」
「な、泣いてなんかいませんわ! 目にほこりが入っただけですのよ!」
「ほこり、なんて飛んでないけど。……でも、わかる。私も目に、ごみが入ったかも」
「雫まで泣いてどうするのよ。……もう、私も変な気分になっちゃうじゃない」
「ふふ、怜ちゃんも涙目だね。……私も、我慢できそうにないや」
「……千紗、今は泣いてもいいのよ。私も泣きたい気分だから」
押し殺したような、すすり泣きが響く。沙季はそんなみんなを抱きしめながら、そっと空を見上げる。
雲一つない満天の夜空だ。星も綺麗に見える。こんな日だったら、流れ星の一つや二つ流れていてもおかしくない。
頑張れ。最後に残す言葉がそれなんて、あの人は根っからのマネージャーですね。
沙季は小さく笑みを零し、空に祈る。
「Pray for you。牧野さんの願いが叶いますように。それと――
――私たちを頼ってくれますように」